マンガ家母さんの迷言

タカナシ

私と母さんと日常

第1話「創作活動」

 カタカタカタ。

 カリカリカリ。

 カタカタカタ。

 カリカリカリ。


 我が家の居間に、キーボードとシャーペンを走らせる音が静かに響く。


 今現在、私こと大塚ミトは大学の文芸サークル用に短編小説を愛用のノートパソコンで執筆中。

 そして、その横では長方形の木製テーブルに向かって母さんが絵を描いているところだ。


 私はキリのいいところまで書き上げると、お茶を飲もうと耐熱コップを手に取った。

 もともとはちょいお高めのプリンの容器だった耐熱コップは予想より軽く持ち上がり、中身の不在を知らせる。

 

「ありゃ、もう空か」


 しばらく正座してパソコンに文章を打っていた為、足がしびれて立ち上がるのに苦労する。休みつつなんとか立ち上がると台所へと向かった。

 よろよろとしながらも居間からは数歩で台所のテーブルなのが幸いし無事に辿り着く、テーブル中央に置かれた急須を取る。

 お茶葉がまだ大丈夫なことを確認すると、ウォーターサーバーからお湯を注いだ。


「母さんも飲む?」


 一人分も二人分も変わらない。もう一度母さんの分で席を立つ労力を軽減する為、私は母さんに声をかける。


「それじゃ、もらおうかな」


 あと少しで空になるマグカップを見つめてから、目尻に皺を寄せ柔和な笑みを浮かべる。

 

「は~い。ちょっと待っててね」


 私は軽く返事すると、急須とお茶請けのお煎餅を持って居間へと戻る。

 母さんのマグカップへお茶を入れていると、自然と視界に原稿用紙に描かれたマンガが目に入る。

 そこには可愛らしいキャラクターたちが生き生き描かれているのだ。


 自分で言ってて悲しくなるけど、この顔もスタイルも中の中、すんごく忖度してくれる顔診断アプリでは宇多田ヒカル似と言われたけどね。

 勉強も学年で真ん中より少し上くらい、運動はダメダメだし歌も音痴、ついでに方向も音痴の平々凡々、普通を絵に書いたような私だけど、唯一特別なものがある。それが母さんだ。


 御年51歳になる母さんはもちろん趣味でマンガを描いているわけではなく、執筆歴32年の超大御所マンガ家!!

 代表作には『三毛猫ピッパー』という作品があり、マンガ界で初めて人語を喋る動物を描いたパイオニア的存在なのだっ!


 今も母さんの前のテーブルにはトレース台が置かれ、左にはトーンが入ったバッグ。右にはミリペンやシャーペンなどの線を描く道具とアルコールマーカーにハードパステルといった色をつける道具が分けてカゴに突っ込まれている。

 今は下絵という原稿用紙にシャーペンで絵を描く作業中なのでシャーペンと消しゴム以外は出番待ち状態。


 シャーペンがカリカリカリカリと音を立てて白紙の上にどんどんと可愛い猫や女の子が描かれていく。その様はまさに職人芸と言ってもいいんだけど。

 まぁ、本人は歌手のいるか似のちょっと絵が上手いだけの普通のおばさんと言ってるんだよね。全然そんなことはない……、と私は思う。マンガの技術もさることながら、迷言・名言製造機だし。

 そうだね。例えば――。


                  ※


 この日も私は居間で小説を書きながら、母さんはマンガのトーン貼り作業に勤しんでいた。

(トーン貼りは、トーンっていう模様や柄の印刷された特殊な薄いフィルムを貼って洋服の柄とかを表現すること。すんごく薄いから下のペンを入れた線はそのまま見えるしカッターで簡単に切れる。私も暇なとき手伝うんだけど、最初は力加減が分からなくてよく原稿用紙まで切ってしまってた)


 で、これが母さんに言わせれば単純作業で何か音があったほうが捗るらしく、適当にテレビがついていた方がいいらしい。

 そんなテレビには同性愛をコミカルに描いたドラマのCMが流れる。


「ねぇ、母さん。BLって最近の人気ジャンルだけど、大御所から見て、どう思うの?」


「昔からホモはあるわよ。そして、あたしがマンガ家を目指すきっかけとなった先生もホモがからむ作品を書いていたわね。あたしは書いていないけれど――」


 そこで母さんは力強く立ち上がり、拳を固く握りしめ付き上げた!


BL


「言い切った! でも、マンガ家歴30年以上が言うと、説得力があるっ!!」


「女性作家にあるのは、イケメンなBLか、おっさんなBLかよ」


「なに、その迷言……」


 51歳でこのセリフはどう考えても普通じゃないよね。



 これは、自称普通の普通じゃない主人公母さんと、せめてドラマの名前ある脇役くらいにはなってみせたいとあがく私の物語だ。

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