02話.[きっかけは全て]

「で、これはどういうことだ?」


 正直に言ってどういうことだと聞かれても困ってしまう。

 まさかこの、配布プリントぐしゃぐしゃ事件に当たり前のように関与しているように思われるとは、流石僕の嫌われ能力。


「すみませんでした」

「もっと大切な紙だとしたらどうするつもりだったんだ?」

「すみませんでした」


 こういうときに言い訳はしてはならない。

 とにかく謝り倒す、こうしておけば相手が折れるしかない。


「まあいい、次はするなよ」

「はい、すみませんでした」


 ちなみにこれ、初めてではないんだ。

 誰かがしたことを代わりに謝ることはもう何度目か分からない。

 ただ、こういうのが本当は1番困る、だってみんなも困るから。

 次に起こったのは係で職員室まで持っていくという仕事のとき。

 後から教科担任に呼び出された、提出物が適当なところに置かれていた云々で。役割分担をしているはずなのに、黒板を消す方を受けたほうが悪かったのかもしれない、どちらかと言えば楽だからねこっちの方が。

 とにかく、どんどんと周りからの信用度は下がっていった。

 何度も言うが僕が嫌われるのはどうでもいい。

 だが、こういうみんなに被害が及ぶことをされるのはちょっとね。

 で、そういうときに限って集めて持っていくという作業がくる。

 今度こそ途中放置はされたくないから代わりに持っていこうとしたんだけど、


「あんたに持たれたくない」

「そうだ、せっかく頑張ってやったのに無駄になったら嫌だし」

「というか触らないで」


 ほぼ詰みみたいなものになった。

 あれでも、これで相方が放置したとしても僕のせいにはならないか。

 素直に託して席に戻って、色々と考えることに。

 というか、これで仮になにかがあったら自分が犯人だって言っているようなものだからできないよなあ。

 こっちに限定的にしてほしい、みんなは巻き込まないでほしい。

 その後、みんなで悪口を言ってきてもいいから提出物を途中で放置したりはしないでほしかった。


「や、山口君」

「うん?」

「いや……」


 そりゃ話しかけにくいわな。

 そもそも津郷さんからすれば都合がいい状況ではないだろうか。

 どうしたって追い詰められれば人に頼らなければならないのが人間なわけだし、僕が頼ってくるかもしれない、なんてことを考えている可能性もあるはずで。でも、なんだかこちらを見るその顔はどうもざまあみろとかそういう風に考えているようなものには見えなかった。

