最終話 ずっと一緒に
海から離れると、海沿いの道に出た。
湊斗は辺りを見渡した。良く見慣れた景色だ。湊斗はほっとした。海は広いから、地上のどこに出るのかは分からないと思っていた。しかし、幸いにも湊斗たちは、湊斗の生まれ故郷の街に流れ着いたようだ。
「よかった。俺たち、俺の生まれ故郷の街に流れ着いたみたいだ」
「本当か? それは良かった」
ヴェルナーも安堵した様子だ。
「俺の家に行こう」
「ああ」
二人は歩道を歩いて行った。しばらくすると、後ろから自転車がやってきて湊斗たちの横を通り抜けて行った。しかし、その自転車が湊斗たちの前で、急ブレーキで停まった。自転車に乗っていた人がこちらを振り返った。その人と目が合って、湊斗は言葉を失った。
「大地……?」
「湊斗……?」
自転車に乗っていたのは、大地だった。
「大地……!」
「湊斗!」
大地は自転車を降りて湊斗の方に近付いて来た。大地が湊斗の顔をしげしげと見つめた。
「ほんとに湊斗?」
「そうだよ。大地、無事だったんだね」
「それはこっちの台詞だよ!」
大地が湊斗に勢いよく抱きついた。そして、
「生きてたんだな。本当に良かった」と言った。
アクスラントと地上が同じ時間の進み方なら、湊斗が海で遭難してから十か月が過ぎているはずだ。家族を含め、この街の誰もが、湊斗は死んだと思っているだろう。
大地が湊斗の全身を見回した。
「今までどこにいたんだ? この格好は何だよ?」
湊斗はアクスラントの服のままだった。しかも全身ずぶ濡れだ。これから、大地を始め家族に何と説明しようと湊斗は考えあぐねた。アクスラントの事は話さない方がいい。万が一にもフロレンツやアクスラントの人たちに迷惑が掛かってはいけない。
「後でゆっくり話すよ。とにかく、早く家に帰らないと」
「そうだな」
大地がヴェルナーの方に目を向け、
「誰?」と尋ねてきた。
「ヴェルナー・ローレンツだよ」
湊斗は詳しい説明をせずに、普通に大地にヴェルナーを紹介した。そして、ヴェルナーに向かって、
「こっちは坂戸大地。俺の幼馴染なんだ」と紹介した。
「外国の人?」
大地が不思議そうにヴェルナーを見つめた。
「そうだよ。ほら、早く行こう」
湊斗は大地を促して歩き出した。
「だけど、湊斗の家族びっくりするだろうな。奇跡だよ。きっとすごく喜ぶよ」
「そうだよな」
湊斗は大地と話しながら、横目でヴェルナーを見た。表情には出さないからヴェルナーの感情は分かりにくいが、不機嫌なのは間違いない。
《大地を警戒してるのか、それか嫉妬してるのかもしれないな……》
湊斗は大地から、ボートが転覆してからの話を聞いた。海に放り出された大地は、幸い近くを通りがかった漁船に助けられたそうだ。しかし、湊斗はどこにも見当たらず、その後数か月に渡って自衛隊が捜索した。湊斗の家族と大地の家族は、毎日海辺を探し回った。月日が経つにつれ、湊斗の生存はもちろん、遺体の発見すら、誰もが諦め始めたという事だった。家族の心痛を思うと、湊斗の胸は痛んだ。
実家に帰ると、家族はまず、亡霊を見たような驚きを見せ、そして、それがすぐに喜びに変わり、湊斗に抱きついて泣き出した。その家族の様子に、帰って来て本当に良かったと湊斗は心の底から思った。
湊斗は家族に、自分はどこか知らない国に流れ着いて、そこで暮らしていたと説明した。ヴェルナーはそこで自分を助けてくれた恩人だという事にした。そして、ヴェルナーと二人で再び遭難し、偶然ここに辿り着いたと説明した。
湊斗は、ヴェルナーは恩人だから家に置いて欲しいと家族に頼み込んだ。はじめ、家族は驚いたが、無事に戻って来た湊斗の頼みという事もあり、快諾してくれた。
そうして、ヴェルナーは湊斗の家で一緒に暮らす事となった。
そして、それから数か月が過ぎた。
湊斗は高校に復学する事になった。少しずつ以前と変わらない日常が戻り始めている。
湊斗が学校から帰り、部屋に入ると、座ってパソコンに向かっていたヴェルナーが立ち上がり、湊斗に抱きついてきた。
「おかえり。湊斗」
「ただいま」
ヴェルナーはこの数か月で、怖いぐらいのスピードで地上の知識を吸収していた。アクスラントにいる時は実感が湧かなかったが、天才だというのは本当だったのだと湊斗は思った。そして、もう一つ、分かった事がある。
ヴェルナーが湊斗にキスをしてきた。
「ちょっと、ヴェルナー」
「今誰もいないだろう?」
「でも、すぐ帰ってくるから……」
ヴェルナーはその容姿からは想像もつかないが、かなりの肉食系だという事だ。
この家に帰って来た日、湊斗はヴェルナーに襲われた。湊斗はヴェルナーに組み敷かれたが、必死でヴェルナーを止めた。家の中でそんな事をするのはまずすぎる。万が一家族に知られてしまったら、一大事だ。
「家ではだめだよ! 家族がいるだろ!」
「私はずっと我慢してきたんだ。もう限界だ」
「我慢、してたの?」
「ああ。私は我慢していた。それなのに……。王太子に手を出されて、私がどんな気持ちだったか。だから、もういいだろう?」
それを聞いた湊斗は、ヴェルナーが誤解をしているような気がした。
「一応言っておくけど、俺とフロレンツは、そういう事はしてないよ?」
それを聞いたヴェルナーが目を丸めた。
「同じ部屋で寝ていたのに、王太子はミナトに手を出して来なかったのか?」
「うん」
湊斗は内心、《キスはしたけど》と思ったが、そんな事を知られたらややこしい事になりそうなので、一生黙っていようと心に決めた。
ヴェルナーがため息をついた。
「信じられないな。意思が強いというべきか、意気地がないというべきか。私ならとても耐えられない」
「フロレンツは優しいから」
「私は違うとでも言いたげだな」
「そういうわけじゃないけど。俺だってもちろん、ヴェルナーといちゃいちゃしたいよ。だけど、狭い家だし、仕方ないだろ? 俺とヴェルナーがそういう関係だなんて知られたら、ここにいられなくなっちゃうよ」
ヴェルナーが再びため息をついた。
「仕方ないな。それでは、バレない程度にするか」
「え? ちょっと、待って……」
それからというもの、湊斗とヴェルナーは家族の目を盗むように、スキンシップをするようになった。
湊斗はそんな事を思い出して、思わずふふっと笑った。
ヴェルナーが不思議そうに、
「なんだ?」と尋ねた。
「幸せだなって思ってさ。今度二人で旅行でもしようか」
湊斗の言葉に、ヴェルナーが目を輝かせた。
「本当か?」
「うん。二人きりになりたいから」
「湊斗」
ヴェルナーが湊斗を再び抱きしめてきたので、湊斗もヴェルナーを抱きしめ返した。
その時、玄関が開く音がし、二人は慌てて離れた。それから顔を見合わせて笑った。
ヴェルナーと過ごす日々の些細な事すべてが楽しかった。アクスラントから来たヴェルナーと生きるには、これから困難も伴うだろう。しかし、それらをすべて乗り越えてやると思えるほど、湊斗の心は幸せに満たされていた。
海底の王国 色葉ひたち @h-iroha
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