08話.[戻ってください]
「はははっ、もう付き合い始めたから可能性はないぜ!」
「あ、うん、おめでとー」
「おま、……もうちょっといい顔で祝いの言葉をくれよ」
正直に言っていまはそれどころではない。
僕はね、梛月先輩の曖昧な態度にむかついているんだ。
連絡だって全然よこさないし、寧ろ避けられているまである。
図書室や南校舎前で会っても本を読んでいるばっかりなんだから。
「それよりなんでもっと早く付き合っておかなかったの?」
「無茶言うなよ、なんでもできるわけじゃないんだからな」
「ふーん、そうなんだ。でもさ、せめて僕が動こうとする前にしておいてくれればいいのに、そうすれば虚しくならなくて済んだのにさ」
タイミングが悪かった、津郷さんからすればいいかもだけど。
ふたりとも意地が悪い、あんなタイミングで動くのは酷い。
「お前は渚沙と友達になりたかっただけなんだろ?」
「い、いや、仲良くしていたら~的なあれはあったよ?」
「良かった、お前から奪っておいて」
元からあの子の心はそっちに向いたままだから安心してほしい。
それにどちらにしてももう終わったことだ、話をすること自体無意味。
「大体、俺は前からお前が気に入らなかったんだ、渚沙と話して嬉しそうにしやがって」
「あ、そういうのいまいいから」
「お前なあ……付き合えよ」
それどころじゃないんだよ。
一緒にいたいと口にしていたあの先輩はどこにいってしまったのか。
「山口君、来てあげたわよ」
どうして自分が行かないとこうなってしまうのか。
どうしてここまで人生って上手くいかないんだ。
「なによ、私が来てあげたのに」
「10分休みもお昼休みも、せっかく行ったのに無視しましたよね?」
「拗ねているの? ごめんなさい、本を読んでいたのよ」
そんなの見たら分かったよ、集中していたとも。
だから1回だけ話しかけて反応がなかったから戻ってきたんだ。
それなのに逆の立場になったら拗ねてる発言されるのは困る。
「おい山口……」
「うん、分かってるよ、とにかくおめでとう」
「お、おう、ありがとな」
三島君が教室から出ていったことにより静かになった。
それでも帰ろうとはせずに窓の外を見つめておくことにする。
この人のペースにされたら嫌だし、少しぐらいは焦れてほしいんだ。
「もう、子どもね」
「知りませんよ……」
男女問わず、思わせぶりなことは言わない方がいい。
相手が僕みたいな存在であるのなら尚更のことだ、影響力が違いすぎるから。美人な人にあんなこと言われたら意識してしまうのにさあ。
「言うことを聞きなさい、なんでも聞くという約束でしょう?」
「……それなら相手をしてくださいよ、自分は聞かないのに相手にだけそれを求めるなんて卑怯じゃないですか」
このままじゃ駄目だ、はっきり言わなければならない。
また同じようなことになっても嫌だから。
「だからそれは……いえ、悪かったわよ私も」
「ふんっ」
「はあ、本当にあなたは男の子なの?」
「そうですよ、僕だって男ですよっ」
だからこそ子ども扱いをされたりしたら嫌な気持ちになる。
ただまあ、僕がしていることは全てそれに繋がることだから先輩の気持ちも分からなくもない、というのが微妙なところだった。
そう、やはり好かれる要素がないんだ、どうすればそういう部分を磨けるのかも分かっていない。
「帰るわよ」
「……ひとりで帰ればいいじゃないですか、まだ明るいんですし」
「山口君っ」
「な、なんですか? そんなに近くで大きな声を出さなくても聞こえていますよ……」
そういう攻撃は卑怯だ。
ただ、こういう変化に弱いのも事実、先輩の企み通り意識を向けなければならなくなったんだし。
「話すときは相手の方を見なさい」
「……いいじゃないですか、どうせなにが変わるわけでもないんです」
求めたら駄目になるのなら、こういう態度を貫くしかない。
この態度を貫くことで嫌われるのならそれまでだったということだ。
それどころか、自分の嫌われ能力が健在だということを知ることができる。どんな相手だろうが平等に嫌いにさせてしまうのは素晴らしい。
「つまり、あなたは私とそういう関係になりたいの? 積極的に嫌われようとしていたのに?」
「そりゃ男ですからね……、異性で話せるのは津郷さんとあなたぐらいですから。で、津郷さんは三島君と付き合ったみたいなので……」
「消去法で、ということかしら?」
「違いますよ、いや、いまのだけで判断するならそうですけど」
綺麗な人だから……って言ったら面食いみたいで嫌だしな。
