第6話「ファミレス ネーム締め切り後 編」
「さぁ、今日も外食よ!」
大学から帰ると、さも当然のように母さんが出迎える。
「はーい。今日は何にしようかな……」
普通のニュアンスとは違い、いったい何だったら飽きずに食べられるかなという、「何にしようかな」だ。
いつも通りに席に着く。
しかし、母さんはメモ帳を取り出すこともなく、私にお題を出してくることもなかった。
「もうペン入れに入ったの?」
「ええ。ファミレスでは流石に原稿は描けないからねぇ」
ペン入れとはそのまんま。B4の原稿用紙に鉛筆書きしたマンガに墨を入れていく作業だ。
そしてこの作業、大御所になればなるほど、ペンが太くなっていく気がする。
普通はGペンとか丸ペンとかで書くのだが、我が母は、コピックというアルコールマーカーを使用している。
かの、大先生はマジックペンでキャラクターの眉を書いているのだが、流石にそれには敵わないようだ。
そのペン入れは重要な作業だし、原稿が汚れるのは避けたいので、ファミレスにはまず持ってこない。
そんなときに母さんが待ち時間に行うのが、人間観察だ。
人間監察と言っても可愛いもので、適当なお客さんの仕事とか関係性とかを推測するだけだ。
例えば――
※
「ミト。気づかれないようにゆっくりと、斜め後ろを見なさい」
母さんはまるで、どこかの指令官のようにテーブルの上で手を組んで、私に命令を下す。
私は最初、ナイフに後ろを映そうとしたけど、映画のようには上手くいかず、諦めて、ゆっくりと斜め後ろを自然な感じで盗み見る。
「あれは……、カップル」
Tシャツにアンクルパンツの男と白のブラウスとスカートの女が座っている。
1対1でいることや、ただの友達とは違う独特の距離感から、私は瞬時にカップルと断定する。
「ええ、しかもまだ初々しさが抜けていない成りたてね。さっきから男の方が挙動不審だし、女の方には遠慮が見られるわ」
確かに時折男は視線を泳がせ、女はきっちりと座っているし、笑うときに手で口元を隠している。
「あっ、ドリンクバーに立つわね。ここでも譲り合いよ。このパターンは男が行くわね」
母さんの言う通り、少し会話してから男が席を立つ。
「見た目的には高校生か大学生って感じかな」
「そうね。まだあどけなさが残るし、食事先がファミレスというところからもお金があまりない高校生が打倒なところね」
「クツもあまり高そうなものではなく、スニーカーだし、腕時計も安物だったわね」
「そこまではあたしの位置からじゃよく見えなかったわ。ミト、良く見ているわね」
「まぁね~」
髪をかき上げ、僅かにドヤ顔をしてみせる。
伊達に母さんに付き合わされて人間監察したり、ミステリーを見たりしてないわよ!
「こういう時の女の方の料理は必ず、少な目でかつ女の子っぽいものになるわね」
「うん。私もそう思う。これが付き合ってながいとハンバーグとか普通に行くと思うけど。う~ん、私はパスタに一票かな」
「ふっ、まだまだ甘いわね。彼女は今日は白いブラウスを着ているわ。ならソースが跳ねるようなパスタは避けるはず! あたしはオムライスに賭けるわよ。そして、むしろ男の方がパスタを行く気がするわね」
「緊張でご飯が喉を通らないから?」
母さんはコクリと大きく頷いた。
「そうかなぁ。男なんてそこまで意識が回らないと思うけどなぁ。普通にハンバーグとか頼みそう」
そうこうしている間に、カップルの元へ料理が運ばれてくる。
ウエイターさんのお盆の上にはオムライスとハンバーグセット。
これは1対1の引き分けかなと思っていると。
「ハンバーグセットのお客さま」
「はい」
女の方が手を小さく挙げた。
「「胆力っ!!」」
母さんと同時に小声で叫んでしまう。
「まさか、お食事デートでそこ行く!?」
「あの女の子、なかなかやるわね。個人的にはあたしは好きよ」
「いや、私も好きなタイプだけど」
「マンガ家として断言出来るけど、あの男は完全に尻に敷かれる未来が見えるわね」
「たぶん、それ、誰でも見えるわ」
「事実は小説より奇なりとは良く言ったものね」
「その言葉を言ったバイロンさんもまさかこの程度のことで言われるとは思ってないだろうね」
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