第2話 待ち続ける彼女
しとしとと、今日も雨が降っている。
昨今、異常気象どうのと言われているが、今週は梅雨らしく、ほぼ毎日雨の日が続いている。いっそのこと1日に土砂降りでもいいからありったけの量の雨が降ってくれたらいいのに、あいにくとずっと小雨が地味に続いている。本格的な夏も近づく中、これだけ湿度が高いと汗ばんだ肌や顔に張りつく髪は不快に感じる。今年は、坊主頭にしてみてもいいかもしれない。なんてことを考えながら、
お客は、1人。髪が長く、淡いピンクのカーディガンとフレアタイプのデニムスカートの女性。30代のようだが、少し丸めの眼鏡をかけているため、少し若くも見える。
ここ最近、必ず金曜の夜8時になると来店されている。
窓際の外の歩道が見える席に座って、ブレンド1杯を1時間ほどかけて飲む。
そして、ため息をついてからお会計。来た時よりも少し気落ちした様子で店を出る。
ここ2か月ほど、ずっと同じパターンの女性。きっと誰かと待ち合わせしているのだろう。派手なわけではないが、整った顔立ちにシンプルなメイク、ちなみに近くに寄るとフローラル系の香りがして、正直相手がいないのなら自分が付き合いたいくらいだ。こんな人と毎週約束しておきながらドタキャンするような男がいるのかと思うと非リアな自分からすれば腸が煮えくり返る思いだ。まぁ、そんなことはおくびにも出さず、今日も会計をして、彼女を見送る。
カラン、、、、、、。カツカツカツ、、、。
今日も彼女は誰とも合流せずに帰っていった。
翌週の金曜日、変わらず彼女は夜の8時ピッタリに来店し、同じ窓際の席につき、外の歩道を見下ろしながらブレンドに口をつけている。
毎週毎週、来もしない相手を待つなんて、とんだ時間の無駄だと思うが、彼女は今週も来ている。一体、どんな約束の仕方をどんな相手としているのだろうか?てっきり、彼氏とでも待ち合わせしているものと思っていたが、ちがうのだろうか?歩道を見下ろしているから、誰かと待ち合わせしていると思っていたのだが、自分の勘違いなのだろうか?
そんなことを考えていると、今日も9時となり、彼女は会計を済ませて帰っていった。
「あの人、いつも決まった時間に決まった席に座りますけど、待ち合わせですかね?」
お客もいなくなったので、枝垂はカウンターの奥に座っているマスターに雑談のつもりで話しかけた。
「そうか、君は知らなかったね。彼女、毎年桜の時期からお盆くらいまでの間、かならず来るんだよ。もう10年くらい続いてるかなぁ。」マスターは、読みかけの小説にお気に入りのリンドウの栞を挟んでから顔を上げて、答えてくれた。
「あ、そうだったんですか。あぁ、僕が昨年の9月から働き始めたから、僕とは入れ違いみたいなものですね。え、10年もですか。ちなみに、彼女が待っている間に誰か来たんですか?」まさか10年も続いているなんて。
「いやぁ、いつも一人だよ。待ち人来ずって感じで、君も知っている通り、いつも9時には帰っていくね。」
「マスターは、彼女の事情を知っているんですか?会話したことは?」
「私も最初のころは気になったんだよ。ほら、彼女割ときれいでしょ?ぼろぼろ涙を流していることもあったから、何か困っているんじゃないかと心配で話しかけようとしたこともあるんだよ?でも、私が話しかけようとすると、決まって彼女は、鋭い目つきで私を睨みつけてくるんだ。ついつい私も立ち入るべきではないと思って、今まで事情を知るような機会には恵まれなかったね。何か話かけるべきなのかとは、思うんだけどね、、、。まぁ、他人の事情に踏み込むことが必ずしも正しいとは限らないからね。」
そう言いながら、マスターは彼女が座っていた席を眺めた。
マスターの言うことは最もだと思いつつ、枝垂は彼女のことを気にせずにはいられなかった。ついつい彼女が来ている時は、彼女の姿を視界の端に入れるようにしてしまっている。
「来週も来るんでしょうね。」
「そうだね。おそらく今年も、お盆までは来るんじゃないかな。」
マスターの予想通り、彼女は毎週金曜に欠かさず店に姿をあらわした。
7月中、枝垂は何度か会計の際に話せないかと試みたが、枝垂が会計の金額や釣り銭のこと以外で口を開こうとすると、すでに彼女は店のドアをくぐってしまっていた。それならばと、会計の前に話をしようとすれば、彼女は代金ピッタリの小銭をレジ前に置いて、さっと帰っていってしまう。
マスターの言っていたような睨まれるようなことはなかったが、明らかにこちらとのコミュニケーションを嫌がっているようだった。
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