第13話 今後の予定


 リッカは直ぐには家に帰らず色んな場所に行って見聞を広めたいらしく、迷宮探索を行いながら宿代や食事代、それと目的地に移動する時に必要となる魔石代を稼ごうと提案して来た。


 難色を示し難しい顔をする俺に対し、リッカは物凄く高値で取引される【蘇生】の宝玉が埋め込まれた指輪を報酬の一つとして渡して来た。


 俺のなかでは既に終わっていた迷宮探索だったが、物凄い指輪を渡された俺は、再び迷宮に赴く決意をしリッカの提案を快く引き受けた。


 テーブルに広げた大陸全土の地図を眺めながら


「ちなみにリッカは見聞とやらを広める為に何処に行ってみたいんだ?」


「先ずはここに行ってみたいのよね」


 リッカは人族領の最南端に位置するグリーンキャニオンを指さした。


「ほら魔族領って緑が極端に少ないじゃい。だから見渡す限り緑に覆われた景色を見てみたいのよね。ここって緑が豊富な場所だったりするんでしょ?」


「確かに人族領の中でも一際自然が多い地域だな……。それなら領土全体が深い森で覆われたエルフ領ではダメなのか?」


 するとリッカは眉間に皺を寄せ少し首を傾げると


「今の私って見た目が違う種族じゃない、だから入国時に色々と説明するのが面倒なのよね。仮に説明しないで入国したとして、何かあった時にあらぬ疑いを掛けられるのも面倒なのよね……」


 確かにこっちとしては、ただ単に見聞を広める目的で他種族の領土に訪れたんだとしても、見た目がゴリラの件について何も話さないで入国し、もし何かトラブルに巻き込まれた時に改めて説明しても、何故入国時に話さなかったのか? と問われ、何か企んでいるのではないのか? と疑う者が少なからず出てくるだろう。


 それに、今の状況をリッカはあまり話したくない理由があるみたいなので、入国時に色々と説明するのは避けたいのだろうな。


「あまり詮索しないで欲しいと言っていたが、リッカが魔族である事を証明出来るモノって何かあるのか?」


 するとリッカが目を見開き


「今は私の立派で可愛らしい角が見えないから仕方ないにしても、燼滅じんめつ魔法で迷宮主を消し去ったのを見てたでしょ」


「すまんが俺は今迄魔法を見た事がなかったし魔法に関して詳しくないんだ。リッカのあの魔法はそんなに凄い物だったのか?」


 少し肩を落とすとリッカが


「ここまで日常的に魔法が身近に存在してないとは知らなかったわ。人族領で魔道具が普及する理由が何となく理解出来たかも……」


 そして少し胸を張ると


「私が使ってた魔法は火魔法の上位である火炎魔法の更に上。火属性魔法の最上位である燼滅じんめつ魔法よ。そもそも、獣人族は身体能力を上げる魔法は得意でも放出系の魔法の扱いは苦手でしょ。それと、魔獣族には放出系の魔法が使える者達もいるけど属性最上位の魔法を扱える者は少ないのよ」


「つまり、リッカはそれだけ魔法の扱いが上手くて魔法の才能がある魔族って事なんだな」


 話しを聞きながら何となく察してはいたが、リッカは魔法についてかなりの自信があるようで、少し意識して褒めると照れくさそうにモジモジしていた。


 見た目がゴリラなので変に意識しないでリッカを褒めることが出来たが、もし見た目が普通に女性だったら、ここまで上手に褒める事は出来なかった思う。


 変に意識する事なくリッカとは接する事が出来るので、良い意味でだが見た目がゴリラで良かったのかもしれない。


 それと、素性の良く分からないゴリラのリッカに対して警戒心が湧いてこないのは、多少なりともリッカが着用しているワンピースに埋め込まれた宝玉の【魅了】の効果が影響しているのかもしれなが、こうして話しが円滑に進むのであれば特に気にする事もないのだろう。


