第6話 お茶会
街で襲われてからというもの、湊斗は王宮の外に出たいとは思わなくなってしまった。
そうして、王宮で変化のない毎日を過ごす日々が過ぎていった。
そんなある日、部屋にやって来たフロレンツが湊斗に切り出した。
「今度、お茶会を開こうと思うんだけど」
「お茶会?」
「うん。実は、妹がミナトに会ってみたいって言ってるんだ。それで、それなら三人でお茶でもって話になって」
「俺は別に構わないよ」
「ありがとう。それじゃ、さっそく計画するよ。妹はフローラって言って、ミナトと同じ歳なんだ」
「同い年か。どんな人?」
湊斗はそう言いつつ、フローラという名前を前に聞いたような気がしたが、どこで聞いたのかは思い出せなかった。
「僕とは性格が正反対で、全然似ていないかな」
「そうなんだ」
「外海人は珍しいから、色々訊かれるかもしれない」
「それは構わないよ」
「それじゃ、よろしく頼むね」
こうして、フロレンツの妹フローラと顔合わせをするためのお茶会が開かれる事となった。
当日、居殿の一階の一室にテーブルと椅子が置かれ、テーブルの上に茶器と菓子が用意された。最近になって知ったのだが、アクスラントでは砂糖がかなり貴重らしく、お菓子が食べられるのは王族や貴族だけらしい。アクスラントの菓子は砂糖を固めた干菓子のようなものや、飴のようなもので、ケーキのような菓子は作れないようだった。
湊斗とフロレンツは椅子に座った。フローラはまだ来ていない。湊斗の右手にフロレンツ、湊斗の左手にフローラが座るようだ。フロレンツとフローラが湊斗を挟んで向かい合う形だ。
少しして、部屋に裾の長い濃紺色のドレスを見にまとった少女が入って来た。髪の色と目の色はフロレンツとほとんど同じ色で、淡い金色だ。長い髪を後ろに垂らし、両サイドの髪を後ろに束ねてドレスと同じ色のリボンで留めている。顔立ちは、フロレンツに似ているところもあるが、目力があり、フロレンツよりも意思が強そうな印象を受けた。
少女が湊斗の方に近いてきたので、湊斗は立ち上がった。
少女が一礼し、
「はじめまして。この国の王女で、王太子殿下の妹のフローラです」と挨拶をした。
湊斗も頭を下げた。
「はじめまして。氷川湊斗です」
フローラが席についたので、湊斗も座った。
フローラが湊斗の方を見て言った。
「あなたの噂を聞いて、ずっと会いたかったの。やっと会えてうれしいわ。どんな顔をしているのかなと思っていたけど、すごくきれいな顔で驚いた。ヴェルナーも負けるかもしれないわね。ね? お兄様」
フローラがフロレンツに呼び掛けると、フロレンツが頷いた。
「そうだな」
控えていた使用人の男性が、3人のカップにお茶を注ぎ、元いた壁際の位置に戻った。
フローラが興味津々といった様子で湊斗を見た。
「ミナトは私と同じ歳なんでしょう?」
「うん。十六だよ」
「誕生日は?」
「十二月二十七日だよ」
「そう。私は二月二十一日だから、私と二か月違いね。外海ではどんな生活をしていたの?」
「俺は学生だったから、学校に通ってたよ」
「学生だったの。家族は?」
「父と母と弟が一人いるよ」
「ミナトは長男なのね。家族に会えなくて寂しいでしょう。外海に戻りたいわよね?」
「それは、戻れるなら……」
フロレンツが、湊斗に、
「家族は仲良かった?」と尋ねた。
「うん。まあ、良かったかな」
「ミナトが長男なのは何となく分かる気がするよ」
「そうかな?」
「うん」
フローラが湊斗に、
「恋人はいなかったの?」と尋ねてきた。
「いなかったよ」
「いたら、何がなんでも戻りたいと思ったでしょうね」
湊斗は、そういうものだろうかと思った。湊斗はこれまで、誰とも付き合った事がないから、いまいち実感が湧かない。湊斗は、フロレンツとフローラに目をやった。
