第2話「恋愛? ホラー!」
私の母さんは、生粋の少女マンガ家なのだが、ここでも普通の少女マンガ家像というものからは大きくかけ離れているのよね。
普通、少女マンガ家といえば、フワフワの服とかを好みそうだが、母さんはそんなことなく、普通のワンピースやズボンスタイルを好んでる。
50過ぎでフワフワの服を着られても娘としては困るので助かってはいるけど。
ただ、私に関してはめちゃくちゃ色々な洋服とかを勧めてきて、というか、買ってきて与えられた。
昔は言われるがままに、フリフリのドレスとか着てたけど、今思うと、どれだけお金使っていたのかしら……。
だから別に可愛いものが好きじゃないという訳ではなくて、他には、ぬいぐるみや人形なんかも好きで、我が家には60万くらいしたエリザベスちゃんという超リアルな少女の人形がいる。
今は倉庫を借りて、その他の様々な人形たちはそこに保管されているけれど、私に部屋が必要な年ごろになるまでそれらは一部屋に集められていて、私は人形の部屋と呼んでいた。
ここまで言えば、その後どうなったか賢明なみなさんなら分かると思うけど、その人形の部屋が私の部屋に割り当てられたのよね。
うん、360度、全てにぬいぐるみや人形の目があって、はじめはめちゃくちゃ怖かったわ。特にピエロのやつはヤバかったわね。唯一後ろを向かせたもの。
でも、人間って慣れるのよね。だんだんと怖くなくなってきて、平然と眠れるようになったんだけど、私が大丈夫だからと言って、みんなが大丈夫な訳じゃないのよね。
友達を部屋に入れた際、めっちゃ怯えられたわ。
自分はどうでも良くて、可愛いものを愛でるのが好きなんだけど、人形の部屋みたいなのを平然と作る母さんが普通な訳がないのよね。
※
ある日、楽しそうに雑に作られたB級ホラー映画を見ていたときに尋ねたのだけど、
「一番好きなジャンルって何?」
「えっ? ホラーだけど」
「えっ!? 他には?」
「ミステリー」
「もう一声っ!」
「アクションかしらね」
恋愛の『れ』の字すら出て来ない。
「じゃあ、一番苦手なジャンルは?」
「えっ? 恋愛だけど」
「おい。少女マンガ家っ!!」
「だって、そうは言ってもあたしが描くのは動物とか妖怪とかが出てくる、ほのぼの系の少女漫画だし。確かにたまに恋愛を書いてって言われるけど、困るのよね。なぜ編集はあたしに恋愛を描かせようとするのか、全くわからないわね」
「あ~、ちょっと待って」
ほのぼの系を描いているくせに一番好きなジャンルがホラーって、とか、少女マンガ家だから恋愛描かされるんだよ、とか色々言いたいことはあるけれど、それらを全部飲み込んで、ひっくるめて、声を上げた。
「なんで、少女マンガに持ち込んだのよっ!」
母さんはニヒルな笑みを浮かべ、チッチッと指を振った。
「分かってないわね。あたしがマンガ家としてデビュー出来たのは、自分に描けるものを見極め、そして、どの出版社がどういう作品が足りず、どういった作品を求めているかをしっかりリサーチした結果なのよ! あたしの場合はあえてまだそのジャンルに手を出していなかったところを狙い撃って持ち込みしたんだけどね」
「才能とか努力じゃないの!?」
「努力はしたわよ。いかに売り込むかっていう努力は。だいたい、あたしクラスの絵や話のマンガ家なんてゴロゴロいるわよ。普通にやって勝てるのはそれこそ一部の天才くらいで普通のあたしはそういうところで差を出さないとやっていけないわよ。そういえば昔の担当編集にも絵が下手だって散々言われたわね。もしデビューできたら社内を裸で回ってやるとも言われたけど、結局やらなかったわね……。ぎゃふんと言わせることを糧にやっていたというのに、逃げたわね。今から探し出してやらせるのも……」
「ちょっ! ホラー方面に行ってるから、戻ってきて母さんっ!!」
「そもそも、なぜ女性は恋愛が好きなのかしら。それもドキドキ、キュンキュンするような。こうサバサバ、スパスパした恋愛の方が面白いと思うのだけど」
少女マンガ家どころか女性としてどうなのかという発言だ。
「まぁ、私もコメディ要素とか、バトル要素とか、妖怪とか、+αの要素がある方が好きだから、言いたいことは分からないでもないけどさ。やっぱり主人公が成長してヒーローとくっつくって構図が面白いんじゃない――って、プロに言っても仕方ないか」
「そんなことないわよ。最終的に作品を評価するのはプロでもなんでもない読者なんだから、素人意見が一番重要なのよ!!」
そのとき、母さんの携帯電話が鳴り響く。
「あっ、担当の河林さんから」
電話をとり、何やら数十分話込んでから戻ってくる。
「ふっ、さっき、素人意見が大事って言ったわよね。もちろん編集もセミプロみたいなギリ素人なのよ。だから、あたしは編集の意見にも100%耳を傾けるわ」
「あ~、ダメ出しが来たんだ」
「ダメ出しじゃない! 改善点よ! あたしは普通の日本人だから改善・改良は得意なのよ!」
「いや、普通の日本人はそうかもしれないけど、オリジナルも作ってるの自分じゃん……」
普通とはいったい……。
母さんはテレビを消すとテーブルへと向き合うのだった。
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