 俺の勝手な偏見でゴリラのリッカは、性格は凶暴で横柄な態度で接して来るんじゃなかろうかと少し身構えていたのだが、食事中の動作や何気ない仕草からは育ちの良さが感じられるし、会話も至って普通に出来ているので、内心ではホッとしていたりもする。


 魔法の事を褒められて、まだモジモジしていたリッカに


「ちなみに見聞の広める為の期間はどのくらいを予定してるんだ?」


 一瞬ハッとした表情をすると


「家の煩わしい事から解放されたこの状況をもっと満喫したいんだけど……」


 顎に手を当て


「う~ん……、そうよね。ある程度の期日は設定しとかないといけないわよね……」


 ん? しっかりしている様に見えるリッカだったが意外と大雑把な性格なのか? それと、家の煩わしい事ってのが気にはなるが、詮索しないで欲しいって話しだったので聞き流す。


「早くて一ヶ月。遅くても三ヶ月後には家に帰るってのでどう? 良いかしら?」


 まあ俺としては見聞を広める為に人族領内を多少より道したとしても、リッカを魔族領の家まで送り届ければ報酬として沢山の装備品を持ち帰れる。


 それに、見聞の期間が年単位じゃなかったので


「そのくらいの期間なら全く問題はない。だが、長くて三ヶ月だったとしてもそんなに長い間リッカは家に帰らなくって大丈夫なのか?」


 すると、少し俯きながらリッカが手を出し


「家に便りを送りたいし、色々と仕度を整えたいから少し前借したいんだけど……、良いかな?」


「ああ。全然大丈夫だ。でも一人で大丈夫なのか? いつもは執事やメイドが支払いをしてたんだろ?」


「子供じゃないんだから一人でも大丈夫です」


 急に睨まれたのかと思ったが、多分リッカは少し拗ねたような表情をしたんだと思う。


 見た目がゴリラなので表情から色々と察する事が難しい……。早く慣れておかないとだな。


 とりあえず、リッカにお金を渡し


「俺も少し準備があるから、街の正門前で待ち合わせにしよう」


「うん。じゃあ、また後でね」


 宿屋の食堂を出ると、白いワンピースを着たゴリラが手を振りスキップをしながら離れて行く。すれ違う人が驚きゴリラを二度見していた。


 獣人族は普段から街で見かけるのであまり珍しくはないが、ワンピースを着用している獣人族はあまり見かけないのでやはり目立つ。


 場合によってはワンピースの上に何か羽織ってもらうか、迷宮探索者のように革の鎧や胸当てのような軽装備に変えてもらった方が変に目立たないのかもしれない。そのうち相談してみよう。


 などと考えながらテクテク歩くと、三ヶ月間通い続けた魔石屋に到着した。


 いつものように店の奥では魔石屋の主人が面倒くさそうに魔石を仕分けしていた。

 

 改めて種族の象徴でもある主人の角を見る。羊の角みたいに丸まった立派な角が生えていた。


「こんにちは」


「ん? 随分と早いな。これから迷宮に行くのか?」


「いや。この街を離れる事になったので移動するのに使う魔石を購入しに来ました」


 主人が俺をまじまじと見ると


「ほっほ~。お前さんもやっと主を倒したんだな。次は何処に向かうつもりなんだ?」


「グリーンキャニオンに行く予定です」


 眉間に皺を寄せ


「あそこの迷宮はここよりも数段難易度が高いが……、一人で行くつもりなのか?」


「仲間が出来たので一人じゃないですよ」


 眉間の皺がなくなり少し目尻を下げると


「まあ、無理しない程度に頑張る事だな。長く続けるつもりなら尚更だぞ」


 主人なりに俺のことを心配してくれていたみたいなので、ちょっと嬉しく思えた。


「そうだ、ちょっと教えてもらいたいんですけど、燼滅じんめつ魔法って凄い魔法なんですか?」


 突然魔法の話しを持ち出した事に驚いているのか、主人は目を見開き


「火属性最上位の魔法だからな、わしらの種族でも扱えるヤツはなかなかおらんぞ。そもそも、わしらの種族は魔法が得意だからどの属性だろうと少し練習すれば中級程度までなら直ぐに使えるようになるからな」