「二人はどうなの?」
フロレンツとフローラが互いを見やった。気のせいか、少し微妙な空気が流れた。
「僕には恋人はいないよ。婚約者もいない。フローラには婚約者がいるけど」
湊斗は、驚いてフローラを見た。恋人どころか婚約者がいるとは、さすが王族だ。
「そうなの?」
湊斗が尋ねると、フローラが頷いた。
「ええ。宰相の息子のヴェルナーと婚約しているわ」
先ほど名前が出てきた人物だ。
フロレンツが、
「ヴェルナーは、アクスラントで一番と言っていいぐらいの美形で、とても賢い人で、非の打ち所がない人なんだよ。同じ歳だけど、僕は足元にも及ばないよ」と説明した。
「そんなすごい人なんだ。婚約者って、子供の頃から決められてたの?」
「正式に決まったのは三年前よ。それ以前から話は出ていたけど」
そういう風に決められた婚約者というのはどうなのだろうと湊斗は思った。恋愛感情は、やはりないのだろうか。しかし、それは訊いてはいけない事のような気がした。
「俺と同じ歳なのに、婚約者がいるなんてすごいね」
「外海ではあまりない事?」
「うん。ほとんどないと思うよ」
ふと、フローラが湊斗の右手に視線を向けた。どうやら、湊斗の手首の腕輪に気付いたようだ。
「ミナトがしている腕輪は、誰かからの贈り物?」
「うん。フロレンツからもらったんだ」
湊斗は普通に答えたが、フローラが驚いた様子で、
「お兄様から?」と声を上げた。
なぜかフロレンツは気まずそうな表情だ。
フローラは意味深な笑みを浮かべた。
「外海では、腕輪を贈る風習はないの?」
湊斗は不思議に思った。という事は、アクスラントでは何か風習があるという事なのだろうか。
「ないよ」
「そう。アクスラントでは、想いを寄せる相手に腕輪を贈る風習があるのよ。交際を申し込む時や求婚する時に腕輪を贈るわ。だから、異性に贈るのが通常だけど。お兄様、ミナトの事がよっぽど好きなのね」
フロレンツが顔を赤らめた。
「ミナトに何か贈りたかったけど、適当な物が思い付かなくて、それで贈ったんだよ」
「ミナトがこれをしていたら、そういう相手がいるんだってみんな思うでしょうね。他の人は寄って来られないわ」
まさか、腕輪を贈る事にそんな意味があるとは思ってもみなかった。湊斗は腕輪を見つめた。フロレンツは同性だからそういう意味ではないのだろうが、湊斗に好意を持ってくれているというのは間違いないだろう。
フロレンツが真顔で、
「それには、ミナトを守りたいっていう思いが込められている」と言った。
フローラがほほ笑んだ。
「お兄様に守られているなら、ミナトは絶対に安全ね。ミナト、お兄様はとても強いのよ。剣術でお兄様に敵う人は誰もいないわ」
「そうなんだ」
街で襲われた時にその片鱗は見たが、普段穏やかで柔和なフロレンツだから、意外だった。
フローラがフロレンツに向かって、
「ところで、外海の書の方は進んでいるんですか?」と尋ねた。
フロレンツは、「順調だ」と頷いた。
「楽しみだわ。外海の情報が手に入るのは百年ぶりですものね」
「僕が責任を持ってまとめるよ。国の宝になる書だから。フローラにも協力して欲しい」
「もちろんです、お兄様。私にできる事ならなんなりとおっしゃって下さい。なんなら、私が一緒にまとめる作業をお手伝いしてもいいですわ」
「それもいいかもしれないね」
二人は穏やかに話しているのだが、なぜか湊斗は、この場の空気が張り詰めているように感じた。二人は笑みを浮かべているが、どちらも作り笑いに見える。
それから、三人は、しばらくの間雑談して解散した。
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