第4話 王宮での暮らし

 こうして、湊斗は王宮に住む事になった。

 与えられた部屋はかなり快適で、寝具や服の準備もすべて使用人がしてくれる。食事も部屋まで運んでくれて、至れり尽くせりだった。

 翌日から、早速湊斗の部屋に学者たちがやってきて湊斗へのヒアリングが始まった。

 初日だから、基本的な事を訊かれたのだが、一つ一つ細かく訊かれ、これはかなり時間が掛かりそうだと湊斗は思った。

 間に休憩を挟みつつ、その日は夕方まで学者たちが部屋にいた。流石に疲れた湊斗は、ソファーに寝そべった。

 しばらくして、部屋のドアがノックされた。

 湊斗は起き上がって、「はい」と答えた。

「フロレンツだ」

「どうぞ。入って」

 ドアが開き、フロレンツが入って来た。フロレンツは、テーブルを挟み、湊斗の正面に置かれた椅子に座った。

「大丈夫? 疲れてない?」

「正直、ちょっと疲れたかな」

「そうだよな。ついさっきまで聞き取りしてたって聞いたから。明日からはもう少し短い時間で切り上げるように言っておくよ。初日だから、訊きたい事がたくさんあったんだとは思うけど。こんなに長い時間拘束されたら、疲れるだろう?」

「ありがとう」

「僕がもっと様子を見に来られればいいんだけど、なかな来られなくて。ごめん」

「いいよ。大丈夫だよ」

「何か欲しい物とか、不便な事はない?」

「今のところ大丈夫かな」

「何かあったら遠慮なく言って」

「うん。ありがとう」

「今日はどんな事訊かれた?」

「色々訊かれたけど、人口とか面積とか、訊かれてもちゃんと答えられなかったよ。あと、政治をどういう風に行っているのかとか、王様はいるのかとか。政治の話だけでも半日ぐらいしてた気がするよ。この分だと、一生話しても話しきれないかもしれないな」

 湊斗が言うと、フロレンツが笑った。

「一生は困るな。だけど、かなり長い期間協力してもらう事にはなると思う」

「本にするんだろ?」

「うん。外海人が来ると、必ず外海人から聞いた事を書物にまとめるんだ。その書は『外界の書』って呼ばれて、外海の事を知る貴重な資料として大事に保管される。ミナトの前に二人外海人が来た事があるから、外海の書はこれまでに第一と第二が作られてる。ミナトから聞いた内容は外海の書第三としてまとめて、記録されるよ」

「カールが言ってた。外海の書を作るとすごい功績になるって」

「そうか。聞いたんだ」

「うん」

「何しろ、外海人は滅多に来ないからね。アクスラントの人たちはみんな外海の事を知りたいんだ。だから、外海人も、外海の書もすごく貴重で、みんなが欲しがるんだよ」

「そうか。ただ世話になるのは申し訳ないと思ってたから、役に立てそうで良かったよ」

「ミナトは何も気にする事はないよ。堂々としていて大丈夫なんだ。何でも、ミナトが望む物は僕が用意してあげるよ」

 湊斗は、フロレンツの心遣いをありがたいと思った。

 翌日は、フロレンツが命令してくれたおかげか、初日より学者たちの聴取は早めに切り上げられた。

 早く切り上げられたら切り上げられたで、湊斗は時間を持て余した。湊斗は部屋の外に出てみたいと思ったが、王宮の事を何も知らないし、出て良いのかどうかも分からない。

《退屈だな……》

 湊斗は立ち上がり、ドアを少し開けて外の様子を伺った。左右に廊下が延びており、誰もいない。出てみようかと思ったが、道に迷って戻って来られなくなるような気がした。湊斗はドアを閉め、ソファーに座り直した。

