お次はトロルに同行凸!

 ホビットが敵を迎え討つために前に踊り出て、俺は身を隠すために後の草むらへと飛び込んだ。振り返った先はすでに鉄火場と化していて、彼女は多方面からの攻撃を器用に飛び跳ねて躱し、敵の肢体に着実なダメージを与えていた。


 しかし、戦況は見た目ほど芳しくない。いくら腕に覚えが有るとはいっても彼女は小人だ。身丈の五倍ほどもある化物を五体同時に相手取って無事で済む訳がなかった。敵に弾かれて受け身を取り、すぐさま反撃に出る。どうにか二体目を倒し切る。


 あんなに小さいのに、なんて勇敢なんだろう。それに引き換え俺は、そんな彼女の影に隠れてまで動画を撮ろうと考えていた。他人の力にあやかる事しか思いつかない口先だけの卑怯者だ。やはり俺は、底辺配信者のまま終わりを迎えるのだろうか……


 混戦極まる中、巨人がホビットの背中に剛腕を振り下ろそうとしている姿が視界に飛び込んできた。思うよりも先に口が出た。


「チッチ後ろだ!」


 声に反応した彼女はより高く舞い上がり、回転を混じえた垂直落下でその敵を縦に両断する。残り三体。


 自分に出来る事を見つけた途端、どこからともなく自信が湧いてきた。俺はまだ、終わっていない。


 草むらから飛び出して大声をあげた。


「おーい、そこのお前、こっちだこっち!」


 一体の巨人がこちらを見たので、すかさずスマホのフラッシュを焚いた。眩しさに目をしかめた巨人の生首が地面に転がり落ちる。


「よーし偉いぞチッチ! 後でいっぱい褒めてやるからな。お前は村一番の、いや、世界一の天才剣士だ!」


 俺の声援に気を良くしたのか、彼女の技にキレが増した。両手足を失い地面でもがいていた肉塊に、さらなる一撃を加える。


 自分の言葉に他人がこれほど影響を受けるなんて思いも寄らなかった。楽しい。配信初心者だった頃を思い出す。


 あの頃は再生回数よりも、まず自分が楽しみたいという思いで動画を作っていた。徐々に視聴者が増え、登録者からの反応も返ってきた。


「そうか、視聴者は……」


 再生数低下はネタの質が悪いせいじゃない。登録者数減少は投稿頻度が落ちてるせいじゃない。多少はそれもあるが、根幹はそうじゃない。今感じているのと同じように、心の底から動画作りを楽しまなければならなかったのだ。


「動画を通して、そこを見てたのか」


 彼女に目を遣ると、残りの一体と接戦を繰り広げていた。あのホビットはきっと村人から信頼されている勇者なのだろう。魔法使いでなかったのは残念だが、倒し切るのも時間の問題だ。


「そうだ、せっかくだから最後だけでも動画に収めなきゃ……」


 と、自撮り棒に付いている録画ボタンを押した。ところが、自分の姿が画面に映し出されるのと同時に、背景が深紫色になっていることに違和感を覚える。


 ――!


 慌てて振り返った先に見えたのは、ホビットが相手をしている奴が雑魚に思えるほどの巨人だった。紫色のトロルが無言で俺を見下ろしている。


 この群の、親玉だ。


「やっとお目当ての怪物が現れたでちか」


「そういう事は最初に警告すべきでしょ!」


『こんな所で何をしている』


 巨人が重くのし掛けるような威圧的な声で、俺の背にそう問いかけてきた。踏み潰される錯覚に全身が粟立つのを覚える。助けを求めるため、目だけで彼女を追った。ところが、ホビットはこの親玉に気を取られていたらしく、肉薄していた巨人の剛脚をまともに喰らい、絶壁に苛烈に衝突して背面の岩に無数の亀裂を生じさせる。


 彼女は喀血しながら地面に倒れ、そのまま動かなくなってしまった。絶壁に突き刺さった光刃がやがて輝きを失い、元のか細い棒切れへと戻ってしまう。


「そんな……」


 絶望の二文字が全身に重くのし掛かる。

 

