第7話「おもちゃ屋」
「それじゃあ、解散っ!!」
母さんの声と共に私たちは別行動を取る。
今日は久ぶりに遠出。映画を一本観てから、同施設内にあるおもちゃ屋『トイ・マック』に寄っていた。
そこに寄ったときは別行動するのが常で、私は最近のおもちゃ事情を見ながら、ゲームコーナーを寄り、最終的にフィギュアが並ぶ棚へと向かう。
母さんは昔から、バービーやブライスなどの人形を見に、一直線だ。
まぁ、これだけなら案外普通かもしれないんだけど――
※
あれは小学生の頃だ。その日もお出かけでトイ・マックに寄っていた。
当時の私はゲームが大好きで、トイ・マックに来るとゲームソフトを買って貰っていた。1つの試練と引き換えに。
「それじゃあ、解散っ!!」
母さんの言葉で別行動を取る。
明るく清潔な店内。すべてが白く輝いて見えた。
いくつも立ち並ぶおもちゃの棚。そこはまるで夢の国のようであった。
私はゲームソフトコーナーに走って行くと、面白そうなゲームはないかと目を光らせる。
「これ、面白そう! あっ、こっちはCMで見た」
パッケージを手に取っては裏面の説明を確認しつつ吟味する。
買ってくれるのは1つだけ。そう思うと自然と選定の目も厳しくなるのだ。
そして20分くらい掛けてゲームソフトを選ぶと、母さんに渡す為に店内を探す。
だいたい居るところは決まっているので、すぐに見つけることが出来るのだけど、そういうときの母さんは決まって職人のような目をしてしゃがんでいる。
「あっ、母さん、いたー」
小走りに母さんの元に駆け寄ると、空のカゴにゲームソフトを入れる。
「母さん決めたよ。早くいこー」
「ちょっと、待っててね。今、顔を選んでるから」
母さんは両手にバービー人形を持っているがどちらも同じ商品だ。子供の私から見たら全て同じだと思うのだけど……。
「全部一緒じゃない?」
「全然違うわよ。ほら、こっちと、こっちで顔が全然違うじゃない!」
「えー、一緒だよ」
「全然違うわよ。うちにお迎えするんだから、気に入った子を連れて行くの。そこに妥協や甘えは一切なしよ!」
「わ、わかった」
母さんの気迫と、ちょっと待っててという言葉に従い、私も一緒に人形を見る。欲しいのもあったけど、今日はゲームを買ってもらうから我慢、我慢。
しばらく買ってもらえない人形を眺めていたけど、飽きてきて、再び母さんに問いかける。
「ねぇ、まだー?」
「もうちょっと」
「じゃ、他のとこ見てくる」
私は人形自体には興味はないけれど好きな映画のフィギュアが置かれているコーナーでその人形をマジマジと見る。そして裏面に書いてある説明や名前を読むのが毎回の時間つぶしの方法だった。
当時はその名前が正式名称だと思っていたけど、コスチュームが変わったときの俗称だと気づくのはまだまだ先の話。
フィギュアを一通り見て回り、もう見るものが無くなると、再び母さんの元へ向かう。
「あれ? いない?」
先ほどまで悩んでいた所に母さんの姿はなく、これは買うモノが決まったのだと胸を弾ませ、探しに歩くと、すぐ裏の棚で母さんを発見する。
そこにはやはり、先ほどと同じく職人の目を煌めかせ、両手に同じ人形を持つ母の姿。
カゴには私のゲームソフトと先ほどまで見ていた人形が1体。
「まだー?」
「まだ」
私は仕方なく全然興味のないミニカーや低学年が遊ぶような音の出るおもちゃなどもぐるりと一通り見て回るけれど、すぐに見終わってしまう。
もう何度目になるかわからないけれど、母さんの元へ。
「まだー?」
「まだ」
「もう帰ろうよ~」
「ゲーム買ってあげるんだから、もう少し待ってなさい」
手持無沙汰になった私は、そのまま端っこにある椅子に腰かける。
「……おもちゃ屋で子供の方が先に帰ろうって言うって、どういうことっ!!」
無駄に明るい店内だが、おもちゃの棚でところどころ影が差す。
私が座る椅子にも影が差し込み、夢の国から一転、試練の国へと変貌する。
「つまらないな~~」
仕方なくぴょんと椅子から降りると店内を一回り。何か面白そうなものはないかと探すけれど、特に目ぼしいものは見つからない。
再び椅子に戻って休憩。
少し時間が経つと退屈に耐え切れず、再び店内を一周する。
もう何週したか分からなくなった頃、ようやく母さんが現れる。
その顔は満足そうにほくほくしている。そんな母さんが持つカゴの中には人形が2体とゲームソフトが1本。
「ミト~、帰るわよ!」
「やっと! もう、どれだけ時間掛けるのさ!」
「1時間くらい?」
「もう3時間経ってる!!」
この日観た映画よりも長かった。
※
そして現在。
「むむむっ、顔がいまいち。いや、体のバランスはいいんだけど、顔がなぁ。んで、こっちはな~んか全体のバランスが変な気がするのよね」
私は好きなアニメのフィギュアを見ながらその表情やバランス、果ては筋肉のつき方まで吟味している。
そして、棚の最後のフィギュアを取る。
「おおっ。これは顔もいいし、バランスも完璧じゃない。よし、これにしよう」
ここまでの時間、およそ3時間。
血は、争えないようね。
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