第5話「ファミレス ネーム締め切り前 編」
朝、自室で大学へ行く支度を済ませて居間へと行くと、すぐに母から声が掛けられた。
「ミト。今日から夕飯外食だから」
「今日から、ね」
なんでもない日に外食することはある。それはいいのだ。世の主婦の皆さま方がたまには夕食を作らない日があってもいいと思う。だけど、うちの場合は少し普通とは違うんだよね。
「締め切りは?」
「10日後よ」
「了解。覚悟しておくわ」
※
普通ならば、外食とは喜ばしいものかもしれない。
特に幼少期ならば、お子様プレートに立った旗に喜び、ハンバーグやカレーに
10日間ずっとファミレスは辛いんだよぉ!!
私が住む街にはファミレスが2店舗しかない。
そこに毎日、日替わりで行くのだ。
ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス、ガ〇ト、コ〇ス。
最近はこの頻度も減ったけど、忙しいときなんて、月のほとんどファミレスだったなぁ。
おふくろの味がイコール、ファミレスの味という悲しみを背負うのも、マンガ家の娘に生まれた宿命なのかもしれない。
つい、遠い目をしてしまう。
だいたいメニューとか開かなくてもグランドメニューは全部覚えていたし。
注文まで超スムーズなんだよ。
もう2人とも常連の居酒屋に行くような感じなのよ!
いつもので、若鳥のステーキ・Aセットが出てきてもいいくらいにねっ!
しかも、別に街の中に他の飲食店がないわけじゃないんだけど、ファミレスが一番待ち時間に仕事が出来るんだって。
プロット作成やネーム作りなんかには最適らしい。母さん曰く。
「自分に関係ない雑音があるほうが集中できる」
※
さて、いざファミレスに来ると、私たちはさっさと料理を注文する。
流石に今はメニューを見ないと全部は分からないけれど、それでもいつも頼むようなものは覚えているので、さっと目を通すだけ。
料理とドリンクバーを頼んだので、私はすっと席を立ち、ドリンクを取りへ向かう。
母さんは決まって一杯目はコーラなので私は黙ってドリンクバーからコーラとオレンジジュースを汲んでくる。
その間に母はメモ帳を取り出すと、考えながら線を引っ張っていく。
ネーム作業というマンガのコマ割りや構図を考える作業だ。
本人にしか分からないような雑な絵だが、それでも絵心のない私には、構図を予想してコマを割り振っていくなんてとてもじゃないができない作業だなと毎回関心する。
「お待たせいたしました。ミートソースドリアと若鳥の甘酢あんかけ御前になります」
そして、ウエイターさんが手料理ではありえない速さで料理を持ってきてくれると、いそいそとメモ帳をしまう。
ウエイターさんは流石にプロなのか母さんのメモ帳を一瞥することもなく、私の前にドリアを、母の前には甘酢あんかけ御前が置かれる。
まぁ、ウエイターさんがプロというより、プロが頻出しすぎて珍しくないだけかもしれないけど……。
しかし、これで母の仕事は一旦休憩とはならないのだ。
「猫、コタツ、縁側。はいっ!」
手を差し出しながら同時に3つの言葉を投げかけてくる。
「なに、次のプロット?」
「そう、お題が猫、コタツ、縁側だって。かなりありふれていて逆に大変なんだけど、で、なにか話浮かんだ?」
「え~、そんなすぐに話なんて思い浮かばないよ」
「それでも芸人かっ!? すぐに大喜利くらいできなくてどうするっ!!」
「えっ、求められてたのはボケだったの!? そういうことなら……」
私は運ばれてきていたドリアを一口食べながら考えると、さっと思い付いたボケを披露する。
「それじゃあ、猫がコタツに入っているときに、飼い主がお寿司を――」
「寿司ネタのエンガワじゃないから。笑点なら座布団取られているところよ」
オチを先に言われるのは確かに座布団没収ものだ。しゅんとしながら、オレンジジュースをズズズッとすする。
「それじゃ、まじめに考えるね」
私はそう言いながら気を取り直して、ドリアを口に運びながら母さんの次の話のプロットを考え始めた。
「じゃあ、ベタだけど、猫がコタツで寝てるんだけど、コタツ布団を干すとかで追い出されてちゃうの、で、暖かい日向の縁側に辿り着くんだけど――」
母さんは私の話がまだ途中だったにも関わらず、鋭い目つきになり、メモ帳にペンを走らせる。
「なるほど、いいわね。その縁側に行くまでにいくつか場所を経由、たとえば座布団の束とかね。で、最終的に縁側ってことね」
「先読みするなし! うん、で、縁側には飼い主がいて、もう時間的にはコタツ布団も戻ってるんだけど、飼い主の隣が一番あったかいって言うのは?」
「庭では近所の子供のボールとかに邪魔されたり、屋根でぬくぬくしてたら他の猫に邪魔されたりして、純粋な温度だけじゃなくて、心の温かさも縁側で表現していきたいわね」
「そうそう、その為の何かは、母さん頑張って!」
「ここまで出来れば、もうプロットは出来たも同然よ! ダメなら河林さんが改善してくれるしね!」
こうして一話作り上げる頃には料理はすっかり冷えてしまっているのだが、やりきった私たちは、満足して、その料理を平らげた。
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