 ――この後、一体どうすれば。


 そこである作戦が脳裏に描かれる。


 ――そうだ、こいつは人語を話す。俺の言葉が理解できるはずだ。


 刺激しないよう恐る恐る振り返り怪物を見上げる。怖すぎる。視線だけで殺されてしまいそうな圧迫感だ。だが決して目を逸らしてはいけない。こちらの真意が嗅ぎ取られてしまったら元の木阿弥なのだ。

 震える手を抑えながら、ゆっくりと自撮り棒を巨人に差し向ける。


「あの、これ見えますか?」


 巨人は身をかがめ、目を細めてそこに映る自分の姿をまじまじと見つめた。鼻息に前髪が弾かれ、凶悪な体臭に涙が滲んできた。


「この不思議な鏡、あなたに差し上げようと――」


 その時だった。


 ――ピピピ。


 不意に、電池切れのお知らせ音が鳴った。この世の終わりを告げた音である。怪物が不快をあらわにした表情で俺を睨みつける。


『何も見えなくなった』


 気を引いて逃げだす作戦が木っ端微塵に砕かれた瞬間だった。すべてを諦め、目を閉じようとしたまさにその時、思い掛けない小さな声が背中に届けられた。


「でかしたでち」


 その言葉の意味を瞬時に理解して頭を抱えて地面に伏した。


「コズミック・ブラスト・アロー!」


 無数の何かが肉に突き刺さる音が五秒ほど続いたあと、止まった。事の終わりを確かめるため、ゆっくりと面を上げてみる。そこには、全身に立錐の余地もなく光の矢を突き立てられた岩の巨人が立ち尽くしており、やがて呻き声を上げることもなく、ズシンと背中から地面に崩れ落ちた。


 隣にいるホビットを見上げる。彼女は口の端から血を流しながら、巨人の屍を無感動に見つめていた。


「口に血が……怪我、大丈夫?」


 彼女はそこでようやく気づいたのか、服のポケットから手巾を取り出して口元を拭い、


「大丈夫でち」


「もう一体のトロルはどうなったの?」


「魔法で丸焦げにしてやったでち」


 その言葉に一気に力が抜け、仰向けになり大の字に寝転がった。


「あー死ぬかと思った……」


 安堵に浸るのも束の間、あることに気づいて跳ね起きる。

 

「そうだスマホ! 俺のスマホ……あった!」


 一目散に駆け寄ってそれを拾い上げる。が、その有様を見て愕然とした。画面の中心に大穴が穿たれていたのである。彼女の魔法の餌食になったのは、巨人だけではなかったのだ。


 動画配信を初めてから二年間。片時も手放すことはなかった俺の相棒。


「悪い事をしたでち。本当に申し訳ないでち……」


 彼女が今にも泣き出しそうな顔で俺に頭を下げてきた。先ほどまでの英姿は見る影もなく、今は見た目にぴったりと合った様相を呈している。


 彼女の頭を優しく撫でてあげた。


「チッチは全然悪くないよ」


 ――そう、ツケが回ってきただけの話だ。


 自撮り棒からスマホを取り外し、ジーンズのポケットにねじ込む。異世界に来た証拠がなくなってしまったのは残念だが、命あっての物種だ。


「じゃあ帰るよ」


 そう言うと、彼女は棒切れで目の前の空間に光を縁取りはじめた。出来上がった光の扉は記憶の扉といって、自身の記憶の中に眠る世界に繋がりを導き出す魔法だと説明してくれる。


「ありがとうチッチ」


「こちらこそ助かったでち。思いがけない幸運に恵まれて良かったでち」


「それはこっちのセリフだよ。そうだ、最後にどうやって強くなったのか教えてよ」


 彼女は少し照れながらこう言った。


「百年も生きてたら自然とこうなるでち」


 彼女は最初から天才という訳ではなかった。きっと、地道に努力を積み重ねてきた結果である、と、そう言っているのだ。


 焦らず初心に戻ってまたイチからやり直そう。俺の人生も先は長いのだから。


 別れの言葉も程々に扉を開けた。思った通り真っ暗だった。中に入り扉を閉める間際、彼女に笑顔を向けた。ちいさく手を振っていた彼女も俺を見て微笑んでくれた。初めて見るチッチの可愛らしい笑顔。異世界の思い出の品としては、悪くない代物だ。

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