第 3話 駆け出し迷宮探索者


 迷宮主に挑むべく、迷宮内を移動しているが、今のところ良い感じに魔物とは遭遇していない。


 ここ、最下層に出没する魔物とは危なげなく戦えるようにはなったが、なるべくならば戦闘はせずに体力を温存した状態で迷宮主とは戦いたい。


 それに、最下層に到達して四日を過ぎたくらいから、いくら魔物を倒しても身体能力に全く変化が現れなくなったので、最近は魔石と魔物の装備品を換金する為に戦闘しているような感じになっていた。


 なので、もしこの迷宮でさらに身体能力を上げたいならば、俺よりも強い魔物である迷宮主を倒すしか方法はなくなってしまった。


 ちなみに、ここの迷宮の主がどのくらい強いのか魔石屋の主人に尋ねたところ「最下層の魔物の魔石はだいたい親指くらいの大きさだっただろ。迷宮主はそれの三倍くらいの大きさだ。その辺りから強さは察しろ」と面倒くさそうに返された。


 魔石の大きさが最下層をうろついている魔物よりも断然大きいので、当たり前だが主はそれだけ強いということだ。


 ただ、それだけ強い迷宮主なのに、魔石の買取額は「一日分の宿代くらいにしかならないぞ」と言われた時はかなり驚かされたが、最下層の魔物を朝から晩まで倒してだいたいそのくらいの稼ぎになるので、そう考えると迷宮主を倒した魔石が一日分の宿代になり、さらにレア装備を売って収入が増えるんだから、稼ぎとしては悪くないのかも知れない。



 五ヶ月前。急遽店を畳むこととなり突然無職となった俺は、家の畑を手伝いながらも、やっぱり武器や防具を取り扱う店で働きたいと思い、装備品の需要が多い王都や迷宮近くの街や村で仕事を探してみたのだが、なかなか仕事は見つからなかった。


 そして、だんだん仕事を探すのが面倒くさくなりだすと、宿屋のベッドでゴロゴロしながら過ごしてみたり、街の広場で行き交う人達をただ眺めて過ごすだけの日々を何日間か送っていた。


 そんな感じで、自堕落な生活を送っていたら、ふと「自分で装備品の収集をして店を開けば良いんじゃね?」と思い立った。


 迷宮探索当初は「戦いと無縁な生活をしていた俺が果たしてやって行けるのか?」と多少なりとも不安を抱いていたのだが、最近では「これからも慎重に行動すれば俺でも意外とやって行けそうな気がする」と思うようになり、少し難易度の高い迷宮の探索に行ってみたいと思い始めていた。


 つまり俺は誰が見ても駆け出しの迷宮探索者って感じにまで成長していた。


 迷宮探索者は高値で取引される高品質なレア装備を求め迷宮に挑んでいる。仮に質が劣るレア装備だったとしても、解体すれば素材は再利用ができ装備が有する特殊な性能は魔道具にも使用できる。

 

 なので、魔物との戦いで命懸けにはなるが、それなりに稼げる職種だったりもするわけだ。


 今から約八十年以上前。この大陸に生きるほぼ全ての種族が十年以上もの長きに渡って戦争を行っていた。なので、当時は自国の戦力強化をはかるためにレア装備を求めて多くの兵士や迷宮探索者を高難易度の迷宮に送り込んだり、鍛冶職人が多いドワーフ達にはレア装備の作製を依頼していた。


 大昔から色んな種族が大陸各地で頻繁に小競り合いは行っていたのだが、全種族が同時期に戦争を始めた事は過去に一度もなく、大陸全土で深刻な食糧不足と資源不足に陥り、当時の人々は大変な思いをして飢えをしのいでいたんだそうだ。


 ちなみに、この戦争で滅びた種族が沢山いたらしく、今でも種族史上最悪の『十年戦争』といわれ語り継がれていたりする。


 そして、大戦終結後に各種族の国王が「今後レア装備の作製を一切禁止する」と宣言した事により、迷宮産のレア装備の価格が一気に跳ね上がり、当時は多くの者達がこぞって迷宮探索に挑んでいていたんだそうだ。


 戦後間もない頃に比べたらレア装備の価格はかなり下落しているが、それでも戦争が起きない平和な世の中になった今でも、高品質なレア装備となると相変わらず高値で取引されているので、一攫千金を狙って探索者達は迷宮に挑んでいた。


 ただ、ごく一部の探索者達は強い魔物との戦いでしか得られない、生きるか死ぬかの瀬戸際の刺激が病みつきになり、更なる強敵を求めて迷宮に挑み続けている者達もいるそうで、そんな探索者達は自身の戦力強化の為に高品質なレア装備は売却しないで自分で装備していたりもする。


 そして、レア装備や自身の強さを求める探索者達は常に魔物と命懸けの戦いをしているからなのか、酒を飲むと暴れる者達が多い傾向があり、何故か腕力至上主義者が多かったりする。


 なので、何かと揉め事が起きやすく地域によっては迷宮探索者の立ち入りを禁じていたりもする。


 つまり、素行が悪くその日暮らしの生活を送る迷宮探索者のことを、世間はあまり良く思っていなかったりもする。


 無口で寡黙な父と、明るい性格の母がいる農家に生まれ、小さい頃はいつも父の隣で畑仕事を手伝っていたような俺が、今では世間的には白い目で見られがちな迷宮探索者と変わらない生活をし、たった一人で迷宮主に挑もうと考えている。