 とりあえずその日はそれ以上なにもなく、至って平和だった。


「山口、お前ちょっと来い」

「うん」


 へえ、この空気でも話しかけてきてくれるのか。


「お前なにやってんだ」

「あ……うん、ちょっとむしゃくしゃして?」

「むしゃくしゃしろ! なに自分がやったみたいな雰囲気出してんだ!」


 そう言われてもクラスメイトはすっかり僕を敵認定しているし。


「まあ、慣れているからさ。僕が嫌なのはみんなの課題とかが危うく失くなりそうになることだよ、それ以外は別に気にしてないかな」

「渚沙から聞いていたことは本当だったのか」

「うん、悪口とかは全然苦じゃないよ」


 ああ、そういう点では効率的に僕を追い詰められているわけか。

 僕自身にだけ対象の行為をすると響かないって分かっているからだ。

 でも誰だ? 知っているのは津郷さんと三島君だけなのに。

 盗み聞きされていたのだとしても範囲が大きすぎる、バレたら自分が一気に責められることになると分からないのだろうか。


「ごめんね、僕のせいでさ」

「違うだろそれは、お前が謝ることじゃない」


 僕がいなければそもそも発生していないことだから謝ってるんだ。

 もう嫌われる達人なのかもしれない、こちらへ越してきたのは無意味になってしまうぞ。お金だって払ってもらっているのになにしてんだ。

 が、まだ終わったわけではないらしかった。

 翌日、女の子が大切にしていたハンカチが失くなったとかで僕が犯人にされた。まあ最近の僕の動向を向こう側から見れば1番疑わしいのは確かだとこちらでも思うが、


「違う、僕はやってないよ」


 流石にそれには否を突きつけるしかできなかった。

 だってそんなことをしたって損ばかりで得がないじゃないか。


「犯人はみんなそうやって言うんだよ」

「そうだよ、山口君が怪しいよ」


 何故他の子らが出しゃばってくるのか分からない。

 自分は関係ないだろ、僕を責めているぐらいならその間探してあげた方がよっぽどその子のためになる。少なくとも持っていない僕を問い詰めているよりかはね。


「そんなことしたってメリットがないじゃんか、僕はその子に微塵も興味がない、なんならここにいる全員にだって同じだよ」


 思っていることをぶつけたら当然その場は騒ぎになる。

 でも、そうだと分かっていても黙っているなんてできなかった。

 やるなら僕に直接やってこい、周りの子を巻き込むなよ。

 納得できなくてむすっとしていたら放課後になっていて。

 それでも帰る気にならなくて座っていたら三島君が涙をぼろぼろ流している津郷さんを連れてきた。


「え、津郷さんがやってたの?」

「やってたっていうか、周りに指示してたみたいだな」

「なんでそんなことを……」

「お前が頼ってくると思ったからだそうだ」


 で、考えたより簡単にみんなが僕を悪者にしてしまって困っていたということらしい。


「なんだ、そうなんだ」

「山口、こんなことを聞くのはあれだが、実際どうだったんだ?」

「んー、前にも言ったけどみんなの提出物とかに手を出されたこと以外は特に気になってないかな。あ、でも今朝のは駄目だね、やるなら全部僕にしてほしかったよ」


 なるほど、あのとき言いかけてやめたのはこれか。

 せっかく綺麗な顔を涙でぐちゃぐちゃにしたままでいる津郷さんには悪いけど周りを巻き込んだから簡単には気にしないでいいよなんて言えなかった。だからと言って責めることもしない、それだけ泣いていれば反省もしただろうから。


「連れてきてくれてありがとう」

「こいつが馬鹿なことをやっていたからだ」

「このことについては僕に任せてくれないかな?」

「分かった、俺は部活に誘われてるから行ってくるわ」

「うん、頑張って」


 結局こうして残ったってどうしようもないんだよな。


「帰ろうかな」


 とはいえ彼女は居づらいだろうし……ひとりで帰るのが1番か。

 本当に周りを巻き込んでなかったら気にしなくていいよで終わらせられたというのに。なんで敢えて昔の子達と似たような態度を取ってしまったのか。やり方は上手かったけど駄目だ、褒められることじゃない。


「あ、そういえばお昼に飲み物を買ったまま飲んでなかったんだよね」


 自動販売機があれば絶対に売っている炭酸ジュース。

 むすっとしていたから放課後まで開けてすらないそれ。


「ここに置いていこうかな、誰かが飲んでくれたら嬉しいかなー」


 これで明日放置されたままだったら先生に謝ろう。

 ぬるくてもなにかを飲めばすっきりすることもある。

 泣いたってしょうがない、なにかが変わるわけではないのだから。

 

「せめて個人攻撃になってくれれば……」


 信用というものは簡単に失くなるものだからいまはそれだけが唯一の望みだった。あとは彼女が変に責められるような流れにならなければ別にいいかなと、今後についてはそうとしか言えない。

 そこはまあクラスメイトに任せるしかなかった、こちらができることは精々願うことだけだから。

 でもなあ、悪口を言えないって言っていたのは津郷さんだったのに。

 やはりこの先誰からも好かれることはないんだろうなって思わずにはいられなかった。

 



