第2話 炎城寺 飛鳥
「‥‥‥‥ああ、まだ終わんね‥‥」
時刻は夕刻、学校の授業も終わり、放課後になっていた。
夕日の差し込む教室で、虎太郎は机に突っ伏し項垂れた。
学校には結局、一時間分の遅刻になった。そのことで担任から厳重注意を受けた。おまけに、課題まで課せられた。
「‥‥‥‥やっぱり見逃せばよかったか‥‥」
今朝の行動を後悔していた。
「なんだよ、虎太郎。今月はもう遅刻出来ない、とか言ってて結局、今日も遅刻だったな」
「うっせぇ、征四郎」
落ち込み虎太郎の側にやってきて、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ煽るように言ってきた。
司馬 征四郎(しば せいしろう)、虎太郎とは入学初期に意気投合し、何かとつるんでいる。身長は高く、スラっとしたモデル体型で、端正な顔立ちをしているため、女子人気が高い。その上、成績も高順位をキープしていて、運動神経バツグンで運動部からの勧誘も後を絶たない。
だが、その表向きの顔とは異なり、生活指導に頻繁にお世話になっている、いわゆる頭のいい不良、みたいな生徒である。
「で、今日はどうした? いつものお前なら、コソコソ、と入ってきて、何食わぬ顔で誤魔化そうとしてんのに、今日はイヤに堂々と入ってきてたが、遂に色々諦めたか」
「あ―――、今日はいつもの寝坊でなくてな、人助けだ」
「人助け? お前が?」
心底意外、と言わんばかりな表情で驚く征四郎に対し、イラっとした表情を浮かべた。
「ああ、悪かった、悪かった。疑って悪かったって」
「チッ、やっぱり助けんじゃなかったぜ‥‥‥‥」
「けど、一体どんな人助けしてたんだ、お前。それ証言すりゃ多少は勘弁してもらえたんじゃねえのか?」
「たかが最下級の妖魔退治だ。家出てすぐに、悲鳴がしたから行ったら、妖魔に襲われてたからな、それを助けたんだ」
「へえ、まあそれなら多少は情状酌量してもらえたんじゃねえのか?」
「‥‥‥‥まあ、今回の遅刻に関しては大目には見てもらえたが、説教はされた」
「それは仕方ねえさ、お前の場合は普段が普段だからな。まあ、これに懲りたら、今後は生活態度を見直せよ」
「‥‥‥‥征四郎、その台詞、そっくりそのままお前に返すわ」
一番言われたくない相手に言われることほどイラつくことはない、と心底思い知った。
□□□
「失礼しまーす、風魔です」
漸く課題を終え、職員室に届けに来た。入口で声を上げると、奥の方から教師が出てきた。
「おお、漸く来たか。随分時間かかったな」
俺の担任である木村先生が姿を現した。年の頃は40半ば、眼鏡をかけた白髪まじりの髪の男だ。
「ええ、まあ、随分と時間が掛かりましたが、とりあえずコレ」
俺はノートを木村先生に渡すと、直ぐに開き、ペラペラとページをめくり、中身を見ていく。
「ふむ、もう少しうまくまとめれんのか‥‥」
木村先生は眉を潜め、額に手を当てる。
「いや、まあ、それが限界です」
「しかしな、ここ十年くらいの近代史だぞ、お前が生まれてから起こった出来事を書けばいいだけだぞ、例えば、そうだな‥‥‥‥十年前だと大戦が起こった年だぞ」
「‥‥‥‥ああ、そうですね。でもまあ、俺にはあんまり関係なかったので、それほど興味ないんで‥‥‥‥」
「興味ないってな、お前も退魔師の端くれだぞ、その辺りは知ってて当然の知識だぞ。大体だな‥‥‥‥」
木村先生の言葉が止まらなかった。しまったな、返答を間違えた。
虎太郎は自身の返答に後悔した。そろそろ日も暮れようとしている最中、これから追加の説教が始まるとは思ってもなかった。だが、その話は新たな参加者によって遮られた。
「あの、宜しいでしょうか?」
現れたのは、真新しい制服を着た女子生徒だった。
「ああ、すまない。話の途中だったな‥‥‥そうだ、丁度いい。風魔、今日のところはこれで許すが代わりに一つ頼まれごとを聞いてはくれないか?」
「頼まれごと?」
木村先生は幾分申し訳なさそうに話を切り出した。
「ああ、こちらは明日からウチに転校してくる‥‥」
「炎城寺 飛鳥(えんじょうじ あすか)です。はじめまして」
女子生徒―――飛鳥がニッコリ笑って、会釈をした。
「っ! あ、ああ‥‥転校生、こんな時期に?」
飛鳥の笑みに、若干顔を赤くしつつ、虎太郎は疑問を述べた。
今の時期は10月、転校してくるには少々時期として中途半端だと言える。
「ええ、少々諸事情がありまして‥‥」
飛鳥は少し俯いて、答えた。
「‥‥そうか、わりぃ。なんか踏み込んだこと聞いちまって‥‥‥‥でっ、先生。俺に何やらせたいんだ?」
少し場が暗くなったのを察して、話を逸らした。
「ああ、明日からの転校するにあたって、学校案内をしておこうと思ったんだが、他の先生たちは出払っててな、私ももうすぐ人と会う予定があってな‥‥‥‥」
「‥‥つまり、俺に学校案内しろ、ってことっすか?」
「ああ、頼めないか? 受けてくれれば、今回のレポートはこれで良しとしてもいいが‥‥‥‥」
「お任せ下さい! 私、風魔 虎太郎が学校案内を行います!」
「そうか、そうか‥‥では、頼んだぞ風魔」
「はい、お任せください!」
虎太郎は木村先生に最敬礼を持って答えた。
□□□
「‥‥で、あれが体育館。これで大体のところは回ったから、後はテキトーにクラスの人にでも聞いてくれ」
「ええ、ありがとうございます」
職員室を離れ大体30分くらいを掛けて四神学園の敷地を案内した。
面倒だったが、レポートに比べればまだマシだ。さて、これでようやく帰れる。今日も予定があるし、さっさと寝てえな‥‥
「あ、そうだ。風魔さんに一つお尋ねしたいことがあるのですが‥‥」
「ん? なんです?」
炎城寺が俺に訪ねてきた。一通りのところは回ったが、何か気になることがあったのか?
