第10話 ゴリラとティータイム


 床に手をつき項垂れていたゴリラが静かに立ち上がると


「色々と聞きたい事があるんだけど少し時間をもらえるかしら?」


「特に急ぎの用事はない。それに傷を治してもらった事に関して本当に感謝している。だから俺の分かる範囲になるが何でも聞いてくれ」


 少し力を入れただけで激痛を伴い悲鳴をあげていた俺の膝が、ゴリラの回復魔法のおかげで何の支障もなく機能していた。


 ゴブリンファイターにぶん殴られたり吹っ飛ばされて出来た青痣や擦り傷も綺麗になくなり、身体のだるさも取れていた。


 これで迷宮から無事に帰還する事が可能になった。


 回復薬を失いボロボロの状態だった俺が帰り道で魔物に遭遇したら、かなりの苦戦を強いられると思っていたので本当に助かった。


「ねえ。あなたが迷宮主を倒してからどのくらい時間が経ってるの?」


「戦いに必死だったのでどのくらい時間が経過しているのかは定かではない」


「そう。なら魔石とレア装備を収集したら迷宮主から少し離れてちょうだい」


 床に倒れている迷宮主に近づくと室内が急に明るくなった。振り返るとゴリラの頭上に光る球体が出現していた。ゴリラが球体を指さしながら


「心配しないでコレはただ光を発するだけの魔法よ」


 適度に明るくなった室内にいると常に暗かった時に感じていた息苦しさに似た閉塞的な感覚はなくなり、不思議と気持ちが少し和らいだ気がした。


 やはり明かりって大事なんだなって改めて感じながら、ゴブリンファイターから魔石とレア装備を収集し少し離れる。


「もう少し後ろに下がってくれるかしら」


 ゴリラの斜め前には両手で抱えるくらいの大きさの火球が出現していた。後ろに下がりゴブリンファイターから離れると物凄い速さで火球がゴブリンファイターに着弾した。


 室内に驚くほどの轟音を響かせ思わず顔を背けてしまうほどの熱風が発生すると、床に倒れていたはずのゴブリンファイターの姿は跡形もなく消え去っていた。


 一瞬の出来事だったが、魔法攻撃の凄さを目の当たりにした俺は全身から変な汗が溢れ出していた。


 俺にはあんな攻撃を躱したり受け流したりする事は出来ないだろうし、ましてや連続で攻撃されたらそれこそどうすることもできない。


 やはりこのゴリラとは戦わなくて正解だった。


 ゴリラを見ると今度は魔法で椅子や机を出現させていた。


 近づき椅子の背もたれに触れてみる。とても硬いが爪を立てると少し砂が付着した。


 机にも触れてみるが椅子と同じでとても硬かった。どうやら机も椅子も砂で出来ているみたいだった。


 多分これは土魔法になるのかな? 明かりも作れて机や椅子も作れる魔法って、本当に便利なんだなって思っていると


「即席で作ったから座り心地は良くないけど、とりあえず座ってちょうだい」


「しっ失礼します」


 ゴリラが首を傾げて


「何をそんなにかしこまってるの? いつも通り普通にしてて良いんだけど……。あなたは普段からそんな感じなの?」


 ゴブリンファイターを一撃で跡形もなく消し去った物凄い攻撃魔法を目にしたので、あなたに恐怖を感じている。とは言えないので


「いや。普段はもう少し柔らかいと思うが初対面の相手だと、どうも硬くなってしまう」


 笑顔で答えたつもりだったが、恐怖で上手く笑顔が作れなかった。たぶん若干引きつっていたと思う。


「なるほどね。まあそれはいいとして、遅くなったけど私はリッカ。見た目はアレだけど正真正銘の魔族よ」


 リッカは胸に手をあて笑顔で自己紹介をしてきたが、俺には獲物を捕らえて喜んでいる獰猛なゴリラにしか見えなかった。


「俺は人族。名はケビン」


「やっぱり人族なのね、さっきは人間って言ってしまってごめんなさいね。少し不快にさせてしまったかしら?」


「いや。別に種族の呼び名に関しては特に気にした事はないから大丈夫だ。ただ、魔族なのに俺達を人族って言い直し謝った事に対して少し驚いてはいる」


「私達の種族が魔力に秀でているからって他の種族をおとしめるような言い方は好きじゃないのよね。でも、同族との会話で言い方を変えちゃうと上手く話しが進まない事があるから普段は人間って言っちゃってるんだけどね」


 魔族とエルフは他種族よりも魔力が有り魔法の扱いも上手い。なので、魔力の劣る種族を見下す傾向がある。ただ、見た目の大きい巨人族と小さい小人族は魔族やエルフよりも体力や腕力が勝り手先も器用だったりするので、例え魔法の扱いが下手な種族であったとしてもそれなりに尊重はしていた。


