私と母さんと本気

第34話「ねこのポスター」

 翌日から、ネタ探しの為、私の母さん観察が行われるようになった。


 そんなある日。


「ミーっ! ミーっ!」


 早朝から何かの声が猫の額ほどの我が家の庭に鳴り響く。


「こ、この声は……」


 私は眠い目をこすりながらパジャマ姿で庭へ出ると、すでに母さんがその声の元へやって来ていた。


「ミト、おはよう。どうやら捨て猫のようね」


 母さんの目の前には一つの段ボール箱。その中に小さな子猫が3匹。まるで親を探すようにミーミー鳴いている。


「猫を捨てる奴なんて、地獄に落ちればいいっ!」


「いや、同意見だけど、母さんにしては過激っ!」


「そんなことないわよ。A型の女は表面ではニコニコしてても心の中じゃ何考えてるか分からないんだから。それに動物にこんな扱いする奴には、別に何思ってもいいと思わない?」


「確かに、私もさ、猫とか動物を虐待してたニュース見ると、全くおんなじことされろっ! って思うよ」


「そうよね! ミステリーで怨恨で誰か死ぬより、トリックの為に犬・猫が死ぬ方が犯人に怨み湧くわよね!」


「たま~にあるよね。そういう話」


 苦笑いしつつ、話をもとに戻す。


「で、その子猫どうするの?」


 母さんの前にある段ボールには白黒、グレー、サバの愛くるしい子猫たち。

 クルンクルンのキラキラとした目で見つめてくる。

 ここで普通の人ならば可愛さに胸を打たれるところかもしれないけど、我が家の人々は一味違った。

 何を隠そう何か変な電磁波でも出ているのかうちには猫がよく捨てられてくるのだ。


「うちで育てるのは最終手段よね。まずは、このマンガ家、大塚ミツバの本気を見せるときが来たようね! 作るわよ、里親探しポスター!!」


 母さんは不敵な笑みを浮かべ、段ボールごと家の中へ消えて行った。


 私も続いて家へ戻ると、段ボールは客間に置かれ、まずは猫砂によるトイレの設置。それから水。すでに目が開いていることから生後2か月は経っているだろうから、やわらかめのネコエサを用意する。

 始めのうちはそれらを怪しんでいた子猫たちだったが、サバ猫がてってってと近づき、恐る恐る一口食べると、その美味しさと安全性に気づき、ガツガツと食べ始める。

 その様子を見た白黒とグレーも、急いで近づき食べ始めた。

 ネコエサはピラニアの川に落ちた獲物のように一瞬でその姿を消した。


「ふふふっ、よく食べてるわね。もっと食べて丸々と太りなさい」


「母さん、それ山姥やまんばか魔女のセリフだと思うの」


 子猫たちは、余程お腹が減っていたのか、たらふく食べると、お腹をパンパンにさせた。


「そろそろ頃合いね」


 満腹で完全に油断している子猫たちに魔の手が伸びる。

 ガシッと白黒の子猫が掴まれ、持ち上げられると、温タオルで顔を拭い目ヤニなどの汚れを取る。

 それは白黒だけではなく、グレー、サバと行われていった。

 

 全員がキレイになると、母さんはスマートフォンを手に取りカメラを起動する。

 他の機能はたどたどしい操作だけど、カメラ機能だけは私よりも手際よく使いこなすのよね。

 確か、最初にスマホを買った理由もカメラ機能と地図機能が便利だからだったわね。


 そうして、まんまる、コロコロの子猫たちをまずは1匹ずつ写真に収めていく。

 全体像と顔のアップ両方をベストショットが出るまで何度も何度も撮影する。

 

「白黒ちゃん、お顔が可愛いわね。目がパッチリで愛くるしいわね~。グレーちゃんも丸顔でちょっと潰れたお顔がブサカワねぇ。サバちゃんは……、うぅん、普通ね。どちらかというと可愛くないわね。貰い手つくかしら」


 心配しつつも、今度は3匹をフカフカのタオルを敷き詰めた段ボールへ入れる。

 満腹の3匹はすぐにうとうとし始め、3匹かたまって寝始めた。


「良し! シャッターチャンス!!」


 3匹の寝顔を一枚に収めた。


「これで写真はいいわね」


 撮った写真をプロの厳しい目で見ながら、選び抜かれた写真たち以外削除した。


「ミト、これ現像してきて」


「最近、現像って聞かないね。じゃ、スマホ預かってくよ」


 私は母さんのスマートフォンを預かると、近くの写真屋へと向かった。

 現像は数分で終わり、戻ってくると、母さんの前にはB4サイズのピンクの厚紙が置かれ、鉛筆でいくつも丸が描かれている。


 その脇には別の紙に3匹の子猫の絵の下書きがすでに描かれていた。


「はい。母さん、写真」


「ありがとう」


 私が写真を手渡すと、大きさを確かめてから、厚紙に丸が追加されていく。


 これ以上私が出来ることは何もなく、3匹の子猫を起こさないよう愛でつつ、小説の展開でも考えていると、


「ミト~、出来たから、コンビニでコピーしてきて」


 私が渡されたポスターは中央に3匹の寝ている写真。そして顔だけを丸く切り取った写真と母さんの子猫の絵が散りばめられ、ダメ押しとばかりに白黒のネコの絵に、「ぼくをもらってニャン!」と書かれている。


「……母さん、うちの電話番号書くの忘れてるよ」


「えっ!? ウソっ!!」


 慌てて確め、抜けていたことを確認すると、全体のバランスが崩れないところに書き足していく。


「ほら、里親募集の。文字で色々書いても、一瞬じゃそこまで読まないし、興味も湧かない。まずは猫の写真をでかでかと付けることが重要よね。そして、より可愛いと思わせるように絵を3割増しくらいの可愛さで描くのよ! そうすると本来の子猫も可愛く見えるってもんよ! あとは実際に見てもらって、抱っこさせたら、こちらの勝ちだからね」


「なんか、騙そうとしているような気が……」


「そんなことないわよ! 実際に飼えば、どんな子でも可愛くなるし」


「いや、そっちじゃなくて、電話番号忘れたこと」


「……すみません。めっちゃ誤魔化そうとしました」


 母さんは座った姿勢から深々~と頭を下げた。

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