第28話「白紙」

「ウソッ!!」


 この日、私は母さんの悲鳴のような叫びで一日の始まりを迎えることとなった。


「母さん、どうしたの?」


 慌てて母さんの元へ駆けつける。居間にたたずむ母さんに目立った外傷はないし、なにか虫とか幽霊が出た様子もない。


 母さんは私の質問に答える代わりに、スマートフォンの画面を見せる。


「えっと、なになに? アニメッカ、画材から撤退」


 アニメッカは、アニメやマンガ関連のものを売っているお店で、なにを隠そう、母さんのマンガ用原稿用紙もここのものを使っていたのだ。

 たぶん、アニメッカにある原稿用紙はこれからマンガ家を目指すようなビギナー向けの商品なのかもしれないが、母さんはここの原稿用紙の発色の良さを気に入っていた。


「この年になると、目が見え辛くて、白の発色がいい方が見やすいのよね」


 と前に言っていた。


「母さん、前使っていた原稿用紙に戻すんじゃダメなの?」


 母さんは首を振り、答えた。


「あたしもプロだから、最悪モノが無くなれば、わら半紙にだって描いてみせるわよ。でもね、自分にあった道具の方がいいに決まっているじゃないっ! 

 弘法筆を選ばずとかウソね! あんなの何にも分からない人にはどんな筆で書いても一緒ってことの皮肉よ。絶対!!

 しっかり人に見てもらうものなら自分にあった良い道具を使った方がいいに決まってるわ。消しゴムならMONO、シャーペンならUNI、アルコールペンならコピックなのよっ!!」


 確かに母さんは一度気に入るとひたすらそれを使い続ける。

 財布もすでに全く同じものを使い続け、すでに3代目だ。

 シャーペンはときどきさらに良いのが出ると変えているけど、消しゴムは少なくとも私が生きて来た間は常に一緒だ。

 さらに言えば、お茶碗とかお箸も同じものを使い続けているわ。


「大御所の母さんが言うのならその通りなのかもね。ついでに、ことわざって間違った意味で覚えていたりするからちゃんと意味が、『達人なら道具を選ばない』なのか調べて見るね」


 私はスマートフォンで意味を調べると、


『名人は道具の良し悪しを問題にしない』


 という記述だったのだが……。


「あれっ? 母さん、これ見て」


 意味を調べると同時に、そこには弘法大使の考えとは逆という見出しもあった。


「えっと、どうやら、弘法大使は、『良工まずその刀を利くし、能書は必ず好筆を用う』つまり、名人は道具を大切にメンテナンスし、良い道具を使用するって言ってたみたいだね」


 まさに母さんだ。


「まさにあたしの事ねっ!」


「よっ! さすが大御所マンガ家、言う事が達人の域っ!!」


「ほほほっ! もっと言って、もっと言って」


 さらによいしょを求める母さんに、私はさらに声をあげる。


「マンガ界の弘法大使っ!! 自分で求めなければもっとカッコ良かったよ!!」


「うっ、だって、自分で言わないと誰も褒めてくれないし。そこは、ほら、弘法も筆の誤りってやつよ」


「誰が上手いことを」


 後日、母さんはアニメッカの原稿用紙を買い占めるのだが、完全に撤退してしまってからは大人しく、以前使っていた原稿用紙を使用することになるのだった……。

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