 たが、人族は身体能力が魔族よりも劣りエルフとはほぼ同じくらいなのだが、魔法を扱える者が少なく特に秀でた特徴がない種族なので、体の大きさが巨人族と小人族の中間で身体能力も中途半端な人族の事を魔族やエルフ達はあなどさげすむ意味で人間って呼んでいたりする。


「ちなみにここは人族の領土なのかしら?」


「ここはヌーブ地方で王都からはだいぶ離れているし魔族領からもかなり離れた場所です」

「なるほどねえ……。だいぶ飛ばされちゃったみたいね……」


「飛ばされた?」


「あっ。こっちの話しよ、気にしないで。それより喉が渇かない? 今お茶を用意するから少し待ってて」


 リッカが目の前の何もない場所からティーカップやティーポットを取り出し始めた。魔法に秀でた魔族が得意としている空間魔法のようだ。


 先の大戦では武器を装備させた魔物や兵士達を空間魔法を使って遠い敵地に送り込んだと聞いた事がある。他にも各国要人の寝室などに突然現れ暗殺も行っていたとも聞いている。


 もし、この目の前のゴリラが本気で俺を倒しに来ていたら、空間魔法を使っていきなり背後に現れた可能性もあったんだよな? さっきの火球の一撃も恐ろしかったが空間魔法を使われていたらと思うとゾッとする。


 だが、目の前で紅茶を入れてくれているゴリラを見ていると不思議と抱き始めた恐怖心や警戒心が薄れていく。


「お待たせ。お口に合うか分からないけど冷めないうちに飲んじゃってね」


「あっありがとう。いただきます」


 ティーカップから漂う紅茶の香りでここが迷宮主の部屋だということを忘れてしまいそうだ。それくらい心が安らぐ香りだった。


 紅茶を一口飲む。身体の芯から柔らかな温かみが身体中に広がる。すると、思わずホッと息が漏れた。


「どう、少しは緊張がほぐれたかしら?」


 目の前のゴリラが微笑み掛けてくる。相手の事を気遣い心配している様子が窺えるような眼差しだった。


「ありがとう。今迄飲んできた紅茶の中で一番美味しいよ」


「あら? そうなの。でも、淹れた紅茶を褒められてとても嬉しいわ。まだあるから好きなだけ飲んでね」


 空になったティーカップに新たに紅茶を注いでくれるリッカ。見た目がゴリラだから惑わされるが本当はとても優しい性格なのかもしれない。


 紅茶を注ぎティーポットを置くと何もない場所から折りたたまれた紙を取り出しその場で広げ始めた。大陸全土が記載された地図だった。


「飲みながらで構わないから教えて欲しいんだけど、ここが人族の王都じゃない」


 地図に記載されている王都を指さすリッカ。


「ヌーブ地方ってどの辺りなの?」


 リッカの地図にはヌーブ地方の名はなく『名もなき迷宮』と記載されていたのでそこを指さし


「この辺りなんだが地名は書いてない。ただ、今いるこの場所は名もなき迷宮だ」


 リッカは眉間に皺を寄せながら


「本当に魔族領からかなり離れてるわね。それに王都からもだいぶ離れてる」


 初めて違う種族の地図を目にしたが他種族の領土より魔族領内の記載の方が詳細だった。俺が持っている地図も人族領内の記載の方が細かく他種族の領土については主要都市と街くらいしか記載されていない。


 ただ、リッカが広げた地図の端には迷宮の名前が難易度の低い順に羅列されていた。もしかるすとこの地図は大陸全土の迷宮について詳しく記載された地図なのかもしれない。


  地図から目を離しリッカを見ると顎に手を当て何かを考えている様子だった。なので、リッカに淹れてもらった紅茶をゆっくりと味わう事にした。


 普段からあまり紅茶は飲まないし詳しくはないのでどんな種類の紅茶なのかは分からないが、とても香りが良く身体の芯まで温まるとても美味しい紅茶だった。


 もしかしたら物凄く高価な茶葉を使用しているのかもしれない。


 せっかくなのでもっと沢山飲んでおくか。ティーポットに視線を送ると


「あら? お代わりかしら? 好きなだけ飲んでね」


 何か考え事をしていたと思っていたリッカに突然声を掛けられ少し戸惑うが


「あっありがとう、とっても美味しいよ」


 空になったティーカップに新たに紅茶を注いでくれるリッカ。


 見た目がゴリラだから惑わされるが、やはり本当はとても気遣いが出来て優しい性格なのかもしれない。


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