第12話 朝食


 ちぎったパンを頬張り野菜を食べようと手を伸ばすと


「あなたって見かけによらずよく食べるのね」


 既に食事を終えたリッカが姿勢よく椅子に座り俺の食事を眺めていた。


「昨日、迷宮主を倒したからな。いつもはもう少し食べる量は少ないぞ」


「あ~なるほど。身体能力が増した影響で一時的に食事量が増えてるのね」


 俺は頷きながら野菜が盛られた皿を手に取り


「食べながらでも構わないのなら話しを始めてくれ」


 リッカが口元に笑みを浮かべ


「食べ終わってからにしましょ。でも、急ぐ必要はないからゆっくり食べてちょうだい」


「わかった。すまないが少し待っててくれ」



 迷宮主の部屋に突然現れた自称魔族のリッカ。

 てっきり新たな迷宮主が現れたのかと思った俺は、何とかして部屋から逃げ出そうとしていたのだが、リッカは体中傷だらけだった俺を回復魔法で治してくれた。


 そして、幾つかリッカからの問い掛けに答えると、俺に魔族領にある家まで連れてって欲しいと頼んできた。


 ボロボロだった体を癒してもらったお礼に、リッカには何かしたいと考えていたので、迷宮探索者みたいな生活をしていて時間に余裕もあり、特に急ぎの用事もなかった俺は、とりあえずリッカの頼み事を引き受けても良いと思っていた。


 すると、リッカは報酬として家にある装備品を持って帰って良いと申し出てくれた。しかも、それなりに貴重なレア装備を複数所持していて、街でもあまり売りに出されていないようなレア装備も沢山あるとの事だった。


 当初の予定では、迷宮の魔物や迷宮主から装備品やレア装備を収集し、ゆくゆくは自分の店を開きたいと思っていた。


 だが、迷宮主との戦いを終えた俺は、命懸けで常に危険が伴う迷宮探索は向いていないと痛感したので、自分の店を持つ事は諦め実家に帰って畑仕事を手伝いながら新たに仕事を探そうと考えていた。


