03話.[応援したかった]
教室の雰囲気はそこそこいいように感じる。
みんなが三島君&津郷さんのところに集まるからというのもあるのかもしれない。つまり単純に興味が移ったわけだ、そりゃ悪口言うよりかはわいわい楽しめた方がいいだろうし。
だから悪口には依然として耐性はあるが教室にいることは極力少なくしていた、空気を悪くしたいわけではないからね。
「こんにちは」
「あ、こんにちは、先輩はここによくいますね」
毎週図書委員として活動しているわけではないことは分かっていた。
そのため、基本的に外に出れば、南側の校舎前に出れば先輩がいることが分かっていたからここに来たのだ。
「難しい本ですか?」
「読んでみる?」
試しに読ませてもらったら目が滑って仕方がないのですぐに返却。
「ここ、落ち着きますね」
「ええ、気に入っているわ」
穏やかな風が先輩の髪を揺らす。
まじまじと見ていたら怒られるからすぐにやめたが、こうして会話できているのが不思議なぐらいの相手なのは確かだった。
「教室には居づらいの?」
「いえ、みんなのために出てきているんです、嫌われ者がいたら楽しめないでしょうからね」
「弱いのか強いのか、優しいのかそうでないのか、それがよく分からないわねあなたの場合だと」
僕自身は普通だと考えている。
弱くも強くもない、自分らしく生きるだけで精一杯だ。
悪く言ってくれていた方が楽でいいのは勘違いしなくて済むから。
お前は○○だと指摘してくれていた方が分かりやすくていいからだ。
「ちゃんとご飯は食べてる?」
「食べてますよ」
食べているけどループで飽きが出てきてしまっている状況と言える。
悪いのは自分だ、面倒くさがってレシピを真似ることすらしないから。
でも、本当のところは誰かにご飯を作ってもらいたいのかもしれない。
それかもしくは自作でもいいから誰かと食べたいのかもしれない。
ひとりでいるのは慣れているつもりでも、心は寂しかっているのかも。
「こっちを見なさい」
「はい」
先輩はこちらの頬に手で触れてなにかをチェックしているようだった。
そんなことをしたところで食事も睡眠もしっかり摂(取)っているからなんにも問題は出てこないが。
「大丈夫そうね」
「はい」
頼んだところで変わらないから口にすることはしなかった。
なんというか関わった時間は少ないものの、先輩は1度言ったことを曲げるような性格ではないと考えているからだ。
「そろそろ戻るわ、あなたも早く戻りなさい」
「はい」
結局、名前すら分からないまま関係が続いている。
と言うよりも、僕が無理やり近づいていると言った方が正しいかな?
先輩はフラットに対応してくれるからありがたいのだ。
僕が行くとざわつくクラスメイトとは違う。
「どこ行ってたんだ?」
「ちょっと外にね」
その雰囲気にも負けずに話しかけてくれる三島君はいい人だ。
なかなかできることじゃない、こういうところが女の子から好かれる要素のひとつなんだと思う。その後ろに毎回引っ付いてくる津郷さんは……正直どう言っていいのかは分からないけど。
あれからこうしてふたりでいることが多くなった。
三島君も放置せずちゃんと相手をしているから関係が良くなっているのかもしれない。好きな子とはいいのかって気になるところではあるけど、僕に言われたくないだろうから口には出さないでいる。
「あ、今週の土曜って暇か?」
「うん、暇な日しかないぐらいだよ」
ひとりだからなにもすることがない。
最低限の家事をしてしまえば後はオールフリー。
ああ、迷惑をかけるとは分かっていても両親に会いたいな。
「サッカーでもしないか? あ、試合をやるとかじゃなくて、ただボールを蹴るだけっていうかさ」
「経験がなくていいなら」
「おう。あ、そのときはこいつも連れて行くがいいか?」
「何度も言ってるけど、それは津郷さんに聞いてもらわないと」
あれからまともに話もしてないからどうしようもない。
おまけに誘ってきたのは三島君なんだから決めるのは彼だろう。
「じゃ、土曜日に山口の家に行くわ」
「分かった」
運動靴も運動用の服もあるから問題はない。
そうだよな、たまにはそういう風に体を動かさなければならない。
悪口に耐性はあっても窮屈なことには変わらないから、たまにはね。
