第20話 ジョリーとブラット
俺達が迷宮の五十階層から六十階層までを踏破して来た事を話すと、ジョリーが驚き
「二、三階層付近を探索して帰って来たのかと思ってたから、ビックリだよ!」
グラスに入った酒を一気にグイっと飲むジョリーにリッカが
「旅行するのにまとまったお金が欲しかったので、ちょっと頑張ってます!」
ジョリーが俺とリッカを交互に見て
「あんた達! 新婚さんなのかい!」
ジョリーは酒に弱いのか? 既に酔っぱらってるんじゃなかろうか? などと思っていると、リッカが激しく手を振り
「イヤイヤイヤ、全然違いますから! 私が人族領の文化に触れたくって色んな場所に行ってみたいだけなんです!」
女性に激しく関係を否定されると多少は胸が痛むのだが、ゴリラに否定されても何とも思わないから不思議だ……。
するとジョリーがニヤニヤしながら
「まあ、あんまり探索者の事を詮索しちゃうのは不味いんだろうけど……、リッカとケビンを見てると色々と勘ぐっちゃうのよね」
確かに迷宮探索するにしては俺の装備は革の胸当てとロングソードのみなので貧弱に見えるだろうし、リッカに至っては素足でワンピースだ。
なので、俺達二人だけで迷宮の下層付近を探索して来たとは思えないんだろうな。
すると、リッカが頬をポリポリかきながら
「ケビンは人族領で育ってますが、私は魔族領で育ったので迷宮探索は慣れてるんですよ」
「なるほどね。魔族領出身だったらここの迷宮の魔物なんて問題ないわ」
ジョリーがウンウン頷くと自分のグラスに果実酒を注ぎ
「あら、もう空だわ」
すると、ジョリーの隣で静かに会話を聞いていたブラットが立ち上がった。
俺よりも背が高くゴリラのリッカよりも体格の良いブラットが、音もたてずに店内を移動する。
大きな体格の割には動きがとてもしなやかなので驚かされる。
虎の獣人だからなのかな? 村には熊と犬の獣人族がいたが、ブラットとみたいな流れるような動作は感じられなかったな。
ブラットが店の棚から違う酒を持ってくるとリッカに
「こいつは俺からのおごりだ。飲んでくれ」
リッカに料理と野菜を褒められたのが相当嬉しかったのかな? リッカのグラスに酒を注ごうとしている。
「ありがとうございます!」
リッカがグラスに残っていた酒を一気に飲み干し、空いたグラスにブラットが酒を注いだ。
すると、ジョリーがニヤニヤしながら
「うちのダンナも私と一緒でリッカを気に入っちゃったみたいよ。人に酒を勧めるだなんて滅多にしないもんね」
リッカの着ているワンピースに散らめられた宝玉の一つである【魅了】の効果かもしれないが、物腰が柔らかく口調も優しいリッカは誰にでも好かれる人物なのかもしれないな。
リッカがブラットに注いでもらった酒を一口飲むと
「少し強い気もしますが……、とても飲みやすいお酒ですね! グイグイ飲めちゃいますよ!」
「そうか、気に入ったのなら好きなだけ飲んでくれて構わない」
口角を少し上げ、自分のグラスに酒を注ぐブラット。
そんなブラットをニコニコしながら眺めていたジョリーが
「ねえ、リッカ。五十階層から六十階層くらいだと、一階層に潜伏してる魔物の数って多くても六十から七十体程度なんだけど、リッカから見て魔物の数は多く感じた? それとも少なく感じた?」
「う~ん、正確には数えてませんでしたが、各階層に五十から六十体くらいはいたと思いますよ?」
すると、ブラットが少し目を見開き
「ん? ひょっとして、嬢ちゃんは生き物の気配を感じ取れるのか? 見た目以上に相当鍛えてるんだな……」
「あははははぁ……。伊達に魔族領で育ってませんからね」
ジョリーがグラスに酒を注ぎながら