お姉ちゃんみたいで優しいところとか、柔らかい表情を浮かべてくれるときがあったりとか、魅力的なところばかりなんだ。なんなら、読書中の真面目な顔も悪くない――って、結局面食いみたいじゃん……。
「へえ、なるほどね、あなたも男の子なのね」
「そうって言ってるじゃないですか、なのに梛月先輩はまともに相手もしれくれないので寂しくて……」
そういうときに限って三島君は煽りパワー全開で困っていた。
むかつきはしなかったけど、あー!! って全力で叫びたかった。
「ん、女々しい男の子ね」
「すみません、経験がないからこうなるんですよ」
「いいから帰るわよ、またご飯を作ってあげるから」
その後に吐かれた言葉のせいで悩む羽目になった。
「山口君――翔君!」
「あ、ごちそうさまでした」
「どんな味がしたか言ってみなさい」
「あ……すみません、分からないです」
「はぁ……」
いや、ため息をつかれても困る。
だってさ、急に泊まるなんて言われても混乱しかない。
僕はここで寝ればいいけど、異性が家にいるなんて……。
「ちなみに、もう入らせてもらったわよお風呂には」
「あ、はい、それは別にいいですけど」
それなら僕もお風呂に行こう。
なんでもそうやって区切りをつけないと駄目だ。
「翔君、本当に私とそういう関係になりたいの?」
「そりゃ、まあ……」
やっぱり男だから期待してしまう。
先輩みたいな人と一緒にいられるのなら尚更のこと。
「でも、渚沙さんが一緒にいてくれていたらどうしていたの?」
「仲良くしていたらもしかしたらそういう可能性もあったかもですね」
「最低ね、結局消去法じゃない」
いや、いまとなっては先輩の方がいいと考えている。
それを伝えても扉の向こうの先輩はなにも言わなかった。
「それより戻ってください、もう出るので」
「分かったわ」
これ以上この話はしたくなかったから終わらせる。
しっかりと拭いて服を着たら少し落ち着いたけど、どう考えても上手くいく反応ではないなあれは。
「おかえりなさい」
先輩に背を向けて座った。
ちくりと指摘してきたが無視、だってどちらにしたって泊まるんだから問題もないし。
「翔君、こっちを向きなさい」
「だって……」
いまなら消去法じゃないってはっきり言える。
先輩と食べる時間が好きなんだ、お母さんみたいに小言を言ってくるのはなんか気恥ずかしいけど、うん、悪いことばかりじゃない。
あとは食後にゆっくり会話をすることができるとか、そういうなんてことはない時間が大切になったんだ。
この寂しい空間をそうでないものにしてくれる先輩が好きだった。
「僕は梛月先輩が好きですけど、梛月先輩は違うじゃないですか」
「え、好き? 私のことが好きだったの?」
「まあ、優しくしてくれる唯一の人ですからね」
津郷さんは駄目だ、三島君に絡まれる僕を見てにこにこ笑顔だもん。
その点、先輩は違う、そういうことを一切してこないから安心できる。
「梛月先輩は分かってないんですよ、僕みたいな男にご飯なんて作ったらあっさり意識してしまうんですよ」
「そうなのね、ひとつ学べたわ」
それだけなのか……? いや、せめて告白できたということを喜んでおけばいいか。あの諦めていた自分が特定の異性に好きだって言えた時点でいい変化なのは確かなんだから。
「もう寝ます、梛月先輩は向こうで寝てくださいね」
「こんなところで寝たら風邪を引いてしまうわよ」
「大丈夫です、ひざ掛けがありますから」
洗濯もしておいたから気恥ずかしいなんてこともない。
あとはソファに寝転んでいるだけで勝手に寝られるだろう。
「命令よ、来なさい」
「え……」
「死ねとか痛いの以外は聞く、常識的な範囲、君のできる範囲で」
「……分かりました」
正直ここは夜冷えるから助かった……か?
寝室へ移動してもベッドがあるわけではないものの、こちらの方が何故か温かくていい。
「これしかないのね、それなら私にひざ掛けを貸してちょうだい」
「いえ、梛月先輩はそれで寝てくださいよ、洗ったばかりなので臭いとかも大丈夫ですから。僕はここで、これぐらい距離がないと落ち着かないのでこればかりは勘弁してください」
「分かったわ、それならそうさせてもらうわね」
「はい、おやすみなさい」
体感的に言えば数十分ぐらい頑張っていた自分。
だが、ね、寝られるわけがないっと寝室から逃げ出した。
こうして一緒に寝られるってことは全く異性として認識されていない証だろう、これだけ虚しいことってあるか? せめて振ってくれよぉ!