 自慢げな表情を浮かべて話す主人。魔法に秀でた種族であるから仕方ないのかもしれないが、魔法が使えない俺からしたらどれだけ凄い事なのか分からないので、正直どう反応したら良いのか困るのだが


「そうなんですか! やっぱ魔族って凄いですね」


 主人がニヤケながら嬉しそうにウンウンと頷くと腕を組み


「ただ、どの属性にせよ極めるとなるとそれなりに才能は必要だし、それこそ血のにじむような努力も必要になる。だから、そこまで真剣に魔法と向き合うよなヤツは学校の先生か宮廷魔術師くらいしかおらんぞ」


 となると、リッカは相当な努力をして燼滅じんめつ魔法が使えるようになったのかもしれないな。


「それにな、中級魔法が使えようになると魔力を上げる事に躍起になる連中が殆どだ。魔法を連発しても疲れなくなるからそれなりに強くなれるだろ。そんなわけで、わざわざ血のにじむような努力をしてまで最上位魔法を覚えようとする連中は少ないんだ」


 要は剣術とかをある程度の水準まで習得したら、後は体力を鍛えて持久力さえ上げておけば、疲れるまでずっと戦っていられるから強くなれるって事と同じなんだろうな。


「ちなみに主人はどの属性の魔法が得意なんですか?」


 主人が少し胸を張ると


「わしか? わしは属性魔法は中級程度だが空間魔法が得意なんで上級だ。だから今では大量の魔石を色んな地域に転移させる魔石屋で細々と暮らしておるよ。だが、大戦中は大量の兵士や物資を魔法で戦地に転移させる輸送部隊におっての、あの頃はその時の功績が認められて何度も勲章を頂いたりもしたもんだ」


 大戦経験者は何故か戦時中の話しを自慢げにしたがるので少し疲れる。


 何だか話しが長くなりそうな気がしたので、とりあえず三ヶ月間世話になって感謝している事を伝え、目的地のグリーンキャニオンまで移動するのに必要な魔石を購入し店を後にした。


 リッカとの待ち合わせ場所である街の正門前に来てみたが、ワンピースを着たゴリラは何処にも見当たらなかった。


 荷台を引き街を出入りしているケンタウロスを眺めながらしばらくすると、何やら果物を食べながらリッカが近づいて来た。


「本当は歩きながら何かを食べるだなんて行儀が悪いって怒られるんだけど、周りを見ると普通に食べながら歩いてるじゃない、だからこうした方が周りに馴染んで良いかなって思ってね」


 俺は何も言っていないし別に怒るつもりもなかったのに、リッカが先に言い訳をして来た。


 なので、別に何とも思っていない事をどうやって伝えようかと考えていると


「露店を散策してたらおばさんが私を見てコレってあなた達の好物なんでしょ? って言って試食させてくれたのよ、そんで食べてみたんだけど、物凄く美味しかったから驚いちゃった。だから思わず買い占めて来ちゃった」


 まだ俺に何か言われるのかと思っているのか、少し気まずそうに話しを続けるリッカ。


 とりあえず話題に乗っかって、俺が食べ歩きに対して何とも思っていないって事を察してもらおう。


「今リッカが食べてるそれな、皮ごと食べられる地域もあるんだぞ」


 リッカは皮を剥きながら俺を見ると


「ホントに! ちょっと食べてみたいかも! ちなみにこの果物は何て名前なの?」


「そいつの名は……」


 目をキラキラさせながら俺を見つめるゴリラに向かって言い放つ


だ」

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