手始めにこのホビットに凸る!

 彼女が、初対面にも関わらず俺の誰何すいかに答えてくれたので、自己紹介を始めた。


「ちなみに俺は人間で、」


「それは見れば分かるでち。ここで何をしているのかを訊いているのでち」


 変な低音アニメボイスに、変な語尾。


「名前は、東の龍と書いてあずまりゅうって言うんだ。チャンネル名だけど」


「ひがしのりゅうとかいて……? だからそれはどうでもいいと言ってるでち。こんな所にいたら岩の巨人トロルに食べられるでちよ?」


 このご時世に、白昼堂々と自分のことをホビットだと自称し、おまけにトロルに襲われるなんてことを言ってのけるやつなんて普通いるか? いや、いない。よく見ると、周りに植生している草花も変だ。見たこともない奇妙な形をしている。それにもしこれが夢なら、痛みなんて感じないし、視覚に映し出される映像もこれほどリアリティに富んでない。どうやら状況的に、異世界に迷い込んでしまったようだ。なぜかは俺が聞きたいくらいだが、こうなればこの状況に乗っかるべきだ。異世界動画を撮って上げれば絶対にバズること間違いなし。よし、手始めにこの少女に凸る!


「実は俺、こことは違う世界から来たんだけど、あの何て言うか……コラボお願いします!」


 彼女に擦り寄り自撮り棒の録音ボタンを押した。


「と、突然何でちか、わたちはこんなことをしている場合ではないでち」


「そんなこと言わないで、とにかくこれ見てなんか喋ってよ!」


 二人が映し出されたスマホ画面を見て彼女はいっとき不思議そうな顔をしたのだが、


「何かと思えば鏡でちか」


「いや、これはカメラと言って動画を撮るものなんだ」


「かめら? どうがをとる……? とにかくどうでもいいでちが、そんなことをして何か意味があるのでちか?」


 初めて言われた言葉に、稲妻に貫かれたような衝撃を覚える。


 動画を作る意味。その価値は、この動画を見た人が決めることだ。しかし彼女はそのことを知らない。それだけに、心に突き刺さるものがある。


「それに違う世界からやって来たとはどういう意味でちか?」


 思った以上に厳しすぎたあの世界MeTube。ひょっとして俺は、名声を手にする事に執着するあまり、道を踏み外そうとしているのではないだろうか。この心の痛みは、それを警告しているのではないだろうか。


 偶然にも俺は異世界に来た。ひょっとすると、これには深い意味があるのではないだろうか。まてよ、そもそも元の世界に戻らないとこの動画を上げることさえできない。


 自撮り棒の停止ボタンを押した。


「実は――」


 俺はすっかり意気消沈してしまい、身に置かれた状況を語り始める。ついさっきこことは違う世界に来てしまったことを簡潔に説明した。


「状況は理解したでち」


 ダメ元で聞いてみた。


「帰る方法とかないのかな」


「あるでち」


「あるの! じゃあ早速、」


「今はダメでち。これから村の者から頼まれている巨人討伐に向かわねばならぬでち」


 彼女は、か細い棒切れで地面を叩き勇しくそう言った。


「え、君ひとりで?」


「そうでち」


「村人って君と同じホビットだよね。何かの罰ゲームとか? 大丈夫なの?」


「たぶん大丈夫でち」


 どう見ても五才ほどの背丈で、栗色のちんちくりんパーマで、髪の色と同じおぼこい瞳だ。もはや少女でなく完璧な幼女である。


 そうか、ここは俺の常識から外れた世界。彼女はこんな姿をしているが、きっとその棒切れで数々の呪文を操る大魔法使いに違いない。今度こそ面白い動画が撮れるかもしれない。


「だったら同行凸……じゃなかった、俺も手伝うよ!」


「足手まといになるから結構でち」


 化物トロルを圧倒する魔法戦を想像した。SF映画なんて目じゃないほどのリアリティに思わず笑みが浮かんでくる。


 待ち望んでいた展開がついにやってきた。これで一気に有名ミーチューバーの仲間入りだ。絶対にこのチャンスを逃してなるものか。


「た、タダで帰してもらうのもあれだし、邪魔だったら隠れてるから、ね、お願い!」


「うひゃ、わ、分かったからちょっと離れるでち!」


 俺のしつこい説得により、なんとか彼女は同行を認めてくれた。そして森を歩くこと三十分が経過した頃、断崖絶壁を背にした開けた場所へとたどり着いた。その絶壁には、欠伸をしたような大穴が開いている。おそらくあれが、巨人がねぐらにしている洞穴だろう。俺たちの気配を感じ取ったのか、そこから一体、また一体と、毛皮で大事な部分を隠した、俺の背丈の二倍ほどはある怪物が姿を現す。


 隣の幼女を見下ろして確認した。


「一匹じゃなかったの?」


「そんなことは一言たりとも言ってないでち」


 現れたのは全部で六体だった。武器は所持していないようだが、深緑色の丸太のような手足がすでに武器の役割を果たしている。辺りに充満していく殺伐とした空気に胸が息苦しさを訴えてくる。冷たい汗が背骨を伝って流れ落ちた。


 こんなの動画どころじゃない。殺される。


 足がゆっくりと後退をはじめようとしたそのとき、か細い棒切れを真横にして、両手で持ち構えていた彼女がこう言ってきた。


「わたちの後ろに隠れるでち」


 そして片方の手で、鞘を抜き取るかのような仕草を始めた途端、凄まじい放電現象が撒き起こり、単なる棒切れが、青白い光を帯びた刺突武器レイピアへと変化する。


 その光景を見た一体のトロルが、危険を察して地響き上げながら彼女に襲いかかってきた。しかし次の瞬間、ブウンと重たい電子音が耳を伝い、巨人の胴体が上下に分断されるのを目の当たりにする事となる。


 この瞬間的に終わった一戦を皮切りに、残りの巨人たちが怒りの雄叫びを上げながらホビットに突撃を開始した。彼女が光の刃を後ろに引いて低く身構える。生死を賭けた戦いの幕が切って落とされる。

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