第20話 真実と決意

 フロレンツとヴェルナーは黙って対峙した。フロレンツには全く隙が無い。彼から逃げる事は難しいだろう。

 湊斗はヴェルナーの前へ出た。フロレンツを説得するしかないと思ったからだ。

「ミナト!」

 ヴェルナーが湊斗を制したが、湊斗は、

「俺に話をさせて」と言った。

 湊斗はフロレンツの前へ出た。

「フロレンツ、どうか頼むから、俺たちを行かせてくれないか? 俺は今まで、外海に帰れる方法がある事を知らなかった。ここは外海につながる場所なんだろ?」

 湊斗の言葉に、フロレンツが動揺を見せ、剣先が少し下がった。

「ミナト……。言わなかったのはごめん。だけど、アクスラントと外海がつながる時間がある事は国家機密なんだ。それに、つながるという事が分かっているだけで、人が安全に出られるのかどうかは分からない。ミナトを危ない目には遭わせたくなかったし、期待をさせて、がっかりさせたくなかったんだよ」

 やはりここは、外海につながる場所で間違いないのだと湊斗は思った。フロレンツはヴェルナーが湊斗を連れて外海に出るつもりだと察したから、先回りしてここで二人を待ち伏せていたのだ。

 大変な状況だというのに、湊斗はうれしくて仕方がなかった。これまでずっと心を覆っていた暗雲が一気に晴れたような気分だ。

 ここが外海とつながる場所だという事は、ヴェルナーが言っていた事はすべて真実だという事だ。ヴェルナーは本気で湊斗と共に外海へ行こうとしている。それはつまり、ヴェルナーが本気で湊斗を想ってくれているという事だ。

 だとしたら、なんとしてでも、ヴェルナーと二人でアクスラントを脱出しなければならない。

「そうだよね。フロレンツならそういう理由で言わなかったんだって思うよ。でも、フロレンツ。俺、やっぱり帰りたいんだ」

「…………!」

「俺のふるさとは外海だから、帰れる可能性があるなら、帰りたい」

 フロレンツが悲しそうな顔をした。

「僕はミナトを危険な目に遭わせたくないよ。もし外に出る事に失敗して溺れたら……」

「危険なのは分かってる。だけど、それでもやっぱり帰りたいんだ」

「どうしても帰りたい?」

「うん。帰りたい」

 フロレンツが落胆した様子で目を伏せた。

「ミナトは、僕に二度と会えなくなっても平気なんだね」

「ごめん。寂しいよ。だけど、それでも、自分のふるさとに帰りたいんだ」

「いいよ。ミナトがそんなに帰りたいなら、行かせてあげる」

 フロレンツの言葉に、後ろに控えていたカールが慌てた様子で、

「殿下! それは……」と言ったが、フロレンツが手を上げてカールを制した。

 フロレンツがヴェルナーの方に目をやった。

「だけど、出るのはミナトだけだ。ヴェルナーは行かせない」

 湊斗は驚いて、「何だって?」と言った。

「ヴェルナーは罪人だ。逃がすわけにはいかない」

 湊斗は青ざめた。ヴェルナーを置いて行く事は絶対にできない。先ほどの罪状から想像するに、ヴェルナーは重い罰を受ける事になるだろう。ひょっとしたら、命も危ぶまれるかもしれない。

 湊斗はフロレンツに訴えかけた。

「どうかお願いだ。ヴェルナーも一緒に行かせてくれ。ヴェルナーがした事は全部俺のためなんだ。ヴェルナーは本気で王族に危害を加えようとしたわけじゃない。頼むから」

 フロレンツが衝撃を受けた様子で茫然とした。

「そんなにヴェルナーと一緒に行きたいのか?」

「うん。俺はヴェルナーと一緒に行きたい」

「ヴェルナーの事がそんなに好きなのか?」

「好きだよ。俺はヴェルナーの事が好きだ」

 湊斗は堂々と言い切った。すると、フロレンツが剣を落とした。

「殿下!」

 カールがその剣を拾い上げ、フロレンツに呼びかけた。

「しっかりなさって下さい! 二人を逃がすわけにはいきません! 殿下には外海の書が必要です! 手放してはなりません! それに、ローレンツ議政官は絶対に処罰しなければなりません!」

 その時、不意にヴェルナーが湊斗の胴をつかみ、水路に身を投げた。

「ミナト、私から離れるな!」

 ヴェルナーはそう言って、湊斗の手をつかむと、水中へ潜った。

 茫然としゃがみこみ、こちらを見つめるフロレンツの姿が視界の端に見える。

 フロレンツが、

「絶対に生き延びてくれよ」と言うのが微かに聞こえた。水中に潜ると、その声は届かなくなり、その姿も見えなくなった。

 水路の下の方へ潜って行くと、自然に体が水の流れに吸い寄せられた。とても強い力だ。まるで、プールの栓を急に抜かれたような感覚だった。

 湊斗は必死でヴェルナーの手を離すまいとしたが、あまりの水流の強さに、ヴェルナーから引き離されてしまった。

 しかも、息が続かず、胸が苦しくなっていく。

《まずい……》

 湊斗は水を吸い込んでしまい、気管に激痛が走った。

 そして、意識が遠のいていった。

 それから、どれぐらい時間が経ったのかは分からない。

「……ミナト、ミナト」

 呼びかけられて、湊斗は目を開けた。

 ぼんやりしていた頭が少しずつはっきりしていく。

 目の前にヴェルナーがいて湊斗の顔を覗き込んでいた。ヴェルナーの背後に夜空と満月が見える。

「ヴェル……」

 湊斗は言葉を発しようとして、激しくむせ、気管から水を吐いた。

「大丈夫か?」

 ヴェルナーが湊斗の背中をさすった。

 湊斗は周りを見渡した。二人は岩場の波打ち際にいた。

 湊斗は体を起こした。

「ここは……」

 湊斗は辺りを見渡した。その景色はアクスラントとは明らかに違う。上には空があり、目の前に海がある。ここは明らかに外海、湊斗が元いた世界だ。

「帰ってきたんだ……」と、湊斗はつぶやいた。

「ここが外海か?」

「うん。そうだよ」

「無事、着いたんだな」

 二人とも生きている。それがうれしくて、湊斗はヴェルナーに抱きついた。

「良かった。本当に、良かった」

「ああ。良かった……」

「二人とも生きてる……」

「ああ」

 湊斗はヴェルナーを見つめた。ヴェルナーも愛おしそうな目で湊斗を見つめ返す。濡れた肌も髪も唇も、月明かりに照らされたヴェルナーは吸い寄せられそうに美しかった。

 湊斗はヴェルナーに顔を近づけ、そっと唇を重ねた。触れ合っている部分から伝わるぬくもりが、湊斗の心を温かくする。

 湊斗はヴェルナーから離れると、

「ここがどこか分からないけど、とにかく行ってみよう」と言った。

 湊斗はヴェルナーの手を取って歩き出した。

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