変わっていくこと
私が風俗を始めようとしたのは一か月くらい前の事で、そのとき相談に乗ってくれた人がいた。中学の時の同級生である成宮カズキだ。カズキは中学の頃、私と他の何人かで構成されていたグループで仲が良く、今でも時々そのころの何人かで飲みに行ったりしていた。その時、カズキがデリヘルでボーイとして働いていることを知ったのだ。
「カズキ、ちょっと相談、というか聞きたいことがあるんだけど。今日一緒に帰らない?」
カズキと私は正直二人で仲が良いわけではなかったので、私がそう言ったときカズキは少し訝し気な顔をしたがひとまず承諾してくれた。帰り道、二人きりになってから事情を説明すると、なるほどねえと頷いて
「なんでやりたいの?」
とだけ聞いた。なんでやりたいのか、と聞かれると悩んでしまう。あえて理由をあげるとしたら、単純にお金が欲しかった。私はだいぶ金遣いが荒いところがあって、何に使ったのかもよく分からないのに月末にはいつも手元にお金がなかった。アルバイトを増やそうにも、働きたくなくて働きたくなくて仕方がなかった。切実に働きたくなかった。というか、どのアルバイトも続かなかったし、使えない子扱いをされた。飲食店で働けば皿は割るし注文は取り間違える、レジ打ちをすればお札は数え間違えるし毎回レジをバグらせる、工場のレーンの単純作業でさえもノロノロしていて怒鳴られる、とにかく私は労働が出来なかった。絵に描いたような使えない人間、社会不適合者。しかしそんな風に事細かに事情を説明するのも気が引けたので、カズキにはただお金に困っているということだけ伝えた。
「ふうん。ちなみにどのくらい稼ぎたいとか、何に使うとか決まってたりするの?」
「え、特には、決まってないけど……」
「じゃあやめといた方がいいかもね」
カズキはバッサリそう言った。私はそっか、と頷いたものの、納得していないのが顔に出ていたらしく、カズキはため息交じりに言葉を続けた。
「目標の金額とか使い道が決まってない人って、お店に入ってもすぐ辞めちゃうか、もしくはダラダラいつまでも続けちゃうパターンが多いんだよ。だからやめとけば?って言ったの。あとは、多分だけど、お前あんまりメンタル強くないでしょ」
カズキの言う通り、私はあまりメンタルが強いほうではなかった。中学の頃はなんとなく疎外感を感じてしょっちゅう学校を休んでいたし、友人たちの会話に上手く乗っていけなかった日は一人で学校のトイレに籠って泣いていた。バレないようにしていたつもりだったが、カズキにも他の人にも、もしかしたらバレバレだったのかもしれない。
「まああんまり……」
「体くらい、いくら売っても減るもんじゃないって思うかもしれないけどさ、減るんだよ。特にメンタルとかさ、いろいろとね。赤の他人がやってても別に何とも思わないけど、中学からの友達が風俗やって精神病んだりしたら、流石の俺もちとキツイわ」
カズキの言葉は妙に説得力があった。いつもヘラヘラしているカズキが珍しく真面目なトーンで話していたかもしれない。少し怖気つきはしたものの、体を売って精神がすり減るという感覚がいまいち分からないでいた。
「別にやりたいって言うなら止めないけどね。ただ、店の選び方は気をつけろよ。給与の面もだけど、客の質とか店の待遇とかね。このサイトおすすめだし、もし本当にこの仕事やるんだったら使いな」
カズキが教えてくれたサイトは風俗嬢向けの情報全般が乗ったサイトで、お店の選び方や用語の解説、性感染症のことなどが細かく書かれていた。
「ありがとう。あの、お店の候補決めたらまた相談に乗ってくれないかな?」
「……結局やるわけね。別に良いよ。電話でもメッセージでも飛ばしてくれたら」
折角やめたほうが良いと助言してくれたのに、ガン無視してしまった。私が申し訳なさで縮こまっていると、お前って変に思い切りが良いっていうか、変わってるところあるよな、とカズキは笑った。
後日カズキに店の候補をいくつか送ると、
この店は良いとかあの店はダメだとかのメッセージが届いた。至れり尽くせりである。その助言を参考にし、店を絞って面接を受け、このエンジェル学園に行きついた。この店は実際に待遇も良く、嫌なお客さんともまだ巡り合っていない。初めてお給料を受け取ったとき、居酒屋で四日働くよりもずっと多い金額が入っていて驚いてしまった。やばい。こんなの、普通に働くのが馬鹿らしくなるに決まっている。お給料をもらった次の日、どうせまたすぐ貰えるからとか頑張った自分へのご褒美とか言い訳を付けて高めのリップを一本買った。ずっと欲しかったはずなのに、何故だかあまり嬉しくなかったのが心に引っかかってしまって、まだあのリップは使えていない。私の中でデパコスのリップが、惰性で買ってしまうコンビニスイーツと同程度の価値しか持たなくなっていた。何度も出勤するうちに、日払いでもらえる高い給料が私の金銭感覚を少しずつ狂わせているのを感じ、ひどく焦った。どれだけ使っても、出勤すればすぐにまとまった額のお金がもらえる。お金を使うことへの罪悪感だとか恐怖心がどんどん薄れていた。まだ一か月しか働いていないのに、早くも私は風俗に足を突っ込んだことを後悔していたし、やめなければと思うようになっていた。
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