04話.[こんな子の方が]
「三島君カモーン!」
「な、なんだよお前……」
なんでってそりゃ、先輩に会わせるためだ。
それ以外に特にない、先輩とはいられなくなっちゃうけど彼が喜ぶなら全然耐えることはできる。
「あら、珍しい組み合わせね」
「途中で会いまして」
「そう、それなら座りなさい」
「あ、僕はこれで失礼します」
「駄目よ、座りなさい」
何故か一緒にいることになってしまった。
いまこの場には先輩、三島君、津郷さんと僕がいる。
横に座らせるのはあからさますぎるから先輩の真隣には津郷さんに座ってもらった。その横に三島君という順番だ。
「あなたはこっちに来なさい」
「それはいいですけど……」
うーん、全然予定が変わってきてしまうぞ。
「それで? どうして今日は三島君もいるの?」
「先程も言いましたがたまたまそこで会ったからです」
「カモーンっ、なんて言っていたくせに?」
う゛……声が大きすぎたか。
というか、あくまであのふたりと話してほしかった。
「渚沙さんも最近来るようになったわよね」
「それより名前教えてよ!」
「まだ駄目ね、私達は仲良くないもの」
「敬語じゃなくてもいいって言ってくれたのに?」
「ええ、それとこれとは別よ」
それなら僕の場合はずっと知らないままだなこれは。
下手をすれば知るのは卒業式になるかもしれない。
それはなんだか嫌だなあ、どうせ一緒にいるのなら知りたかった。
「三島君はどうして黙っているの?」
「え、あ……」
「ふふ、緊張しているのかしら? 大丈夫よ、相手は私達なのよ?」
「はい、そうですよね」
僕は預けてくれていた本を読んで時間をつぶしていた。
やはり難しい内容のもののようだ、いや、難しいというよりも本能が拒絶しているだけなのかもしれない。目が疲れてしまうのも間違いなく影響していると思う。
「面白い?」
「いえ、僕には合わなそうです」
「そう、残念だわ」
本を返して立ち上がる。
お昼に暖かいこの場所で過ごすのもなかなか悪くない時間だ。
が、僕らがいては話にならないのも事実、そのためにトイレを行くとかそういう言い訳をして離脱した。
「おーい、山口君!」
「あ、来てくれたんだ」
「うん、ふたりきりにしてあげたいから」
気になる人の前では緊張してしまうってところが意外だったな。
三島君なら先輩の冗談を軽く流したりできそうだったのに。
余裕がありそうに見えて結局はあまり変わらなかったということか。
いいよなあ、恋って、その人の本当のところを見せてくれるから。
もし先輩も三島君に恋をしたら柔らかい態度や柔らかい表情を見せてくれるんだろうな、それは津郷さんにも同じことを言えるけどさ。
「津郷さんは気になる人とかいないの?」
「うん、特にいないかな」
「そっか」
人に好かれることの方が少ない僕にはできないことだが、彼女達には無数の選択肢があるというわけで、できることなら誰かに恋をしているところを見せてほしいと思った。
席は遠くなってしまったものの、いまの距離感ならきっと見せてくれることだろう。近づかないでと言ってきていたあの子も津郷さんから近づいているのを見てなにも言えずにいるようだし。
「山口君はどう?」
「僕にそれを聞くのは間違ってるよ」
誰からも求められることはない。
そりゃ、友達としてぐらいならいてくれるかもしれないけどさ。
そもそも、いまだってまだ嫌われていた方がマシだと考えているぐらいだ、変に親しくするよりかは対応しやすいから。
つまり逃げているだけだが恥だとは考えていない、相手だって僕のことで時間を使わなくて済むわけなんだからマイナスもないはずだ。
「津郷さんは嫌いのままでいてくれてる?」
「え……」
「そういう約束でしょ?」
これはこちらが勝手に言っていること。
嫌いのままでいてほしいと頼んだのはこちらだからね。
「好きでもないけど嫌いでもないよ」
「なんで? 嫌いのままでいてくれないと困るんだけど」
「それこそなんで? デメリットないじゃん」
なんでってそりゃ、関わっていけば対応力の下手さが露呈して結局人が離れていくからだ。
「それに僕は君に怒鳴ったんだよ?」
「それは私がそれ相応のことをしたからだよ、たかだかあれだけでなにもしてこない君がおかしいの」
「ほら、僕はおかしいから嫌いに――」
「ならないよ、心の底から嫌いになることはもうないよ」
なんでだ、知ろうとしてこなかっただけでこれが乙女の心なのか?