 なのに、リッカを家まで送り届ければ今迄みたいに危険に晒される事もなく、安全に装備品を調達でき、しかも迷宮主に挑まなくてもレア装備を収集出来る事になった。


 一度は諦めかけた自分の店を持つ夢が叶うかもしれないと思った途端、俺は即答でリッカの申し出を引き受けていた。


 そして、一通り話しを終えるとリッカを連れて宿に戻ったのだが、リッカが所持金を全く持っていなかった為に、俺がリッカの宿代を立て替える事となった。


「迷宮主の部屋でティーセットや地図を出した空間魔法の中に金は入ってないのか?」


「普段からお金って持ち歩かないのよね。だからポケットの中にも入れてなかったのよ」


「ポケット?」


「さっき見せた空間魔法のことよ」


「あ~。さっきのアレね。だが、良く分からないんだが何故いつも金を持ってないんだ?」


「出掛ける時は執事やメイドが支払いをしてくれるからよ」


「えっ? リッカの家は金持ちなのか?」


「う~ん。まあそれなりにお金持ちなのかもね」


 急な出費で少し機嫌が悪かったが、リッカの家が金持ちと聞き、リッカの家で保管されている装備品に期待が膨らみ笑みがこぼれそうになる。


 するとリッカが


「とにかく今日はゆっくり休んで、明日の朝に今後の予定を話し合いましょう」


 廊下でリッカと別れ部屋に入りベッドに横になった俺は、今後の予定など考える暇もなく直ぐに深い眠りに落ちてしまった。


 そして、朝になり扉を叩くリッカに起こされると、宿屋の一階に設けられた食堂に向かい朝食を取り始めた。


 リッカはパンと野菜とスープがセットになった朝食を注文し、俺はリッカと同じモノを三人前と肉を追加で注文した。


 リッカは静かにとても行儀よく朝食を済ませると、何が楽しいのか口元に笑みを浮かべながらずっと俺の食事を眺めていた。


 肉の皿に残った付け合わせの人参も平らげると、俺のいつもよりも多めの朝食が終了した。


「すまん。待たせた話しを始めよう」


「お腹が満たされている時に美味しそうに食べてる人を見てると、心が満たされるわね」


「そうなのか?」


「そうでしょ。だって、お腹が減ってる時に美味しそうに食べてる人を見てたら、食欲がそそられるだけで心は満たされないじゃない」


「そうかもしれないが、今迄そんなこと考えたことがなかったな」


「そうなんだ。まあそんな話しは良いとして。ねえ、食べ終わったお皿とかってどうすれば良いの?」


「店によって様々だが、自分達で片付ける場合もあれば店員がさげてくれる場合もあるが、どうしたんだ?」


「地図を広げたいんだけど、これじゃあ広げられないでしょ」


 テーブルにはリッカの食器と俺が食べた三人前の食器が所狭しと並んでいた。


 確かにこの状態では地図が広げられないな。店内を見渡すとそれなりに混んでいて、店員も忙しそうだった。


 なので席を立ち


「声を掛ければ片付けてくれるだろうが、忙しそうだから俺がさげてくる」


「ありがとね」


 リッカのグラスが空だったので


「ついでに何か飲み物を頼んどくか?」


「オレンジジュース」


 食器を片付けオレンジジュース持って席に着く。リッカがポケットから地図を取り出しテーブルに広げると


「人族領で獣人族や魔獣族に対してあまり良い印象を持っていない地域ってあるのかしら?」


「獣人領の近くや魔獣族の生活区域周辺の村や街ではそうでもないが、王都やその周辺の街。あるいは、獣人領や魔獣族が暮らしている地域から遠く離れた場所の街や村とかだと、いまだに偏見を持つ者達はいるみたいだな」


 リッカが何か思い出したのか、少し目を見開くと


「そういえば、ケビンは何の違和感もなく私と普通に接してるけど、特に偏見とかなかったのかしら?」


「俺の育った村には熊と犬の獣人族が住んでたし、たまに魔獣族のケンタウルスが荷物を引いて地方の珍しい物を売りに来てたからな」


「なるほどね。ほら、今の私って見た目がアレじゃない。だからなるべく面倒な事にならないようにしたいのよね」


「確かにそうだが、ここから魔族領まで移動する間に立ち寄る街は多分四か所くらいになると思うが、特に警戒するような地域ではないぞ?」


「その事なんだけどさ……。昨日ケビンが移動で使う魔石代と宿代は全て立て替えてくれるって言ってたじゃない」


 大陸全土の主要な都市や街には魔石を使って一瞬で移動できる魔道具が設置されていて、魔石が保有している魔力量によって移動距離が変わる。


 なので、出発地点から遠くに離れた場所に移動するにはかなりの魔力が必要となり使用する魔石もそれなりに高額な物となる。


 だが、俺には店を畳むときに親方から貰った餞別があるので、魔族領まで移動するのに必要な魔石の代金に関しては全く問題がなかった。


 ただ、高額な魔石は人の多い街に行かないと購入する事が難しいく、場合によっては移動に必要な魔石がその日のうちに手に入らない場合もあるので、宿代も俺が立て替えておくと、昨晩ここの宿代を立て替えた時にそんな話しを軽くしていた。


「俺の見た目は駆け出しの迷宮探索者だが、ちゃんと魔族領まで金銭的に何も問題なくたどり着けるから、安心して大丈夫だぞ?」


 するとリッカが少し困ったような表情を浮かべ


「そうじゃないの。その事に関しては信用してるから全く問題ないんだけど……」


 信用してくれるのはありがたいんだが、昨日知り合ったばかりなのにちょっと無防備過ぎやしないか? もう少し色々と警戒するべきだと思うんだが。などと考えていると


「せっかくだから真っ直ぐ家に帰らないで見聞を広める為にも色んな場所に行ってみたいの」


「えっ? 急いで帰って家族を安心させるべきなんじゃないのか?」


 とは言ったものの、本音としては早いとこリッカの家の珍しいレア装備や色んな装備品を貰って店を開きたいだけなのだが、本音がバレないようにずっと気になっていた事を聞いてみる。


「そもそも、何でリッカは見た目がゴリラの姿で迷宮主の部屋に現れたんだ?」


 リッカが頭をポリポリかきながら苦笑いを浮かべると


「う~ん……。その件に関しては家の事情でこうなっちゃったんだと思うのね……。それと、今の姿は家にあるレア装備を使えば元に戻せると思うから特に気にしてないんだけど……」


 どんな事情でゴリラになるんだ? しかも、ゴリラのままでも気にならないって……。意外とリッカは図太い神経の持ち主なのか? あるいは精神面というか心が物凄く強いのか?