ただ、流石に下手くそすぎるのもどうかと思ったから練習を始めた。
サッカー部の人達は優しくてボールを貸してくれて。
邪魔にならないところで蹴っていたら本当に残念なことが分かった。
これじゃ駄目だ、まともに真っ直ぐ蹴ることもできないなんて……。
「おい」
「は、はい?」
「そんな蹴り方じゃ駄目だ! 見てろっ、こう、だ!」
「おおっ」
「真似しろ!」
試しに似たような蹴り方をしてみてもへにゃへにゃで駄目だった。
が、何故かその後も根気良く付き合ってくれて、なんとか遊ぶぐらいならできそうなレベルには仕上がった。
「ありがとうございましたっ」
「ふんっ、ボール返せっ」
「はい、ありがとうございました」
よく分からないけどこれで三島君を苦労させることはなさそうだ。
にしてもここまで残念だったとはと凹みながら帰る羽目になったけど。
「テトラー」
「にゃ~」
あれ、珍しいな、こんなところでテトラと彼女に会うなんて。
「テトラ? あ……」
「こんにちは」
「うん……」
テトラを抱き上げて彼女を見る。
あれ以来、こういう顔をすることが多くなった。
頑張って怒鳴ったというのに無意味だったことを意味しているなあ。
「こんなところでなにやってるの?」
「……テトラがいたから」
「そうなんだ、ここら辺りでテトラを見たのは僕も初めてだよ」
どうしよう。
このまま帰るしかないんだけど、このまま放置もなんだかなあといった感じ。こういうところがあると、関係をはっきりしたいと思えてくる。
「……最近はお昼休みに外に行ってるって言うけど、外のどこで過ごしているの?」
「え、ああ、南校舎前かな、先輩と一緒にって感じ」
「先輩ってあの、綺麗な?」
「僕が無理やりにって感じだけどね」
それでも怒らずに相手をしてくれているから助かっていた。
あと、先輩の横は何故だか凄く落ち着くんだ。
フラットに対応してくれるからというのもあるだろうが、こう、クールな感じなのがいいというかなんというか。
「明日からは私も行く」
「うん、それはいいけど」
「その先輩に挨拶をしておきたかったんだ、この前お世話になったから」
「そうなんだ?」
僕は図書室と外以外で先輩と会ったことがないから意外だった。
ただ、どうやら彼女も先輩の名前は知らないらしい。
単純に教えるほどの名前ではないと判断しているのか、ああして一緒にいてくれてもガードがとにかく堅いのか。
どうなのかは分からないけど、しつこく迫るのは違うなと判断した。
「土曜日、山口君も来てくれるの?」
「あれ、津郷さんが三島君を誘ったの? それなのに珍しいね、サッカーで遊ぼうだなんて」
「体を動かしたかったの、ただ蹴るだけでも楽しいかなって」
「なるほどね、僕も同じ意見かな」
少なくとも走り回れるほどの場所であれば窮屈さは感じないで済む。
家にこもっているのもなんだか寂しいからありがたい提案だった。
でも、そうなると僕を誘ってくれたのは三島君か。
ま、いまの状況を考えればなにもおかしいわけじゃない。
「にゃ」
「あ、ごめんね、ほら」
テトラはこちらを1回見てから向こうへ歩いていった。
「さてと、僕もそろそろ帰るよ」
「あっ、い、家に行ってもいい?」
「家に? 別にいいけどなにもないよ?」
「ご、ご飯、作ってあげる」
なんだろう、先輩に言われたときよりも不安な感じが。
けど、そう言ってくれているのならと任せることにした。
元々誰かが作ってくれたご飯を食べたかったわけだから。
「ど、どうぞ」
「あ、ありがとう」
な、なんだろうこれは。
口に含んでからもそうだった、なんだろうという感想しか出ない。
不思議と食べられないことのほどではなかったものの、不思議すぎて新鮮なような疲れるような……。
「どう?」
「た、食べられるよ」
「なにそれっ、美味しくないってことじゃん……」
彼女のためでも、食材のためでもあったからちゃんと食べ終えた。
「作ってくれてありがとう」
「むぅ……」
……今度先輩に作ってもらおうと決めた。
が、それとは別だから彼女を送っていったのだった。
「はぁ、はぁ……」
「はぁ……」
土曜日になった。
複雑な顔で三島君がこちらを見てきている。
どうしてこうなった、なんでこのようなことをしているのか。
「なあ、今日は楽しくというか緩くやるつもりだったんだが」