 しばらくして、部屋にフロレンツがやってきた。

 湊斗は、待ってましたとばかりに立ち上がった。

「フロレンツ! 待ってたよ」

 すると、フロレンツがうれしそうな表情を浮かべた。

「そんなに僕に会いたかった?」

「一人でずっと部屋にいて、退屈で仕方がなかったんだ。時間がある時は少し外に出たいんだけど、いい?」

「もちろん、いいよ。ただ、ミナトは目立つから、すぐに外海人だって分かってしまう。もしかしたら、ジロジロ見られたり、話し掛けられたりするかもしれない」

「話し掛けられても、あまり外海の事は話さない方がいいんだろ?」

 フロレンツが少し驚いたような表情を浮かべた。

「カールがそう言ってた?」

「うん」

「僕は別に構わないと思うけど。外海の事を知りたいのはみんな一緒だし、僕が独り占めしていい情報じゃないと思うんだ。ただ、色々な人に質問攻めにされたら、ミナトが大変になっちゃうから、それはまずいと思うけど」

 やはり、フロレンツはいい人だなと湊斗は思った。

「俺、まだどこに何があるのか全然分からなくて。この部屋の位置関係すら分からないから」

「確かにそうだね。それじゃ、僕が案内するよ」

「ありがとう」

「行こう」

 二人は連れ立って部屋を出た。廊下に立つと、フロレンツが説明を始めた。

「この建物は居殿で、王宮の中心にある建物だよ。王族が暮らす建物なんだ。ここは二階の西側、そちらは階段があるけど、あちら側は、あの突き当りを右に曲がるとドアがあって、常に警備が付いている。その先は居殿の北側で、王様の部屋があるんだ。東側も西側と同じ造りになっていて、そちらには僕や妹の部屋がある」

 居殿と呼ばれるこの建物はコの字型になっていて、中央が王様の部屋がある部分、それを挟むように、湊斗の部屋がある西側とフロレンツの部屋がある東側の部分がつながっているらしい。コの字が南に向かって口を開けている形だ。

 フロレンツが、

「下に下りてみよう」と、湊斗を誘導して歩き出し、階段を下りた。

「一階は昨日の玉座の間以外に、大広間や食堂、客間があるよ」

 フロレンツは、一階の部屋を一つ一つ湊斗に見せて説明してくれた。

 それから二人は居殿を出た。ドアに近付くと、ドアの両脇に控えていた護衛たちがドアを開けてくれる。

「居殿のすべての出入口には護衛が付いているんだ」

 外に出ると、フロレンツが目の前の大きな建物を指差した。

「あれが議事堂。議会はあそこで開かれる。アクスラントには議政庁、神祇庁、行政庁、会計庁、軍務庁、刑法庁っていう六つの庁があって、居殿を囲むようにそれぞれの庁の建物が建っているんだ」

「へえ。やっぱりすごい広いよな」

 湊斗は辺りを見渡した。居殿だけでもかなりの大きさのため、今湊斗がいる位置からは議事堂以外の建物は見えない。

 フロレンツが湊斗に、「あの……」と、少し申し訳なさそうに切り出した。

「僕はこれから予定が入ってて、今日は他の建物を案内できないんだ。後で王宮の簡単な図をあげるよ。また後で時間がある時に案内するから」

「ありがとう。図がもらえるなら、それを見ながら後で少しブラブラしてみるよ」

「ごめん。本当は全部案内してあげたいんだけど……」

 フロレンツが議事堂の方に目をやった。議事堂の方からカールがこちらに早足に向かってきた。

「殿下。もう会議が始まります。急いで下さい」

 本当にギリギリの時間だったようだ。

 フロレンツが湊斗に、

「ごめん。もう行かないと。また後で」と言って、カールと共に議事堂の方へ去って行った。

 残された湊斗は、せっかくだから少し周りを見てから戻ろうと思った。

 湊斗が今いる場所は、居殿のコの字の真ん中だ。地面はすべて石畳で、この場所には水路は通っていない。

 湊斗は左手の方に歩いて行き、コの字の外に出た。居殿の東側の先に出た形だ。視界が開け、居殿以外の建物が見えた。フロレンツが言っていた通り、建物がいくつか見える。どの建物も美しいが、少し殺風景な気がするのは、植物がないせいだと湊斗は思った。

 敷地内には水路があちこちに通っているので、ところどころに橋が掛けられている。

 役人なのか、あちこちに人がいた。中には、湊斗に気付き、こちらをじっと見つめる人もいる。

 湊斗は居殿の周りを一周してから部屋に戻った。

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