第 2話 名もなき迷宮
薄暗い通路を進んで行くと、曲がり角が見えて来たので立ち止まる。
魔物から収集した装備品と魔石の入った革袋を音をたてないように床に置き、剣を構える。
ゆっくりと鼻から息を吸って、口からゆっくりと吐きだす。
深い呼吸を何度か繰り返してから、ゆっくりと曲がり角に向かって歩を進める。
頬を撫でるようにして弱い風が曲がり角から吹きた。
風に乗って魔物特有の食べ物が腐ったような酸っぱい臭いはしてこないので、さらに歩を進める。
曲がり角の先が見通せる位置に差し掛かかると自然と剣を握る手に力が入る。
魔物が飛び掛かって来ても直ぐに対処出来るよう身構えながらも、ゆっくりと歩を進める。
ジリジリと歩を進め、曲がり角には魔物が潜んでいなことが確認できた瞬間、激しく息を吐きだした。
息を潜めていたつもりがいつの間にか息を止めていたようだ。
大きく息をし呼吸を整える。落ち着いたところで今度は曲がり角から顔をだす。
迷宮の壁面には弱い光を発する苔が所々に生えているのである程度は通路の先の方まで見通すことが出来る。
角を曲がった通路の先にも魔物の姿は見当たらなかった。
部屋の出入口付近や曲がり角には魔物が潜んでいる事が多い。なので、探索を始めたての頃はよく襲われ何度か危ない場面もあった。
迷宮内の魔物を危なげなく倒せるようになった俺でも、やはり不意を突かれるような状況は避けたい。それに、五体以上の魔物に囲まれると苦戦するどころか命の危険にさらされる。
安全のために何人かで迷宮内を探索するべきなんだろうが、この『名もなき迷宮』は三十五階層までしかなく、弱い部類の魔物であるゴブリンと大ネズミだけしか出没しない。
戦いと縁のない生活をしていた俺でも、無理せず安全に探索が出来そうな迷宮って事でここを選んだわけだが、俺の思惑通り大きなケガもしないで毎回生還できていた。
迷宮探索を始めた頃は、何度か低賃金で探索に同行してくれる者や、迷宮内での荷物持ちを生業とする者達に声を掛けようと思った時もあったが、身体能力が上がるにつれ魔物との戦いに苦戦しなくなりだすと「慎重に行動すれば同行者や荷物持ちがいなくても、俺一人で探索って進められんじゃね?」と判断し、結局ずっと一人で迷宮探索を続けていた。
ただ、世の中には未踏破の迷宮も存在しているし、殆どの迷宮が五十階層から百階層近くで構成されていて出没する魔物もそれなりに強い。なので、今後もし今の生活を続けて行くなら供に行動する仲間を探す必要がある。
次の迷宮探索からは仲間を探す必要があるかもしれないな……。
『名もなき迷宮』の探索を始めて一ヶ月が経つ頃には十階層まで踏破していた。
踏破するまでに掛かった日数が他の探索者と比べて多いのか少ないのかは分からないが、生まれてからの十九年間、戦いとは無縁だったこの俺が、大きなケガもせずに十階層までたどり着けたのだから、他者との踏破日数の比較なんてどうでも良かった。
ただ、「一人で十階層を踏破したってのは実は凄い事なんじゃね?」って内心思ってたりもして、ちょっと誰かに話して自慢したい気持ちはあったが、話し相手がいなかったのでまだ誰にも話してはいない……。
十階層を踏破してからは、採取した魔石を全て換金しないで、幾つか保管するようになった。迷宮の出入り口から十階層毎に移動可能な魔道具に使用するからだ。
迷宮内を寄り道もせず戦闘を避けながら、最短順路で一階層から十階層まで進んだとしても半日が潰れてしまう。なので、迷宮内を瞬時に移動できる魔道具は本当に便利で助かった。
二ヶ月後には二十五階層を踏破していた。この頃から探索中に遭遇する魔物の中に、明らかに他の魔物よりも強めの個体が存在している事に気づいた。
魔石屋の主人に聞いたところ「下の階層から移動してきた魔物とたまたま遭遇したんじゃないか?」との事だった。
主人の話しによると、迷宮の魔物は個体数が増えると強い魔物がいる下の階層ではなく、自分より弱い魔物が生息している上の階層に移動し始めるらしく、そうなると、弱い魔物は強い魔物から逃げるためにどんどん上の階層に移動し始めるんだそうだ。