 すると、今度は若干引きつったような笑みを浮かべ


「出来ればあまり詮索して欲しくないの……。だから、レア装備を使って姿を変えられた私は遠い異国の地まで飛ばされちゃった、とだけ言っておくわ」


 なるほど。確かに姿形を他種族に変えるレア装備が存在している事は親方から聞いた事があるし、自身に掛けられた魔法を解除するレア装備の事も聞いたことがある。


 今はどうだか知らないが、大戦中は敵国の種族に姿を変えて国内情勢を知るためにこっそり侵入したりもしていたって言ってたな。


 それと、主に緊急時の避難用にその場から離脱する為のレア装備の事も教えてくれたっけ。任意の場所まで移動できる物もあれば、とにかく遠くの場所まで移動できる物もあって、用途は様々だとも言ってたな。


「了解した。リッカが何でゴリラなのか、何で突然現れたのかは聞かないようにする」


「ありがと。でも家には後で便りを送っておくから心配しないで良いからね」


 俺が色々と詮索しなかったからホッとしたのか、オレンジジュースを飲むリッカ。ただ、他にも気になる事があったので


「色んな場所に行ってみたいって話しだったが、移動先での宿代や食事代とかの費用はどうするつもりなんだ? それと、移動するのに必要な魔石代もどうするんだ?」


 リッカがオレンジジュースをテーブルに置くと満面の笑みを浮かべ


「私と一緒に迷宮探索しながら稼ぐのよ!」


 思わず頭を抱えて俯く俺。


「攻撃魔法が使えて回復魔法も使える私と一緒なんだから絶対に危なくないわよ!」


 確かに迷宮主に挑む前の俺は、今後迷宮探索を行うにあたり仲間が必要だとは考えていた。


 だが、俺的にはもう迷宮探索は終わったことになっているんだようなあ……。などと考えていると、更にリッカが


「私のポケットで食料はいっぱい持って行けるし、魔石や装備品を収集するのだってポケットに入れれば荷物にならないわよ。だから、今迄よりも断然ラクに探索出来るわよ」


 リッカがテーブルから身を乗り出し力説している。


 何でそんなにまでして色んな場所に行きたいんだろうか? 何でそんなに家に帰りたくないんだろうか?


 窓からの日差しをちょうどリッカが浴びていて、何だかキラキラしていた。

 ゴリラなので肌の色は黒いのだが、気のせいなのか頬が薄っすら赤くなっているようにも見えた。


 もう危険な行為はしなくて済むと思っていたし、迷宮に行かなくてもリッカを家に送り届ければ装備品は手に入るので、リッカの意見に全く同意する気は起きなかった。


 すると、リッカがポケットから指輪を取り出し


「これを報酬の一つとして渡すから迷宮探索に付き合って……」


 指輪には【蘇生】と【伸縮】の宝玉が埋め込まれていた。


 親方が保管していたレア装備で見た事があったが【蘇生】の宝玉は物凄く貴重で身分の高い者達がかなりの額で買取るほどの逸品だ。


 性能としては死亡しても再び生命を取り戻す事が出来きるのだが、リッカから渡された指輪は生き返るだけではなく、受けた傷も完治した状態で復活することが出来るほど蘇生効果の高いレア装備だった。


 いきなりこんな物凄いレア装備を報酬として渡してくるリッカを思わず見てしまう。


 リッカは思い詰めたような表情で俺を見つめていた。


 そんなリッカの表情とは裏腹に、俺はリッカの家で保管してある装備品への期待が膨らみ過ぎて、鼻の下が伸びないようにするのに必死だった。


 俺は右手の薬指に指輪をはめた。


 そして、そのままリッカに右手を差し出し


「一緒に迷宮を探索しに行こう!」


「よろしくね。迷宮探索者さん」


 リッカが満面の笑みを浮かべながら俺の右手を握った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る