第3話「担当編集」

 現在、母さんの担当についている河林さんは、母さん曰く凄腕の有能な編集らしい。

 どの辺が優秀か聞くと、


「毎回打ち合わせの度に、ちゃんとアイデアをくれるし、改善箇所も分かりやすく納得できるところね。あとはあたしよりあたしの作品に詳しいところよ。99人の壁とかやったら、自分のことなのに絶対ブロックされるわ」


 との事だ。

 まぁ、母さんの仕事を間近で見ている私からしても、河林さんは優秀なことが伺えるのよね。

 母さんがネームをよく私に見せて意見を聞いてくるんだけど、私も数多の作品を読んでいるし多少は目が良くなっているのだけど、だいたい私が指摘する点って、河林さんも同じことを言うし、それプラスでさらに良くなる改善点を指摘するのよね。

 なんでも母さんの担当をしている間に編集長になったみたいなんだけど、確かにあれだけ優秀なら納得よね。

 

 でも、河林さんは編集長になっても母さんの担当は続けているんだよね。

 ついでに母さんは優良進行で、締め切りは守り、性格も穏やか。

 別の編集部では母さんは新人育成の登竜門になっているらしい。


 たぶん、編集部からみたら人間が出来過ぎていて、普通を通り越して、天使とかなんじゃないかな?

 そういう意味では、やはり普通を名乗る母さんは変なのだが、過去には編集者の方にもすごい人が居た。


                 ※


 かなり昔、あれは確か私が中学1年くらいについてた担当さんは、すごかったわね。


「ちょっと待ってください」


 と言ったら、3時間後に連絡が来ていたし。

 ちょっとの概念が広すぎる。さらに、


「少し待ってください」


 で、3日待たされていたわね。


 流石の母さんも、


「『ちょっと』と『少し』の違いはなんなのよ」


 と、困惑していた。

 他にも、深夜12時くらいに打ち合わせの電話がきたりもしていたわね。

 いくらマンガ家が夜型で、母さんもいつも2時くらいまで起きているとはいえ、流石に非常識な気がするわよね。


 逆に今の担当の河林さんは、


「本日お休みをいただいているので、明日になります」


 と受付の方が言っていたにも関わらず、その1時間後くらいに連絡くれていたわね。

 編集者の時計って皆壊れているのかなって思うわよね。


 さて、そんな数多の編集者と仕事してきた母さんに私はとある質問をしたことがあるの。

 事の発端は、マンガ家をテーマにしたマンガを読んだことだ。

 そこでは、最低な編集と最高の編集だと思われるキャラが出てくる。


 最低な編集は、空気が読めなくて、原稿の扱いがぞんざいで、自分の推しの動物を出すように言ってくる。

 最高の編集は、連絡するとすぐ返信がきて、誤字脱字などを指摘してくれる。


 これを母さんに見せたら、


「こっちの最低な編集の方がいいわね」


 予想外の答えが返って来た。


「えっ、でも、この編集酷くない。原稿失くすよ」


「それは許せないけど、他は別にいいかな。むしろ、推しの動物を出すようアイデアを出してくれるし、結果それで本誌に載っていて連載もしてるんでしょ?」


「うん。マンガ家の話だし、もちろん連載してるよ」


「マンガを書く上で一番大変なのは、誰も思いつかないような新しいアイデアを出すことか、そのマンガ家にしか描けない作品を描くことなのよね。で、それをしてくれる担当は貴重なのよ。返信早いのは魅力だけど、ぶっちゃけ誤字脱字の指摘なら誰でも出来ることだからね」


「う、う~ん、まぁ、言われてみればそうなのかな」


「マンガ家は一見さぼっているように見えるときもあるけれど、そんな時でも常に新たなアイデアを探しているものなのよ。ただし、時給換算したら大変なことになるから、しちゃダメよ! 絶対にしちゃダメよ!!」


 うん。これはフリだね。

 えっと、確か母さんの原稿料は――――


 私は、最低賃金を大きく下回る金額に、そっと筆をおいたのだった。

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