悲喜こもごも

青い絆創膏

ファッションヘルス

私がファッションヘルスで働き始めたことに、特に大きな理由なんてなかった。夢のために貯金をしているわけでも、奨学金を返すわけでも、はたまたホストに貢いでいるわけでもない。シンプルに、お金をたくさん稼げる、かつ私自身がわりとどんな人とでも肌を重ねられることに気が付いたからだ。三か月前、寂しさに耐えかねて出会い系アプリを始めた。高校の時から、寂しくなると度々知らない人とセックスをして、劣情を向けられるのを楽しんで寂しさを紛らわせていた。その時会った何人かのうちの一人に、保田という脂ぎったおっさんがいた。私よりも三十歳以上は年が離れていた。笑う時に鼻をすするような嫌な音がする人で、お腹はだらしなくたるんでいた。保田は「そのつもりで来たんでしょ?」とのたまって私を近くのラブホテルに連れ込んだ。一番安い部屋で、休憩三時間。うげえ、と思いながらも何故か私は抵抗することもなく保田と寝た。コーヒーと煙草が混ざった嫌な臭いが口から漂っていて、ジョリジョリの髭が顎に当たるたびに痛かった。気持ちよさげな声を出して、おっさんと舌を絡めている自分がおかしくてしょうがなかったけど、別に不快だとは思わなかった。それどころか、「私は世間一般では気持ち悪いとされるおっさんと無料でセックスしてあげている」という傲慢な優越感さえ湧いてきたのだ。

自分よりもだいぶ年齢が上のおじさんが、セックスに必死になっているみっともなさは気持ち悪いけれど面白かったし、もう少しこういうことをしてみるのも悪くないかも、と思った。だいぶ感覚がバグってる、それは分かっている。寂しい気持ちを埋めるためのセックスを繰り返していたら、おまんこと一緒に頭まで馬鹿になってしまったのだと思う。お金も欲しいし、じゃあ風俗でもやろうかしら、と思った次第だ。恐らく五、六軒ほど面接を受けたのだけれど、いくつかは落ちた。その時は、風俗で落ちるって私は一体なんなのだろう、と落ち込んだものだが、今はその中で拾ってくれたいくつかのところのうちの一つ、「ドキドキ☆エンジェル学園」でお世話になっている。

「まいさーん、フリーで三番お願いしまーす」

 この店のボーイの畑中さんの声で私は立ち上がった。まいは私の源氏名だ。この店に入って日が浅い私は、まだ宣材写真なども撮れていないため指名はあまり入らず、フリー、いわゆる指名なしのお客さんにつくことが多い。正直なところ実際のプレイよりも待ち時間の方が長いのだが、それでも普通のバイトよりずっと多く稼げている。私は軽くシャワーを浴び、髪を整えて三番の部屋に向かった。バカみたいに短いミニスカートがひらひらと揺れるのを太ももに感じる。この店は「エンジェル学園」という名前の通り学校をコンセプトにしていて、部屋のつくりや嬢の衣装まですべて学校を意識して作られていた。そしてお客さんは「先生」と呼ばれる。アホかって。私は三番の部屋をノックし、笑顔を作った。

「こんにちはっ!まいです!よろしくね」

 会えてうれしい!と言わんばかりの笑顔を作るが、客の反応は微妙だ。彼は仕事帰りなのかスーツを着ていて、ごくごく一般的なサラリーマンといった風貌である。少し汚れたメガネとやせ細った顔が、彼に貧相な印象を与えていた。

「あぁ……。よろしく」

「今日はお仕事だったの?」

 客が座っているベッドに座り、手を握った。客の男は微妙な返事をし、早くも私の胸に触れてくる。あー、会話とか全くしてくれないタイプか。こういうお客さんは少なくないので私も会話は諦めた。彼の乾燥しきった唇にキスをすると、剃り残した髭や唇のささくれの感触がした。思った通りその客はすっかりされるがままで、何をしてほしいとか何がしたいとかが一切なかった。私もあまりこういう仕事に慣れているわけではないので、何をしたらいいのか分からなくなりつつも、恐らく最もポピュラーだと思われる責め方を時間いっぱい行った。私はこういう大人しすぎるお客さんが結構苦手だ。プレイが終わると、その客は良かったとも悪かったともいわずに「じゃあ、ありがとう」とだけ言った。最後まで素っ気ない客だ。

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