第38話「執筆開始?」

 〆切と言うものがあると、月日はあっという間に過ぎるもので、いつの間にか『カクドコン』まであと一月、〆切まであと三月にまで迫っていた。


「そろそろ書き始めないとまずいわよね」


 私はノートパソコンの前に座り、一文字目を打ち出す。

 けれど、すぐに納得いかず、消してを繰り返す。


「マズイマズイマズイマズイマズイマズイ! 全然書けないどうしよう」


 焦燥感から、私は思わずパソコンの前から立ち上がり、うろうろと歩き回る。

 そして、その歩みは自室から出て、台所、居間まで及ぶ。そして、また自室に戻り、再度居間へと歩く。


「どうしたのよ。さっきからうろうろしてっ!」


 母さんに呼び止められたので、大人しく白状する。


「書き出しがどうしても浮かばなくて」


「何言ってるの!?  読書感想文だって、最初の200文字が書ければ、原稿用紙5枚とか余裕でしょ?」


「母さん、私が読書感想文めちゃくちゃ苦手だったの知ってるよね?」


「そうね。毎回最初の200文字をあらすじで埋めて、『面白かったです』としか書けなかったミトが、長編小説にいどむだなんて。ホロリ……」


 母さんは大げさに泣きまねをする。


「し、仕方ないじゃないっ! 本を読むのは好きだけど、感想なんて、面白かったかつまらなかったの2択でいいと思うんだもんっ!」


「その意見には概ね賛成ね。共有したい感想なら自然と出てくるし、そうでないものを無理矢理書かせるのは意味ないわよね。ついでにあたしは、国語だとあれもオカシイと思うわよ。ほら、この時の作者の気持ちを考えなさいってやつ」


「ああ、あれも良く分からないわよね。作者の気持ちって、本当に作者に聞いたのかって思うわよね」


「ええ、あたしなんて書いているときは、締め切りかお金の事、もしくは傑作が描けたと思ったときは、アニメ化、実写化のことしか考えてないわよ」


「素晴らしい文章が書けた。これで印税がもらえるぞ。と思っていたって書いたらリアルでは正解でも、国語のテストじゃ、まずバツをもらうよね」


「あっと、ごめんごめん、話を戻して書き出しだったわね。あたしは今は編集の河林さんから結構最初の一コマは指示がくるからそこまで悩まないんだけど、昔はそれこそ、何通りも考えたわよ。少なくても3通り、多いときは10通りくらい。それでもページ数に合わなくて描き直していたし」


「ページ数に合わない?」


「マンガって今月のページ数は何ページですって編集さんから言われて、そのページ数に合うように描くのよ。売れていれば売れているほど多くのページ数が貰えるわ。週刊誌だと掲載順で人気が分かるけど、月刊誌とかだとページ数で人気が分かるわね。で、これが多くても少なくても困るのよ。特に少ないときに、そういうときは描き出しでまごついているとあっという間に描きたいことも書けずにページが埋まってしまうから、そういう時は描き出しをメインに近いところからに変えるのよ」


 母さんは例とばかりに描き直しほやほやの原稿を見せる。


 そのグルメマンガには、最初、主人公が外出して、出先で食べた料理を家に帰ってから自分でも作ってみるという話なのだが、確かに、作った方の料理が出てくるのが最後の最後になってしまっている。

 そして、修正された方は、もう主人公は家は帰って来ているところから始まり、外で食べた料理が美味しかったから自分でも作るぞというところで料理の回想が入りつつ、自分でも作っていく。そうすると真ん中くらいで料理で出され、味の感想や余韻に多くのページを使えていた。


「おおっ! 母さんスゴイ! よっ! 天才っ!!」


「ほほほっ。もっと言って、もっと言って!」


 大御所の母さんでさえ、書き出しでここまで苦労するのだから、私の苦悩なんてっ!

 やる気に満ち溢れた私は母さんからのアンコールには応えず、自室へと急いで戻っていった。


「あれ? 終わり?」


 アンコールが無かったことに対する不満の声が背中に突き刺さるが、燃え盛る私を止めることは出来なかった。

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