第36話「ひよこ饅頭」
「ミト~、ひよこ饅頭貰ったんだけど、食べる?」
私はまるで人見知りの激しいネコのように母さんの手からひよこ饅頭を奪い取る。
「これは、大学に行ったら食べるよ」
私はひよこ饅頭を大学用のカバンに仕舞う。
「じゃ、そろそろ行って来ます」
私は愛用の自転車にまたがると大学までの道を走った。
※
講義も一通り終わり、サークルルームへ向かうと案の定、ヤナエ先輩が鎮座する。
「お疲れ様です」
長テーブルの下にカバンを降ろしてからパイプ椅子へ座ると、ひよこ饅頭をおやつとして取り出す。
「お疲れ。ミトちゃんはいつも何か持ってくるね」
ヤナエ先輩は携帯ゲーム機から顔を上げながら話しかけてくる。
「ええ、先輩の分もありますけど、食べます?」
「ありがとう。いただくよ。しっかし、いつも、みんなの分もあるよね。少し前までは謎だったんだけど、あのお母さんなら納得だよ」
先輩の話もそこそこに私はそそくさと、ひよこ饅頭の包装紙を剥くと一瞬で顔部分にかぶりつく。
口の中にほのかな甘みと、ぱさぱさした生地と餡がじゅわ~と溶けていく食感を楽しむ。
顔部分を飲み込んだ頃、ヤナエ先輩が包装紙を開けているのが目に入った。
「先輩、私、実はひよこ饅頭って苦手なんですよね」
「ん? 今美味しそうに食べてなかった?」
「味は好きなんですが、軽くトラウマがありまして……」
「ふ~ん、どんな?」
「まぁ、それは追々、話しますんで、先に食べちゃいましょう」
「それも、そうだね」
ヤナエ先輩が大きく口を開ける。
『きゃっ!』
「ミトちゃん、何か言った?」
「いえ、なにも」
私はブンブンと首を激しく横に振る。
再び先輩が口を開け、ひよこ饅頭にかぶりつくかどうかというところで、
『いやっ! やめて、食べないでぇ!! 痛いっ! 痛いっ! 痛いっ!』
「ミトちゃん、ひよこ饅頭の声言うのやめない?」
私はあえて、すっとぼけた表情をしてみせる。
「まぁ、いいや」
ヤナエ先輩はひよこ饅頭のお尻の方にかぶりつく。
『ああっ!! ぼくのお尻がぁ! 痛いよぉ!! もう食べないでぇ!!』
ひよこ饅頭の叫びを聞いたヤナエ先輩だったけれど。
「ふっ、ミトちゃんよ。ボクがその程度で食べれなくなるような繊細な人間だと思ったかい? その見通しはこのひよこ饅頭より甘いねっ!」
残りのひよこ饅頭を何の逡巡もなく、先輩は口に放り込んだ。
「鬼ですかっ!! こんな愛らしいひよこ饅頭の訴えを無視して食べるだなんてっ!! 私なんて昔、母さんにやられてから食べづらくて仕方ないんですから。というか顔がある食べ物全般されるので、ハトサブレですら食べにくいんですよ!」
「ああ、確かに、トラウマ追々語ってるのね」
ヤナエ先輩は肩をすくめて、感心したような呆れたような表情を見せる。
「でも、ミトちゃんもひよこ饅頭食べてるじゃん、それはいいの。というか今度はボクがやり返す番だよね」
ニヒヒッといじわるそうな笑みを浮かべる先輩。
「なので、私は顔が付いてる系の食べ物はすぐに、声より早く、それこそ光の速さで顔を食べるようにしてるんですよ。ほら、声帯がなければ声は出せないはずじゃないですか」
ヤナエ先輩は苦笑いと冷や汗を浮かべ、「その発想がトラウマだわ」と声をあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます