第 4話 親方
隣街の武器屋で装備品を眺めるようになって半年が経つ頃には、だいぶ親方とも打ち解けて普通に会話が出来るくらいまで仲良くなっていた。
だが、装備品が有する特殊な性能についてはまだ
いつものように店に顔を出すと親方は包丁を研いでいた。親方と挨拶を交わし店内の装備品を眺めながらずっと気になっていた事を遂に尋ねてみた。
「驚いたな。おめえさんが思ってる通りだ」
親方は作業の手を止めこちらに体を向け
「ただ、おめえさんは
やっぱり思っていた通りだった。でも、形は丸かったり角ばっていたりしているし、色は赤かったり紫だったりと様々なので、俺はてっきり宝石だと思っていた。
なので、親方の話しを聞いて少し驚いていた。
他にも宝玉が付いている装備品には宝玉の周りに色んな模様が施されていて、同じ模様もあれば全く違った模様もあり、ずっと気になっていたので、そのことについても尋ねてみた。
「模様が彫られているやつは迷宮産の装備品じゃなく俺達ドワーフが作製した物だ。
親方はゴツゴツした太い指で長い顎髭をいじりながら、色々と教えてくれた。見た目はおっかないけど低音で渋い親方の声はとても心地良かった。
「坊主はまだ十歳だったよな」
「はい。十歳です」
「おめえさんがその歳で装備品の性能をそこまで目利き出来るってのはある種の才能かもしれねえな。世の中には一口食べて同じ味を再現しちまうヤツもいれば、イメージした料理を味見もしないで思い通りに作っちまうヤツもいる。だがな、中には人知れず陰で沢山努力してるのに、いつまで経っても料理が上手くならないヤツもいる」
才能かあ。ちょっと話しが難しくて良く分からないけど、何となく褒められている様な気がするので気分が良かった。
「色んなヤツ等が必死になってやり遂げるような事を、初めてなのにも関わらずチョイと説明を聞いただけであっという間にやり遂げちまうヤツも世の中にはいる」
親方が腕を組み眉間に皺を寄せると
「世間ではそれを才能だと言う。ただな、誰だってずっと料理を作り続けてれば、そのうち作ろうとしている料理に何が足りないのか気づける時が必ずやって来る。下ごしらえの段階でやるべき事だったり、調理途中の火加減の調整だとかだったりな。そして、いつかコツを掴んで自分のイメージ通りの料理を作れる日がやって来るだろうよ。つまり何が言いてえのかってえと、才能ってのは物事の本質に早く気づけるか気づけないかの差でしかなねえってことなんだけどな」
やっぱり話しが難しいので首を傾げていると、親方が鼻で笑いながら
「フンッ。ちぃっと難しい話だったかもな。まあ、もしおめえさんが装備品の目利きが楽しくて仕方ないってんなら、もっと色んな装備品を沢山見続ける事だな。そうする事でどんどん才能が磨かれて最終的にはその才能で飯を食って行けるようになるかもしれねえからな」
将来の事は分からないけど、これからもずっと装備品は眺めていたいなぁ。って思っていると、親方は頭を擦りながら
「今は昔と違って戦いに備える必要がない時代だ。ここら辺には危険な魔物は生息してねえから滅多に装備品は売れねえ。それに、街の近くに迷宮がねえから珍しい装備品も売りにこねえ」
そう言われてみると、今までお客さんが来ていた事ってないなあ。って思っていると
「王都だったり迷宮が沢山存在してる地域の村や街にいけば、もっと珍しい性能を兼ね備えた装備品が売られてるから、いつか見に行ってみると良い」
って言うと、口元に笑みを浮かべ
「ちょっと待ってろ」
と言って店の奥に行ってしまった。王都って聞いたことはあるけど、どこら辺にあるんだろう。などと考えていると、親方が店の奥から現れて
「こいつはそれなりにレアな剣でな、特別に見せてやる」
あの日の出来事は今でも鮮明に覚えている。
そして、親方が気まぐれでたまたま見せてくれた装備品との出逢いによって俺の将来は決まったも同然だった。
カウンターの上に置かれた親方自慢の剣には沢山の宝玉が埋め込まれていた。
ポルメンあるいは
店内に置かれている装備品だと宝玉は多くて三個埋め込まれている程度だった。それでも初めて見た時は激しく心が揺さぶられた。
なのに、目の前に置かれている剣には宝玉が六個も埋め込まれていたので、物凄く驚かされたし激しく興奮させられた。
多分あの時の俺はカウンターの上に置かれた剣を目にして最大限に目を見開き、口をポカンと開けていたと思う。それだけあの剣との出会いは衝撃的だった。
そして、目の前の剣からは気安く触れてはいけない雰囲気だったり、思わず後ずさってしまいたくなるような、そんな威圧感のような物が溢れ出ていた。
剣の雰囲気に一瞬しりごみ、たじろいだりもしたが、直ぐに剣の装飾に心が奪われ、俺は食い入るようにカウンターの上の剣を眺めていた。