そして、迷宮内の魔物が増え続けてしまうと、魔物達は迷宮から出てきて地上で生息し始める。なので、迷宮を管理する村や街では定期的に魔物の間引きを行い、魔物が迷宮から溢れ出さないように管理を行っているんだそうだ。
さらに、主人からは「もっと詳しく迷宮について知りたかったら、迷宮の出入口に設置されてる迷宮案内掲示板に詳細情報が掲載されているから、そっちで確認しておけ」とも言われた。
掲示板の存在は知ってはいたが、掲載内容を読んだことはなかったので、掲示板に掲載されていた『迷宮内で出没する魔物の特徴』や『迷宮内で魔物が頻繁に出没する場所』とかを頭に叩き込んだ。
そして、迷宮探索を始めて三ヶ月が過ぎた今では、この迷宮の最下層である三十五階層にまで到達していた。
「そろそろまともな装備品を収集する事が出来るかな?」と淡い期待を抱きながら最下層の探索をしていたのだが、この階層の魔物も相変わらず質の悪い折れたり刃こぼれしている剣やナイフか損傷の激しい鎧や盾だった。
革製の鎧や盾、あるいはグローブやブーツは再加工する手間が掛かり、買取不可となる物が多いので俺は持ち帰ったりはしないが、探索者の中には破損した鎧のパーツをツギハギして露店で売り出す者もいれば自分で装備する者もいたりする。
なので、俺も珍しい素材の防具なら加工して使用したり売り出したりもするかもしれないが、今のところ魅力的な素材を使用している装備品にはまだお目に掛かれていなかった。
金属製の装備品で損傷が激しい物は、鍛冶屋に持って行きクズ鉄として買い取ってもらい、棍棒や木の盾などの木製の装備品は燃料になるので鍛冶屋か材木屋で買い取ってもらえた。
ただ、この迷宮で収集した装備品に関しては質が悪いので売っても一回分の食事代になるかならないかなので、稼ぎとしてはあまり良くはない。
だが、魔石に関しては最下層の魔物を朝から晩まで倒せば、だいたい一日分の宿代分の稼ぎにはなるので助かっていた。
魔石は魔道具を動かすための魔力が含まれているので、弱い魔物で魔力の含有量が少ない魔石でも貴重な資源となっていた。さらに、国が迷宮内の魔物の増加を防ぐ為、たとえ弱い魔物の魔石であっても魔石屋で換金してもらえる制度を取っているので、稼ぎとしては少ないが俺としてはとてもありがたい制度だった。
二十階層までの魔物からは小指の先くらいの魔石しか採取出来なかったが、三十階層を過ぎた辺りからは親指くらいの大きさの魔石となり、買取額が上がったので、お陰でその日暮らしではあるが何とか生活は出来ていた。
ちなみに、魔力の含有量が高い質の良い魔石は、深い階層にいる強い魔物から採取される。なので、質の良い魔石を採取するにあたり迷宮探索者や兵士達は強い魔物との戦闘に備え質の良い武器や防具を装備して迷宮に潜って行く。
そして、魔物の装備品は迷宮を探索した者達が途中で壊れて廃棄した物や、探索中に命を落とした者達から奪った物なので、迷宮の階層が深くなるにつれて、魔物の装備品の質は上がって行き、階層数が少なく弱い魔物しか出没しない迷宮だと、魔物の装備品の質は悪くなる傾向がある。
つまり、浅い階層の迷宮で、しかも弱い部類の魔物しか出没しない迷宮だと、質の良い装備品を収集するのは困難となるのだが、迷宮の最下層にいる『
俗に『レア装備』と言われている迷宮主の装備品は、鍛冶職人が多いドワーフ達の技術を
そして、嬉しいことに平和な今の時代であってもレア装備はそれなりに高値で取引されている。
今日俺は迷宮主に挑むつもりなので、収集したレア装備が幾らで買い取ってもらえるのかチョット楽しみだったりもしている。
ただ、この探索が容易な『名もなき迷宮』の迷宮主の装備品は、たぶんそれなりの品質で特殊な性能もあまり有していないレア装備になだろうと推測しているので、あまり過度な期待はしないようにはしている。
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