「貴方、今フリーですか?」
「‥‥はっ!?」
俺は想定外の質問に面食らい、驚き返答が遅れた。返答が遅れたのはおよそ1秒くらいだろう。だが、その間、頭の中では脳が高速回転し、現状を分析していた。
この問いは‥‥アレか、所謂『恋人はいますか』ということか。え、つまりこの子、俺に気がある!? いや、ちょっと待て‥‥まだ会って30分そこそこだ。そんな俺と炎城寺に一体何が‥‥アレか、一目ぼれとかか! それとも、学校案内していた俺に惚れた、とか。俺はフリーか、ああ、フリーだ。間違いない、フリーだ。‥‥悲しいがな。だが、炎城寺が俺に惚れたのならば、それ即ちフリーからの卒業も間近だということだ。
「っ! あ、ああ、フリーだ」
努めて冷静に答えた。ここであまりにも食い気味に答えてはがっついている男などと思われてはフリー卒業が遠のく。
改めて、炎城寺をよく見てみる。長い黒髪を赤いリボンでポニーテールにしていて、体型は全体的にスラっとしているが、出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる。顔立ちはキレイ系と言った感じで、目はクリっとしていて可愛らしい。総合的に判断するなら、大変な美少女だと言える。学園内でもトップクラスの美少女だと言えるし、なんならテレビに出てるアイドルにすら勝っているとも思える。
そんな炎城寺を前に、冷静に立ち振る舞いが出来ているだけで、俺も大したものだ、と思ってしまう。
「まあ、そうでしたの。それは好都合ですわ」
「!」
俺の返答にニッコリ笑う。その笑顔にまた、顔の温度が上がるのを感じた。
「風魔さん、私と付き合ってくださいませんか?」
「‥‥へ?」
炎城寺の言葉に、頭が働かない。思わぬ言葉の一撃に、脳が破壊された様で思考が停止した。急ぎ脳を再起動させるが、そのたびに炎城寺の言葉が脳を破壊する。
「ダメ‥‥ですか‥‥」
「いいえ、宜しくお願い致します!!」
炎城寺の言葉で再び再起動し、マッハの速さで返答した。
フリー卒業がかかった場面で、動くのに必要な物、それは脳ではない。本能だ。
男子高校生は本能で生きる者、だから、こんな場面でも本能のままに、反射のままに行動するからこその、マッハの回答だった。
「まあ、ありがとうございます!」
「!」
炎城寺が俺の手を握ってくれた。笑顔が迫ってくる。
やったぞ、これで俺もフリー卒業だ。征四郎のバカ野郎、これで俺は孤独死なんざしねえからな。
悪友に馬鹿にされてきた過去が思わず頭によぎったが、寛大な心で許してやることにした。過去のフリーな俺とは違い今の俺は心が広い。ああ‥‥今の俺なら、どんなことでも許せるだろう。
「では、今日から私とパートナーですわ‥‥‥‥退魔業の」
「‥‥何だって?」
「ですから、パートナーですわ」
「うん‥‥その後‥‥」
「? 退魔業の」
炎城寺は首を傾げながら、問題発言を再度言った。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
「あら、今朝の一連の行動に『風魔』の名で行動しているところから見て、風魔一族の方だとお見受けしましたが‥‥」
「いや、まあ、そうだけど‥‥」
「それにフリーだそうですし‥‥」
「フリー、ってそっちのかよ‥‥」
そう言う事か、炎城寺がいう、フリーと言うのは、恋人がいないとかの意味ではなく、退魔師としてのフリー、という意味だったようだ。こんな状況下で聞いてくるとは思ってなかったな。‥‥いや、そもそも、こんな美少女が俺に好意があるとか、考えたのが間違っていたんだ。世界は理不尽だらけだな。死ね、征四郎!!
怒りを悪友にぶつけつつ、俺も舞い上がっていたことに反省した。
それにしても‥‥『炎城寺』、か。そんな苗字で察するべきだったかな‥‥
「‥‥‥‥炎城寺の苗字が示す通り、やっぱりソッチも退魔師か‥‥」
「ええ、その通りです。まさか、こんなところで風魔一族の方に出会うとは思いませんでしたが‥‥」
炎城寺は心底意外そうに言う。
「風魔一族は神奈川の方を主に活動されていたはずですが‥‥」
「まあ、こっちにも色々あるんだよ。それに炎城寺一族だってそうじゃないのか、千葉の方が主戦場だろう。態々東京の方まで出張ってくるとか‥‥」
「こちらにも色々あるんです。それで、先程の件ですが‥‥」
炎城寺の話を遮るように、俺の携帯が鳴りだした。
「あ、ちょっと悪い」
俺は携帯を取り出すとディスプレイに表示されている名前を見てから出た。
「はい、風魔です。‥‥はい、分かりました、すぐ行きます。‥‥ちょっと悪いな。今日のところはこれで失礼する。その辺りの話はまた後日に‥‥じゃあな」
「あっ、ちょっと!」
俺はその場を強引に切り上げ、学園の外に向かって急いで走り出る。
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