中学時代に悪口を言ってきていた水島さんも田中さんも、散々言っていても心底嫌いではなかったとか? いや、それはないな、あの子達の悪意というか殺意がすごかったから。
そりゃ、僕だって人に好かれるのは嬉しいけど、後のことを考えたら手放しで喜べることではない。
「というか、心の底から嫌いだったんだ」
「うん、だって山口君は生意気だったもん」
「僕は僕らしく生きて、僕らしい発言をしていただけなんだけどね」
ちなみにあのハンカチはあの子の机の中で見つかった。
そのせいで触れられたとかで気持ち悪いとか好き勝手言われたが、僕でないことは教室にいた子達が分かっていると思うんだけどなと理不尽さを嘆くことしかできなかったけど。
まあでもそういうものだ、自分が被害者にならないために人間はなんでもする、大人の世界にだってこういうのがあるんだから未熟な僕らの間にないわけがないのだ。
「嫌いになってください」
「むりっ、戻ろ!」
その笑顔はなんのために浮かべているんだろう。
だったらもっと事務的に、それどころか嫌そうにしていてほしい。
来ることは拒まないから、話しかけられたらしっかり答えるから。
どうか先輩のように平坦な感じで接してほしかった。
「そもそも僕といるときに笑顔を浮かべる方がおかしい」
これまで出会ってきた男の子と女の子がおかしかったのか?
他人の悪口を言って自らの不満を解消している子達が異常だと?
それとも、やっぱり彼女がおかしいのだろうか、よく分からない。
分かろうとする努力もしたくなかった。
僕は面倒くさがりなんだ、そんなことに時間を使ってはいられない。
「おーい!」
また笑顔、だからなんの意味でしているんだ。
嫌だったから別道から、わざわざ遠回りして戻ることにした。
馴れ合っている自分なんか気持ちが悪い、いつまでも嫌われてこそ自分らしいと言えるだろう。
頼むから笑顔で接してくることだけはやめてほしかった。
放課後に残ることが多くなっていた。
でも、それがどうやらみんなからしたら嫌なことみたいだ。
荷物を漁られるとか、そういうことを自由に言ってくる彼ら、彼女らには思わず苦い笑みを浮かべることしかできないけど。
ただ、お昼とかは出てあげているんだからそこまでは言うことを聞いていなかった、お金だって両親が払ってくれているんだからいる権利があるわけだしね。
「おいこら山口てめえ!」
「えぇ!?」
驚いた、それが三島君だったことが特に。
「はぁ、余計なことしてくれるなよ」
「あ、先輩とのことか、てへへ」
「褒めてないぞ……」
じゃあもっと積極的にやっていこう。
とことんみんなにとってそういう意味で嫌な奴でありたいんだ。
「なんだ? 家に帰りたくないのか?」
「帰ってもひとりだからね」
「なるほどな」
それにこうしていればたまたま目撃した人が嫌いになってくれる。
問題なのはクラス限定だということ。
だが、いずれは世界中の――なんてことは言うつもりもないけど、少なくとも好かれたくはなかった。
「お前、良かったのか? 席移動さ」
「うん」
「ほら、窓際の方がやりやすいこともあるだろ?」
「あんまり窓の外を見て現実逃避をするキャラでもないしね」
最近はあまり教室にいないから無問題。
仮にこの席に張り付いていたのだとしても慣れているから無問題。
寧ろよく分からない津郷さんの近くにいた方が問題有りだったから、正直に言ってあのクラスメイトの子には感謝をしているぐらいだった。
「孝輔もここにいたんだ」
「渚沙こそ残っていたんだな」
「うん、まだ靴があるのを見つけて戻ってきたの」
無視して別ルートから戻ったことを怒ってくれればいい。
が、津郷さんは自分の席に座ってゆっくりしようとしてしまっている。
嫌いだから話しかけたくないということなら嬉しいが、あれはどう見てもそういうのではない。
「おい渚沙、今日は用事があったんじゃないのか?」
「よく考えたら後からできることだからいいかなって」
「そんなのでいいのかよ……」
「いいんだよ、仮になにかあっても怒られるのは自分なんだから」
そう、だから彼女が責められるようなことがないよう教室で怒鳴ったんだ。人間、そういう対象に絡まれている子を見たら無条件で味方をすることが多いから利用した形となる。そして実際に僕の企みは成功し、彼女や彼の周りには沢山の人が集まった。