今までに見た事がないレア装備を眺めて興奮しているからなのか、何だかジッとしていられなくて、今すぐ外に出て走り回りたい衝動に駆られていた。
それでもソワソワしながら嬉しいような怖いような、よく分からない感情を抱きつつ剣を眺めていると、親方が
「宝玉の数によって装備品の価値は決まってくる。こいつは全部で八個だ。十個以上埋め込まれてるレジェンド級には及ばねえが、それでもこいつは迷宮産のレア装備の中でもそれなりに価値のある逸品だ」
俺は首を傾げながら
「親方。今八個っていったけど六個しかついてないよ?」
親方は口元に笑みを浮かべながら剣を鞘からゆっくりと引き抜いた。
剣身の鍔に近い部分に二個の宝玉が縦に並んで埋め込まれていた。確かに宝玉は全部で八個だったけど、そんなことよりも鞘から抜いてあらわになった剣身が、全体的に薄っすらと光を発していることに驚いた。
ウットリとしながら光る剣身を眺めていると、剣身に埋め込まれている二個の宝玉について目利きが出来ない事に気づいた。
剣の装飾に見惚れていて今まで気づいていなかったが、柄頭と鍔それと鞘に埋め込まれている全ての宝玉について目利きが出来ない事に気づき、目をパチパチしながら驚いていると
「坊主、宝玉の性能が分からないんだろ?」
俺は一度頷き、店の壁に立てかけられている宝玉が埋め込まれた槍を見つめる。
【刺突増加】
ちゃんと問題無く宝玉の性能は感じとれていた。
なので、もう一度カウンターに置かれている剣を見つめるが、埋め込まれている八個の宝玉の性能は何一つとして感じとる事が出来なかった。
初めての出来事に戸惑っている俺を見て親方が
「もっと沢山の宝玉を見て知ってけば自然と宝玉の性能なんてもんは見抜けるようになっていく。今はまだ経験と知識が足りてねえだけだから気にすんな」
俺の中では装備品の目利きは唯一人に自慢出来ることだったので、目利きが出来なかった事にショックを受け
「この剣の鞘の部分に埋め込まれている赤い宝玉だがな……、こいつは徐々に体力が上昇するのと同時に、気持ちも徐々に
顔を上げ鞘の部分の宝玉を見る。すると親方が
「剣を装備した者だけに効果が発動されるなら使い方次第で何とかなるんだが、広範囲で誰にでも発動しちまうもんだから、戦闘が長引けば長引くほど敵も味方も興奮状態になっちまって、最終的には敵味方の区別が出来なくなった者同士が命尽きるまで戦い続けちまう。こいつはそんな厄介な剣なんだ……」
だから、さっき急に走り出したくなったのかな? って思っていると
「まあ、昔だったらこんな厄介な剣でも買い手はいくらでも見っかったんだが、今の時代じゃ装備品なんて金持ちが道楽で眺めて楽しむ鑑賞品になっちまってる。そんな客がめったに来ない鑑賞品を売ってるような店だが、いつでも好きなだけ遊びに来いや。何なら装備品について目利き以外の事も教えてやるからよ。元気出せよ」
親方はゴツゴツした太い指で俺の髪の毛がクシャクシャになるくらい撫でまわして来た。
今にして思うと、目利きが出来なくて項垂れていた俺を親方なりに慰めてくれていたんだと思う。
その日から俺が店に顔を出すなり親方が装備品について色々と教えてくれるようになった。
目利きについては誰からも教わらないで感覚で出来るようになった俺だが、改めて親方に目利きのやり方を丁寧に教えてもらったら、今迄よりも更に深く装備品について理解出来るようになった。
例えば見た目が同じような剣でもどちらの方が切れ味が鋭いのか。どのくらい使用したら切れ味が悪くなり、更には折れてしまうのかも分かるようになって行った。
他にもいつ頃の時代に作製された装備品なのか。何の素材を使用しているのか。何処の地域で作製された物なのかなども分かるようになった。
少しずつ装備品について様々な事が解るたびに、その都度毎回嬉しくなって俺は店内にある装備品を端から端まで全て目利きしまくっていた。
それと、埃を被ったままの装備品が可哀そうだったので、壁に立て掛けられている武器や棚に押し込まれている防具の埃を掃ったりして、店内の掃除も率先して行っていた。
店に置いてある全ての装備品がピカピカになる頃には、武器や防具の手入れの仕方も少しずつ教わるようになっていた。
店には装備品を購入する客は来ないけど、定期的に武器や防具の手入れを依頼してくる客は来ていた。それと、包丁の切れ味が悪くなったので研いで欲しいといった、生活用品の手入れの依頼をしてくる客もチョコチョコ来ていた。
家の手伝いがない日にしか店には顔を出せないが、店に来る馴染みの客ともいつしか顔見知りになり、たまにお菓子とかもらったりもしていた。
そして、十五歳になり成人を迎えた俺は、親方の店で住み込みで働かせてもらうようになっていた。
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