 簡単に状況が変わった。

 僕の悪口を言うだけで済ますようになってくれたから一切気にせず動揺もせずにこの教室にいられている。

 ちなみに、ジューズはなかったから謝る必要もなくなった。

 仮に捨てられたのだとしても、中身を考えれば良くないけどもう彼女の物だったから文句は言えない。


「山口、一緒に飯食おうぜ」

「あ、うん、食べよっか」


 問題があるとすれば同じようなご飯ばかりしか食べられていないこと。

 レシピなんかそこら辺に転がっていて、スーパーだってそこら辺にあるのについつい手を抜いてしまう毎日だった。

 今日のお弁当の内容は白米に卵焼きだけとなっている。

 ああ、もうないのは分かっているけど先輩が作ってくれた中華丼は凄く美味しかったなあ。


「渚沙は?」

「お昼休みになった瞬間に出ていったよ」

「はぁ、そうか」


 別に悪口を言われているとかではないからまだいいけどさ。


「あの後、どうしたんだ?」

「ジュースを置いて出たよ、特に言うこともなかったからね」

「……責めなかったのか?」

「うん、でも簡単に気にしなくていいとは言えなかったよ」

「なるほどな。山口、ぴしゃりと怒ってやってくれないか?」


 そう言われてもなあ、基本的に誰かから怒られる方だったから無理だ。

 そもそも他人を叱れるほど立派な生き方をしていない。

 だからそこら辺については三島君に任せることにした。


「俺だと多分感情的になりすぎる、それに俺が怒るのは違うだろ」

「じゃあ、幼馴染として優しくしてくれれば――」

「駄目だ、いまのままじゃずっとこのままだぞあいつ」


 とはいえ、そうなると彼女がみんなの前で謝る必要が出てくる。

 そうすると絶対彼女を悪く言う人間は出てくるわけで、自分の思い描く理想の生活とは変わってしまうのだ。

 しょうがない、こうなったら僕がはっきり言おう。


「あ、いた」


 意外と近くで発見できた。

 言う、ここで言わないといつまで経っても変わらない。

 あとここを目撃してくれていれば全て自分が引き受けることができる。


「なんてことをしてくれたんだよお前!」


 やっぱり場所が効果的ではないからお昼休みの教室に連れ込んで叫んでやった。こうすればほら、津郷さんの味方をしてくれる人が沢山出てくるから問題ない。


「ふざけやがってっ」


 でも、上手くできてるかな? 怒鳴ったのなんて初めてだから無理している感じが出ていなければいいけど。

 試しに三島君を見てみたらなんか凄く中途半端な表情で見られてしまった、意味はないけど津郷さんを指差して連れて行くように頼んでおく。

 意外にも伝わって彼女を連れて教室から出ていってくれた。

 ふぅ、これで僕=悪という図は完成したから大丈夫だ。

 おまけにがつんと怒鳴ったから津郷さんもちょっとはマシだろう。

 そこを幼馴染である三島君がフォローしてくれれば関係が上手くいく、かもしれない。そこはまあふたり次第だ。


「山口君、君はもう渚沙ちゃんに近づかないでっ」

「あ、うーん、それはどうかなあ」

「はあっ? 言うことを聞けないって言うの?」

「どうなるか分からないからね、それに真横で近づくなって無理でしょ」

「それなら先生に頼むっ」

「うん、そうしてくれていいよ」


 元々隣同士だからってなにも変わらないし。

 三島君の席が彼女の隣になったらいいのにな。


「ねえ、三島君だったら納得できる?」

「当たり前でしょっ、あなたとは雲嶺の差なんだから」

「そうだよねっ、三島君って格好いいよねっ」

「え……」


 幼馴染だからって甘くするところばかりではないのが素晴らしい。

 また彼女も幼馴染である三島君相手にならはっきりと言えたということだからお互いに信用しているということなんだ。

 つまり隣同士になったら必然的に仲も深まっていくわけで、うん、悪いどころかいいことしかないなこれ。

 クラスメイトの女の子は早速先生に頼んでいた。

 その結果、僕と三島君の席が狙い通り交換になって助かった。

 移動した先では嫌そうな顔をされたけどどうでもいい、そういう顔とか視線には慣れているからね。


「あ……」


 そういえば窓際じゃなくなってしまったのはつまらないかも。


「山口、こいつが本当に悪かったっ」

「三島君が謝ることじゃないって、ちょっと僕も発散できたからね」


 彼の後ろに隠れるようにして立っている彼女には悪いが、大声を出すというのは意外と気持ちのいいものだった。似合わないから先程のを最後にしておきたいけどね。


「これから飯でも食いに行かないか?」

「お、いいね」

「あ、こいつもいるがいいか?」

「うん、逆に僕もいていいならって感じだけど」

「俺が誘ってんだから気にすんな」


 僕達が向かったのはファミレスだった。

 いっそのことファミレスのメニューを真似るのもいいかも。

 もちろん味が似ることはないだろうが、美味しいことには変わらない。


「「いただきます」」


 なにより湯気と匂いが食欲をそそる。

 だからここでもあっという間に食べ終えてしまった。


「おい、食べろよ」

「うん……」


 僕がいたら食べづらいか。

 でも、お金を置いて帰ろうとしたら三島君に止められてしまい……。


「山口もだぞ、あれが目的だったのか?」

「席を変えたこと? そりゃ津郷さんは三島君の隣の方がいいでしょ」

「ちげえよ、なんで進んで悪役演じてんだ」

「自分が原因だからね、それに中途半端な状態よりやりやすいから」


 きっかけは全て自分。

 なのに逆ギレしていたら当然クラスメイトは彼女の味方をする。

 彼女は責められなくなっていい、僕は気を遣わなくていいで最高だ。


「はぁ……、お前もお前だな」

「てへ」

「褒めてない。ただまあ、渚沙にぶつかったのは偉かったぞ」

「ありがとうございます」


 帰ったらテトラを抱いて褒美を与えなきゃ。

 なんでもかんでも追い詰めるばかりでは体が可哀相だからね。

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