その一方、僕は悪口を言われて見方を変えれば逃げているようにすら見えるぐらいだ、きっとクラスメイトの中には満足感がすごいと思う。
「なんだっけか、用事って」
「お使いだよ、お醤油とみりんを買ってきてほしいって言われてるの」
「それなら早く買いに行ってやれよ」
「まだ数回は使えるから大丈夫だよ」
そういえば僕の家の醤油も終わりそうだった気がする。
卵焼きを沢山焼くからどうしたって利用回数も多くなるわけで、ここに残っていても仕方がないからスーパーにでも寄って帰ろうか。
「帰るよ、ふたりも帰るときは気をつけてね」
「待て、どうせならこいつを連れて行け、どうせスーパーに行くんだろ」
な、なんで分かったんだ……。
しかも彼女も大人しく付いてきてしまうし、なんなのこの時間。
「え、山口君もお醤油買うの?」
「うん、家になくてね」
そんなに何回も来たくないから数日分の食材(卵とか油揚げ)とかを購入し帰路に就くことに。
一瞬、彼女の荷物を持ってあげようとした自分を心内で叱って結局なにもすることはしなかった。
「孝輔なら――」
「持ってくれるんでしょ?」
「じゃなくて、孝輔なら絶対に嫌いになることはないよ」
それはどうだかね。
だってこれから先輩と一緒にいられるようにお節介をするつもりだし。
「言っておくけどね、僕は別に津郷さんや三島君のことが嫌いなわけではないからね? ただ好かれたくないというだけで」
「おかしいよそれは、みんな他人に嫌われたいなんて考えないもん」
「そういう風に考える人間と出会ったってことなんだよ、津郷さんは」
否定され続ければ津郷さんだって分かる。
両親の中にだって優しさ以外のなにかがあったかもしれない。
大人になっても、それが自分の子であったとしても面倒事を起こされれば面倒くさいと考えるはずだからだ。
ま、好き好んで迷惑をかけたいわけではなかったんだけどね、そういうのが始まる前までは自分で言えてしまうぐらい完璧にはできていたんだ。
自慢の息子だって言ってくれた、父も母もにこにこと笑顔で接してくれて、褒めてくれて、幸せだけが詰まっていた日々。
でも、悪口を言われるようになって、物を隠されたり、捨てられたりするようになってからは段々と減っていったように思う。
多分、相手の両親と話す機会が多かったというのも大きいんだ、まあなかなかに認めないし、なんならお宅の息子さんも~的な責める感じでくるパターンも多かったからね、精神がすり減っていったんじゃないかな。
なのにこちらが平然としているからむかっときたのかもしれない、それで叩かれたことが数回あった。
「津郷さんは悪く言われたら凹むって言っていたよね」
「当たり前だよ、悪口を言われてもなお平然といられる君がおかしい」
「それなら僕といるのはやめた方がいいよ。僕、聞いたことあるよ、『山口君といる渚沙ちゃんもおかしいよね』ってさ」
「え……」
「そりゃそうだよ、あんな教室で怒鳴ったような僕に笑顔を向けていたらなんでって訝しげな視線を向けられてもおかしくない、なんならいま言ったように悪くだって言われる可能性の方が高いよ」
敵と認識した人間の近くにいる人間も排除しようとするのが普通。
とにかく自分が対象にならないように合わせるしかない。
それが自分の意思であっても、周りからの圧力によるものであっても。
「ほら、嫌いになった方が楽でいいでしょ?」
「ならないから」
「なら自分も悪く言われてもいいと?」
そこで今日、初めて近くで彼女をまともに見た。
お昼とは違って不機嫌そうな顔、そんな顔をするぐらいなら来なければいいのにと思わずには言われない。
「いいよ別に、だって自業自得でしょ」
「知らないからね? 助けてあげることはできないから」
「いらないしっ、私はそこまで弱くないんだから!」
そういうことならともう特に言わなかった。
この複雑さをどうしようかと考えるだけで精一杯だったからだ。
僕からすればこんな子の方が初めてだった。
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