第30話「睡魔」

「…………はっ!」


 深夜1時、私は長編のアイデアを考えようとしていたところ、いつの間にかうとうとしており、気づくとこんな時間であった。


「ダメだ。ダメだ。寝ちゃ、ダメだ。寝たら死ぬぞ。頑張れミト。寝たら作品が出来なくて、死ぬぞ~~~~」


 体はグニャグニャと曲がり、大きく船を漕ぐ。


「これは……マズイ」


 長女なら我慢できたかもしれないけど、生憎私は一人っ子だ。我慢出来ず、そのまま夢の世界へ……。


「いや、まだだ。まだ、このまま寝たら明日に差し支える。せめて、ベッドへ。負けるにしても前のめりによ」


 体が半分ベッドに乗っかったところで、どうやら私は力尽きたらしい。

 翌日の早朝、寒さと共に目を覚まし、床につきっぱなしだった膝にやんわりとした痛みを覚える。


「はぁ、私はなんてダメなやつなんだ」


 自責の念にかられながら、朝食を摂るため台所へと向かうと、すでに母さんも台所に来ていた。


「おはよう。ミト。あたしはダメなヤツよ」


「どうしたの? また変な線描いちゃった?」


 コクリと母さんは頷く。


「やめておけばいいのに、つい、夜中にペン入れしちゃうのよね。そしたら、全然違うところに線いれてたのよね」


 その原稿を見せてもらうと、本来なら人物の輪郭になるはずの線が、頬から顎にかけての玉子型の輪郭の線ではなくグニャグニャとうねったミミズのような線で描かれている。


「これって、一枚全部書き直し?」


「さすがに修正ペンホワイトで直せる範疇は超えているのよね。だから、ここだけ切るわ」


「切る? 切ってどうするの?」


 私が疑問符を浮かべていると、母さんはカッターを取り出し、そのグニャグニャ線のコマを枠に添って切っていく。

 原稿用紙にそこだけぽっかりと穴が開くと、その後ろから、そのコマより少し大きめに切った原稿用紙を当て、セロハンテープで固定する。

 

「これで、このコマだけ描き直せば大丈夫よ。はぁ、それにしてもどうして11時くらいって眠くなるのかしら……」


「いや、それ普通だから。普通の人はそれくらいに寝るからね」


「そうなのよね。でも、昔は眠くならなかったんだけどねぇ」


 ついでに母さんは毎日のように11時くらいにうとうとしつつも結局2時くらいまでマンガを描いている。


「母さんは立派だよ。ちゃんとそこから起きて描いてるし、変な線を描くときはあるけど……。むしろ、ダメダメなのは私だよ。昨日も何も考えられずに寝ちゃったし」


「そっちは趣味だからね。仕方ないわよ」


「いやいや、そんな言い訳は通用しないよ。ほんと、睡魔、強すぎ。魔物に例えられるのも分かるよね」


「そうね。よく、『壁は越えられる人にしかやってこない』とかっていうけど、


「確かにっ!!」


 しかし、このままじゃ、長編が一行いっこう一行いちぎょうも進まない。なんとかしなくては……。

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