風の忍者と炎の姫

あさまえいじ

第1話 風魔 虎太郎

 夢を見ていた。小さい頃の夢だった。初めて色を見た。

 赤だった。真っ赤な、燃えるような、煌くような赤色、それが初めて見た色、それが最初の記憶だ。真っ赤な色が周囲に溢れ、迫ってきていた。


「‥‥‥‥‥」


 誰かの声を聞いた。

 その声の主が俺に触れた感触があった。

 俺の顔に触れて‥‥‥‥そして、感触が離れていった。


「‥‥‥‥‥」


 また何かを言っていたような気がしたが、それも分からなかった。

 だけど、周囲の赤はもう無くなっていた。


□□□


「‥‥‥‥またあの時の夢か」


 俺の名前は風魔 虎太郎(ふうま こたろう)、何処にでもいる高校一年生だ。


 夢から目覚めたとき、夢を見ていたことを覚えていた。炎の夢を見るのは、小さい時から頻繁にあった。最早慣れたものだ。またいつものか、と思うほどに頻繁に見ていた。

 だが、そんな夢の事より重要なことがある。


「今何時だ‥‥‥‥‥‥ゲッ!?」


 思わず変な声が出た。理由はただ一つ、寝坊したからだ。

 時刻は八時三十分だった。

 俺の通う四神学園の始業は八時四十五分だ。だから残り時間は十五分しかない。

 

「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイィィィィ!!!」


 悲鳴を上げながら、制服に着替えて、カバンを引っ掴み、部屋を飛び出した。 


「急げぇぇぇぇ!!」


 マンションの自動ドアが開いた瞬間、最高のスタートダッシュを決め、マンションから飛び出し、学校に向かって走りだす。

 だが‥‥‥‥


「キャアアアアア!!!!!!」


 悲鳴が聞こえた。思わず立ち止まり、声の聞こえた方を確認して見ると、進行方向と反対だった。


「クッソォォォ、こっちは急いでんだぞ‥‥」


 悪態を付きつつ、急ぎ声のした方向に向かって走っていく。

 

□□□


「グルルルル!!!」

「い、いやぁ!?」


 向かった先には小学生の女の子と犬の様な動物に似た異形――――妖魔がそこにいた。

 妖魔は大型犬の様な体躯を持ち、四足歩行で黒い体毛に覆われた。その大きな体躯を持って、女の子を威圧する。その口元からは唸り声と共に、よだれが滴っていた。妖魔は空腹で女の子の肉の味を思い浮かべ、逸る気持ちを抑えながら周囲の気配を伺っている。それでも、女の子がそこから動くことも許さない。女の子は怯え、その場にへたり込んでいた。


 街中に妖魔が突然現れ、それによって悲鳴を上げたみたいだ。

 状況は良く分かった。周囲の様子を見れば、女の子の悲鳴を聞いて家から出てきた人たちもいるが、誰もが助けるのに躊躇っている。

 まあ、無理もない。あの妖魔は階級的には最下級、それも誕生したてでそれほど強くないとはいえ、妖魔は妖魔だ。人間位は容易くかみ殺す牙と顎を持っている。そんな存在と、おいそれと事を構えたくないだろう。普通の人間は妖魔と戦える程、力は強くはないのだから‥‥‥‥

 だが、何事にも例外はある。


「‥‥‥‥しゃーない」

 

 俺は一つ溜息をついて、腹を括った。

 

「急げば、何とか‥‥2時限目には間に合うだろう‥‥はあ、今月出席率まずいんだけどな‥‥」


 遅刻する覚悟だ。


「さて、やるか!」


 俺はポケットに手を突っ込み、一枚の手裏剣を取り出す。


「『疾風』!」

 

 妖魔に向かって投げつける。手裏剣と妖魔との距離はドンドンと近づいて行く。

 すると、妖魔は異変を感じとり、向きを変えたが、もう遅い。

 一枚の手裏剣が妖魔に触れることなく、通り過ぎていく。すると、妖魔の動きが止まった。そして、ゆっくりと‥‥‥‥首が落ちた。


「キャアアアアア!?」


 またも女の子の悲鳴が上がった。アレは先程までの恐怖とはまた違った恐怖の悲鳴だ。妖魔の首が取れ、血が一気に噴き出した。それを至近距離で目撃することになるとは、申し訳ない。

 俺は心の中で手を合わせ謝った。


「さて、とりあえず連絡しておくか」


 ポケットからスマホを取り出し、アプリを起動する。

 スススッ、と指を動かすと、画面に『完了』の文字が現れたの確認し、スマホをポケットに入れ、その場を立ち去る。

 俺が来た道を走り戻ると、俺を追いかけてくる物体があった。そう、先程投げた手裏剣だ。俺は勢いよく飛んできた手裏剣をキャッチする。


「‥‥うん、血はついてないな」


 手裏剣の状態を確認し、ポケットの中に閉まった。

 そして、学校への道をひた走る。少しでも遅刻の傷跡を小さくするために‥‥


side ????


「ふーん、中々やり手の退魔師みたいね」


 車の中から、窓を開け、一連の状況を見ていた少女は感心するように言った。

 黒い髪をポニーテールに纏め、顔立ちは少女から大人の女性へ変わりつつある年頃の少女だった。だが、ただの『少女』ではなく『美少女』と形容される顔立ちをしていた。


「よろしかったので、お嬢様」


 車を運転している男性が少女に問いかける。


「構わないわ、大木。私達はこの町では新参者。故郷でならともかく、この場ではまだ活動できませんわ。退魔証を持ってない以上表立っての活動は避けるべきですわ」

「なるほど、確かにその通りですね」


 男は背後の少女にミラー越しに頭を下げ、車を走らせた。


「‥‥‥‥先程の彼、もしフリーであれば、雇いたいですわね」


 少女は小さくそう言った。




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