「あ、三島君?」
「嫌がらせか?」
「ううん、ただちょっといいかな?」
「まあいいけど」
よく考えてみたら彼はずっと好きだという気持ちを抱えていたことになるわけで、そういうときにどういう風にしていたかを聞いてみた。
「好きって気持ちは簡単にはなくならねえぞ」
「だよね、だからせめて振ってほしいと思ったんだけどさ」
「というか、先輩のことが好きだったんだな」
「君が津郷さんを取ってくれたからだよ」
だからこそ気づけたというのもあるけれども。
「渚沙は誰にもやらねえ」
「分かってるよ、ずっと仲良くね」
「ああ。で、お前はどうするんだ?」
「多分このまま駄目っぽいから告白できたことを喜んでおくよ」
どうせ単純だから次の気になる人もすぐできるだろう。
お礼を言って電話を切って、ソファに転んで考えていた。
所詮同じ屋根の下にいたところで友達の域は越えない。
普通は異性の家になんて簡単に泊まらないと思うんだけどなあ、先輩はそういうところをすっ飛ばす人だから参考にならないし。
うん、こっちは冷えるけどなんとか寝られそうだ。
元々ひざ掛けをかけて寝るのは決まっているんだから、寧ろ床に直よりソファに寝た方が柔らかくていい。
「ん……?」
で、どれぐらい経った頃かは分からないものの、お腹の上に重みを感じて目を開けたら黒髪だった。
い、いや、かなり驚いて心臓が飛び出そうになったが、やはりどう見ても黒髪だ、それしか見えない。
「……なにこっちに来ているのよ」
「あ、梛月さんでしたか……安心しました、霊かと思いましたよ」
黒髪だけの幽霊なんて聞いたこともないけど。
ん? というかこれ、間違いなく上に乗られているよね?
「あと、なに簡単に捨てようとしているの」
「聞いていたんですか」
「捨てなくていいわ、受け入れてあげるから。だから来なさい、いちいち逃げたりしなくていいわよ」
また乗られることの方があれだから大人しく戻ろう。
それに僕らは対等のようでそうじゃない、先輩がこちらに命令してきたら大体は従うしかないからだ。
「もう逃さないわ、だから離れて寝るのは駄目」
「いいんですか? 抱きしめちゃいますよ?」
「いいわよ、逃げられるよりはよっぽど」
男なら自分が言ったことぐらい守らなければならない。
だから僕は寝転びながらではあったけど正面から先輩を抱きしめた。
おかしいぐらいの柔らかさに一瞬理性が吹っ飛んだが抑える。
「好きなんです」
「ええ」
「またご飯を作ってください、それで僕と一緒に食べてください」
「ええ、分かっているわ」
あと、ずっと一緒にいてくださいとは言わなかった。
口にしたら恐らくすぐに叶わなくなってしまう。
先輩がなんで受け入れてくれているのか分からない状態だから。
「あの、このままでもいいですか」
「それは少し寝にくいわね」
「それなら反対を向きますよ」
こちらだけだろうが満足感がすごいから寝ることにした。
好きな人が後ろにいてくれるというだけで緊張なんかしない、それどころかこれまでの生活を考えればかなりいいことだと思う。
そういうのもあって気がつけば朝だった。
布団をこちらに広範囲でかけてくれていたので先輩にかけ直して向こうへ移動。
「――ぺっ、うん、顔も洗って歯も磨けばいい1日の始まりだ!」
たまにはと卵焼きでも焼いておくことに。
いつも作ってもらうばかりでは申し訳ないからね。
それから20分ぐらい経過した頃、先輩もこちらへやって来た。
が、そのままこちらにしなだれかかるにして体重を預けてきたものだから支えきれずに倒れてしまう。
「……逃げないで」
「逃げてませんよ……あ、卵焼き食べてください」
「今日は土曜日だもの、ずっと離さないから覚悟してね」
「は、はい、あの、とりあえず卵焼き食べてください」
「先に歯を磨いてくるわ」
うーん、どんなことをされるんだろうか。
正直に言ってわくわくよりドキドキがすごかったけど、それが伝わっていなければいいなと心の底から願ったのだった。
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