 子供の頃には想像すらしていなかった状況だ。


 ただ、一般的な普通の家庭で育ったはずの俺なのに、何故か武器や防具といった装備品を眺めているのが好きな変わった子供ではあった。


 指で触ると簡単に皮膚が切れてしまいそうな鋭い剣の切っ先。盾の微妙に湾曲した箇所や綺麗に加工されている縁の部分。あるいは、鎧の胸当てや肩当の丸みを帯びた曲線部分。手や前腕部を防護するために装備するガントレットの指や手首の可動部分とかを眺めていると不思議と胸がドキドキしていた。


 特に宝石があしらわれ不思議な模様が施された装備品の装飾には、時間を忘れてずっと眺めていられるような子供だった。


 村人の多くは何かしらの武器や防具を所持していたが、宝石が飾り付けられているような装備品は、村長と村の自警団の人達が多く所持していた。


 なので、家の手伝いがない時には自警団の人達に装備品を見せてもらっていた。


 そして、いつの頃からか自警団の装備品を眺めているうちに、何となく感覚的に宝石が付いている装備品の特殊な性能について分かるようになっていた。


 『切れ味が増す』剣。

 『受ける打撃を軽減させる』鎧。

 『受けた衝撃を相手に弾き返す』盾。

 『徐々に体力が回復する』アクセサリー。


 その事に気づいた俺が村長や自警団の人達に伝えると、始めはみんな驚いた表情をするが、必ず最後は「すごいなケビン! よく分かったな!」と褒めてくれた。


 俺は子供ながらにもっとみんなに沢山褒めてもらいと思い、ますます色んな装備品の目利きを行うようになっていった。


 その頃から、家の手伝いがない日は隣街の武器屋で装備品を眺めるようになっていた。


 隣街の武器屋では防具も一緒に取り扱っていて、壁には沢山の剣や槍が立て掛けられていた。


 村で目にしたような武器もあれば樹木を伐採する時に使う斧も立て掛けられており、あれも武器として使うのか? と子供ながらに感心したのを覚えている。


 そして、天井にまで届く棚には革製や鉄製の胸当てや肩当。それとブーツや兜も一緒に置かれていて、とにかく店内には多種多様な武器や防具が所狭しと置かれていた。


 店内に置かれている装備品の中には特殊な性能を有していない普通の武器や防具もあれば、【打撃増加】【射的増加】【素早さ増加】【魔力増加】などといった、村では見なかった性能の武器や防具が沢山あった。


 俺は初めて目にする装備品や色彩豊いろどりゆたかな宝石で装飾された装備品を眺めているのが楽しすぎて、いつも時間を忘れて店内を物色していた。


 そんなある日、店内の装備品を眺めていたら時間を忘れてしまって、帰る時間が遅くなってしまい、家に着く頃には日が暮れてしまった事があった。


 帰りの遅い俺を心配した父は、村の入り口でずっと待っていたらしく、村に向かって夜道を歩いて来る俺を見るなり物凄く怒った。


 そして、いつも普段から明るい母が、家に着くなり俺の顔を見ると抱き着いて泣き崩れた。


 当時はただ漠然と、父を怒らせ母を泣かせてしまうくらい「帰りは遅くなったらダメな事なんだな」って感じでしか受け止めていなかったが、大人になって当時を思い出すと「あの時は両親をもの凄く心配させてしまって本当に申し訳ない」って気持ちになり今でも胸が痛む。


 武器や防具が所狭しと置かれている店の奥では、長い顎髭を蓄えた筋肉質な爺さんが、刃物を研いだり革をなめしたりして、いつも何かしらの作業をしていた。


 俺は子供ながらにお客がいなくても仕事の邪魔をしちゃ悪いと思っていたので、挨拶はするけど。いつも静かに装備品を眺めていた。


 ただ、普段から店内の掃除はあまりしてないらしく、装備品には所々に埃が被っていたので、装備品の物色中に舞った埃を吸ってしまい、クシャミが止まらない事が度々あった。その度に爺さんの仕事を邪魔してないか顔色をうかがったりもしてたが、爺さんは店内にいる俺の事は放っておいて、いつも作業に没頭していた。


 度々店に訪れ装備品を買うでもなく、ただ眺めているだけの子供に、いつしか爺さんから話し掛けてくれるようになった。


 どこから来てるんだ? 店には何しに来てるんだ? 一人で遠くまで来て親は心配してないか? そんな他愛ない話しをしていくうちに、俺が店に顔を出すと爺さんの方から挨拶をしてくれるようになり、少しずつ色んな話しもするようになっていった。


 爺さんは小人族のドワーフで、ずっと一人で店を切り盛りしているんだそうだ。なので、と言って話し掛けたら少し照れくさそうな顔をして


「親方だ。俺のことは主人ではなく親方と呼べ」


 と言われたので、その日からは長い顎髭を蓄えた筋肉質な爺さんの事を、俺は親方と呼ぶようになった。


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