「僕もそういうつもりで来たんだけど」
遊ぶことでも迷惑をかけないようにって練習をしたぐらいなのに。
「私の作ったご飯を美味しいと言わなかったからだよ!」
「お前、大して上手くもないのに山口に作ったのかよ……」
「なっ!? お、美味しく作れるもんっ」
うん、確かに不味くはなかったから大丈夫だ。
それに、僕が求めていたのは誰かが作ってくれたご飯だから問題ない。
「じゃあ山口君で練習するっ」
「待て待て、山口を殺すつもりか」
「だったら孝輔も手伝ってくれればいいでしょ!」
こうしてボールを蹴って遊ぶから、津郷さんが上手く作れるようになるまで付き合うということに変わった。
テトラを途中で発見したから連れ込んでただ待っていることに。
「あいつが悪いな……」
「いや、三島君もいてくれるから心強いよ」
あとはこの真っ白ふわふわなテトラがいてくれるから。
野良猫のはずなのにどうしてここまで綺麗でいられるんだろう。
「はいっ、食べて!」
「「いただきます」」
うーん、どうすればこんなに不思議な味になるんだろうか。
不味くはなっていないのが不思議だった、普通に食べることができてしまう。三島君も複雑な顔をしていたがきちんと食べていた。
「はい次ぃ!」
彼女が作ったそれらは本当に不思議だったが、食べている間は本当に楽しかった。やけくそになっているだけの可能性もあるものの、津郷さんが笑ってくれているというのも影響しているのかもしれない。
「もう無理だ……」
「僕も……」
「私も……」
終わったら3人で床に寝転ぶ。
そういえば本来は寂しいはずのここもだいぶ暖かくなっている気が。
「美味しかった?」
「うん、食べられたよ」
「むきー!」
「はははっ」
あれだ、自由で新鮮でいいんだ。
遊ぶことばかりがいいわけではないけど、窮屈じゃなくていい。
「こんなに食べたのは久しぶりだ……」
「こんなに作ったのは初めてだよ……」
最初からこうしておけば変なトラブルも起きなかったのかもしれない。
必ず後からじゃないと気づけないんだ、そういう部分は愚かと言える。
やっぱり食事というのは重要なんだ、相手がいれば尚更のこと。
「渚沙、俺は先に帰ってるぞ」
「うん」
津郷さんだけを残されても困るんだけど。
とりあえずこちらは洗い物をすることにした。
「山口君、ちょっといい?」
「洗い物を――分かったよ」
向こうへ戻ったらいきなり頭を下げられた。
それからごめんとも大きい声で、テトラがびくっとしたぐらいだ。
あまり長時間家にいてもらうのもあれだからと外に出して戻ってくる。
「謝っても許されることじゃないけど、ずっと言いたかったの」
「うん」
助かった、これで気まずい時間というのもなくなるだろうし。
例えば会話をする際なんかにも黙られると調子が狂ってしまう。
「孝輔と隣同士にしてくれて嬉しかった」
「やっぱりそういう気持ちがあるんだ?」
「違うよ? 他の子の隣よりはってこと」
「あ、なるほどね」
なんかあんまり嬉しくないな。
それはつまり僕から離れられて良かったということでもあるし。
流石僕の嫌われ能力、いや、そう考えると先輩はすごいな。
「孝輔は優しいからさ、だからこそあんまり頼らないようにしたいんだけど難しくてね」
「僕にも優しくしてくれるからなあ」
普通に話せる相手というだけでも貴重なんだ。
しかもそのうえで遊びに誘ってくれたりもする、そりゃいたくなるよ。
「最近はべったりになっちゃっているような気がしてね……」
「いいんじゃない? 幼馴染から頼られて嬉しくないわけないだろうし」
「だめなんだよそれじゃ! 孝輔には好きな子――いや、人がいるんだからさ!」
「ははっ、それってもしかしたら先輩だったりしてね」
「そうだよ」
うそっ!? いやまあ、確かに魅力的な人だけどさ。
へえ、そうなんだ、そんなことがあるなんて思わなかった。
一緒にいるところを1度も見たことがないわけだし、かなり驚きだ。
「図書室か南校舎前によくいるんだよね?」
「うん。あ、それを三島君に教えてあげるの?」
「うん、好きな人と頑張ってもらわないと」
なんだか必死なのが気になるけど、そういうことなら応援したかった。
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