第4話「あとでは無い」

 私の母さんは大御所マンガ家なのだが、マンガ家というのはオタクの上位職のようなもので、私の母さんもすでに言ったけれど、人形に結構な金額を費やしているオタクだ。


 これは、私なんか、オタクとしてはまだまだだなと思い知らされた話――


「母さん、みたらし団子余ってるけどたべる?」


「ん~、あとででいいわ」


「じゃ、私だけ食べるね」


 みたらし団子とお茶を一人堪能していると、テレビから衝撃のニュースが流れた。

 それは、私の大、大、大好きなマンガのグッズが限定販売されるというものだ。


「はぁ!! マジで、ほしいっ!!」


 テレビ画面に映し出されたそれは、マンガのキャラクターがつけていたブローチで、限定1万個の販売ということだった。

 かなりの数なので普通に買えると思うのだけれど、金額は1万円越え。

 大学1年生の私にはそれなりにキツイ金額なのよね。


 しっかりした情報を得る為、自分のノートパソコンを開き、その商品の内容を吟味し、吟味に吟味を重ねる。


「う~ん、やっぱり、クオリティ高いわぁ! これ、普段使いも出来そうだし。どうしよう……」


「悩んでいるのって、さっきやってたヤツを?」


 共にテレビを見ていた母さんが横やりを入れてくる。


「うん。そうだけど。でもお金もキツイし、もう少し考えて、あとでにしようかな」


「バカ野郎!」


 母さんは、平手で自分の手を軽く打って、ビンタの真似事をしつつ、私に詰め寄る。


「限定品はいつ無くなるのか分からないのよ。見たら、即断即決よ。あたしたちの世界に『あとで』なんて言葉はないわ! 買うか諦めるかの2択よ」


 母さんに諭された私は、ゲット出来なかったときの後悔の方が大きいと判断した。


「う、う~ん。よしっ! 買うわよ! 買うしかない!!」


『個数1』購入と書かれた場所にマウスカーソルを持って行き、クリックを押そうとしたそのとき。


「いくつ?」


「いくつ!? えっ、個数聞くの? 普通に1つだけど」


「それで、使えるの?」


「えっ? い、いや、どうなんだろう」


「使うつもりで買うんでしょ? なら2つ買っておいた方がいいわよ」


「いやいや、大丈夫でしょ」


「甘いわね。あたしはそれで後悔してきた人を何人も見て来たわ。 その方が幸せになれるわ」


「でも、お金が厳しいから、大丈夫だよ」


「ならば、あたしが出そう」


 まるで悪魔の囁きだけど、私は意思を強く持ち跳ね除ける。


「大丈夫だってばっ!!」


 強い意志で、『個数1』をクリックし注文した。


            ※


 それからすぐ、あのブローチは品切れになり、いまではネットオークションやフリーマーケットサイトで2~3倍の値段で取引されているらしい。

 

 そしてとうとうブローチが1つ。無事に私の元へと届いた。


 少し高級そうな箱は指輪の箱のようにパカリと開く。赤いルビーのようなブローチは原作を完璧に再現しており、そのクオリティは息を呑むほどだ。


 プレミアが付き1万円が3万円になった。もしかするとさらに値上がる可能性もあると思うと、ものすごく高いものに思え手が震える。

 ゆっくりと震える手でそれを持つが、すぐにこのブローチに傷がついてしまったらどうしようという考えが脳裏をよぎる。


「う、ううぅ、だ、ダメだ。私にはこのブローチを付けることなんて、出来ない」


 箱を持ちながら、膝から崩れると、横でマンガを描いていた母さんが、ポツリと呟く。


「だから、2個にしときなさいって言ったじゃない」


 このとき、私は母さんの言ったことが全て正しかったのだと理解でき、潜って来た修羅場の違いを実感したのだった。

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