恋人の話

 次の日、私はいつも通り大学に行ったあと、彼氏と旅行について話す予定になっていた。私は大抵の場合、大学に行くと講義を聞くかスマホを眺めるかくらいしかやることがなかった。友達も少ないし、サークルに所属しているわけでもなかったからだ。この日はたまたま同級生と一緒に昼食をとることになっていたが、こういうことはごく稀なので、いつもは一人で建物の裏にあるベンチに座ってサンドイッチを食べていた。数少ない友人の恵はオカルト研究会に所属していて、独特の世界観がある面白い子だった。この日も、炸裂する恵のトークを私は面白がって聞いていた。

 恵と別れた後は残りの授業を一人で受け、家に帰った。これから晩御飯の支度をしているうちに彼氏が家にやってくるだろう。私の生活には本当に登場人物が少ないな、とネギを刻みながら少し切なくなった。母子家庭で、母が夜遅くまで働いていたこともあり、私は幼い頃から料理をする機会が多かった。そのため元々料理は出来るほうだったのだが、大学に入ってからは、特にやることが無かったのも手伝ってメキメキ料理の腕が上達した。彼氏が美味しいと言ってくれることも、私のモチベーションになっている。油淋鶏のソースが完成した時、ちょうど彼氏がやってきた。

「拓海、お疲れ様」

「ありがと。あ、油淋鶏だ」

 そう言って彼氏、拓海は私の腰に腕を回してきた。そうして拓海が私に「結衣は手際良いよね」とか「良いお嫁さんになりそうだね」とか言ってくれるこの時間が、私は本当に好きだ。拓海は私が料理を作っている間はいつも、隣で洗い物をしたり話しかけたりしてくれている。料理をしている間に近くにいられるのが鬱陶しいという人もいるかもしれないけれど、私は遠くで見ていられるほうが寂しくて嫌だったので、拓海が近くにいてくれるのは嬉しかった。拓海は忙しくて週に一回くらいしか会えないから、せめてこの日だけでも存分に甘えたい。本当はもっと会えたら一番嬉しいのだけれど。

「出来た~。お箸とか持って行って」

「はーい」

 拓海が箸とご飯とおかずを持って行っててくれて、私たちは向き合って夕飯を食べた。拓海が最近の出来事や映画の話、単位の話をするので、私は相槌をうちながら聞いていた。

「結衣は最近どう?」

 拓海はいつもそう尋ねてくれるけれど、私が拓海に語れることは何も無かった。私がぼちぼちかな、と笑うと拓海はそれ以上何も聞かない。食べ終わって片付けもひと段落すると、話題は北海道旅行のことになった。

「飛行機とホテルだけ先に取ればいいかな」

「そうだね、そうしようか。札幌でいい?」

「うん、札幌が良いな」

 二人で予約サイトを覗きこみながら、これが良いとかあれはダメだとか言いあった。飛行機は一番安いモノで、ホテルはちょこっと良いところ、というのが二人の共通条件だ。

「このホテルとか良くない?」

 拓海が示したのは、清潔感があって豪華すぎないけどちょっとだけ贅沢なホテル。

「朝ごはんは付いてこないけど、札幌で食べたいし良いよね」

「それすごく良いね。朝から魚とか食べたいな」

「あと、ジンギスカンとスープカレーも食べよう。あと温泉も行こ」

 拓海がいろいろ食べたい、行きたいと言ってくれるのはすごく嬉しかった。私はうんうんと頷いて拓海に同調する。

「楽しみ!」

 私が拓海にかじりつくと、拓海は笑って私の頭を撫でてくれた。

「俺も楽しみ」

 あぁ、そうだ。旅行が終わったら、風俗はやめよう。それがいい。風俗はやめて、また料理の練習をしよう。アルバイトは、違うのを探せばいいや。それで、恵にならって何か面白そうなことでも始めてみようかな。

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