「へ~、うちの人も気配を感じ取れるんだけど、その領域に辿り着くまでにはかなりの苦労をしてきたのよ。そう考えるとリッカは武術の才能があったんだね」
リッカはどう返答したら良いのか悩んでいるようで、少し顔がひきつっていた。
今のリッカは見た目がゴリラなので、ジョリーとブラットは獣人族が得意な体術や武術の心得があるのだと勘違いしているようだ。
だが、魔法が得意な魔族のリッカは空間魔法で迷宮内の魔物の存在を捉えていた。
実はリッカがレア装備で姿を変えられているって事を、俺が打ち明けてしまって良いのか分からないので
「リッカは武術はあまり得意ではないのですが、野生の勘が働くのでけっこう正確に気配を感じ取れるみたいなんですよね」
リッカに目配せすると
「ウホ、ウホウホ」
野生のゴリラをリッカなりに演じていた。
話題を変えようと思い俺はブラットに酒を注ぎながら
「武術の心得があるって事は、ブラットさんは探索者なんですか?」
注がれた酒を豪快に飲んだブラットが
「元探索者だ。今は家庭菜園に重きをおいている」
すると、ジョリーが
「そろそろ迷宮内の魔物を間引く時期だからさ、迷宮内の状況がどんな感じだったのか知りたかったのよね」
「なるほど、それで五十階層から六十階層の魔物の数をリッカに聞いてたんですね」
ジョリーが一度頷き
「この街の迷宮に来る探索者って本当に少ないからさ、うちらで定期的に魔物の間引きをやってるのよ」
「明日は六十階層から七十階層まで探索する予定なので、魔物の状態をリッカに探ってもらっときます」
リッカを見るとウンウン頷き
「ジョリーさんも魔物の間引きに参加したりするのですか?」
「わたしも行くよ。うちら夫婦とわたしの姉だけの三人パーティーで行くときもあれば、この街の兵士と組んで行くときもあるわね」
リッカが首を傾げながら
「こちらの宿を紹介してくれた人が正門近くの宿屋さんだったんですけど、その方も虎の獣人族だったのでが……。もしかして?」
「あ~、正門にある宿屋はわたしの姉夫婦が営んでいるわ。だからリッカにこの宿を教えたのは姉のリーナよ」
初めてこの宿に来てジョリーを見た時に、正門にある宿屋の獣人族と似ていると思っていたが、やっぱり身内だったのか。
すると、深く椅子に腰掛けていたブラットが身を乗り出し
「前回間引きを行った時に六十三階層で魔獣族のラミアを目撃したんだが、俺達を見たらすぐに逃げられてしまって保護する事が出来なかった」
ジョリーが少し困った表情で
「わたしと主人で何度か仕事の合間を縫って迷宮に行ったんだけど、結局見つけることが出来なかったのよね……」
半人半蛇である魔獣族のラミアは上半身は人で下半身が蛇の姿をしているので、蛇のように音を立てずに這って移動したり、垂直な壁も登って色んな場所に移動ができる。そして、気配を消す事に長けている種族でもある。
なので、ラミア達が本気で身を隠したのならば、そう簡単には見つける事はできないだろう。
ブラットが腕を組み
「まだ子供のラミアだったから早く保護してやりたかったんだがな……、全く気配が掴めなかった」
リッカが顎に手を当て
「既に迷宮から出て違う場所で生活してるかもしれませんが、明日はラミアの事も気にしながら探索して来ます」
「助かるわ、ありがとね。もしかしたら、ラミアは数人で迷宮内にいたのかもしれないけど、何らかの理由でもし一人で生活しているのなら、早く保護して色んな事を教えておかないと討伐対象にされかねないからね」
「そうですね……。子供の頃から沢山の人と接して生活していれば、日々の暮らしの中でやってよいこと悪いことを学べるので、魔物や獣のようにならずに済みますからね」
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