第2話 王都襲撃

 アムス・フリーウッドの故郷である辺境の村ラピスを飛び立ってから、数分後。ギレウスは王都ベルドランの上空へとやってきていた。


 人間よりも視力がいいギレウスの目でさえ、王都の人々が豆粒ほどの大きさにしか見ることができないほど上空をギレウスは浮遊していた。


 王都ベルドランは、中央に城を構え、城の周りに城下町が広がる作りになっていた。これでは王都へ攻め込まれた際、最初に犠牲になるのは何の武器も持たないただの町民のはずだ。


 城は頑丈そうな石造りの高い壁で囲まれているのに対し、町の外壁は人間の背丈とそう変わらないほどの高さしかなかった。


 おそらく城の守りしか考えられていないのだろうと、ギレウスは思った。下賤な人間の考えそうなことだ。


 しかし、上空にいるギレウスは、直接、城を攻撃することができる。


 ギレウスは、大きく息を吸い込むと、巨大な火球を吐き出した。


 城へ向けて、立て続けに三発の火球。それは、城の外壁、中庭、城を象徴するように伸びる左右の塔。その右の塔の屋根に直撃した。


 途端に城の中が慌ただしくなった。


 また、アムス・フリーウッドの体が、正確には腰の下、尾てい骨の辺りに鈍い痛みが走った。


 この痛みは何なのか。暴竜神ぼうりゅうしんの力を使ったとはいえ、腰が痛くなるだろうか。


 ギレウスが考えている間に、城の中庭に一人の男が飛び出してきた。男は、ある程度地位のある人間なのだろう。キョロキョロと周りを見回し、上空にギレウスの姿を見つけると、大声で叫んだ。


「弓矢兵団、集合! 上空に魔族のような者がいる!」


 その声を聞きつけ、弓矢を持った十数名の人間が集合する。


「第一弓矢兵団、集合しました!」


 弓矢を持った中の一人が叫ぶように言う。


 先ほどの男がギレウスを指差し、叫ぶ。


「あの魔族に向けて、一斉射撃っ!」


 男の号令で第一弓矢兵団は、一斉に矢を弓に当てがうと、力一杯弓を引く。


「撃てぇ!」


 十数本の矢が一斉にギレウスに向かって放たれる。しかし、ギレウスは全く動くことなくその場に佇んでいた。フッと鼻で笑うと、


「自分達の武器がどこまで届くかも分からんのか」


 と、ギレウスは空中で一人呟く。だが、それは弓矢兵団の耳には届かない。


 複数の矢は、ギレウスの体に届くことなく失速すると、逆に地面に向かって降り注いだ。矢が降り注いだ先は、城下町の一部だった。突然、矢が降り注ぎ、町民が慌てふためくのが見えた。


 最初に中庭に飛び出してきた男は地団駄を踏むと、悲鳴のような声で叫ぶ。


「魔法兵団! 魔法兵団、集合!」


 すぐにローブに身を包んだ集団が中庭へと飛び出してきた。


 なるほど、考えるものだ。魔法ならば、弓矢のように飛距離が足りないということはない。放たれれば、障害物に衝突するまでは飛び続ける。つまり、ギレウスの所まで届くということだ。


 中庭へと飛び出してきた魔法兵団の中に、隊長だろうか?一人だけローブの色が違う人間がいる。他の魔法兵団は純白のローブに身を包んでいるのに対し、一人だけ漆黒のローブを身に纏っていた。


 漆黒のローブは、地団駄を踏んだ男に向けて頷くと、自分の周囲にいる魔法兵団に向けて指示を出す。


「第一魔法兵団、詠唱開始!」


 魔法兵団は、各々が持つ杖をギレウスに向けると、杖の先に括り付けられた玉に手を当て、ブツブツと口の中で呪文を唱え始めた。


 徐々に、杖の先の玉に光が宿っていく。


「放てぇ!」


 漆黒のローブの男が叫ぶ。それに合わせて、純白のローブを纏った連中が一斉に魔力を解放する。


 それは、複数の光の帯になって、ギレウスに向かってくる。


 一瞬、指がピクリと動いたが、ギレウスは考えを改めた。強力な魔法であれば、魔法障壁を展開しなければ、アムス・フリーウッドの体が持たないだろう。しかし、この程度の魔法ならば、魔法障壁を張る必要すらない。


 ギレウスは、そのまま光の帯を体に浴びる。その直後、爆発が起き、ギレウスの体の周りは白煙に包まれた。


「やった! やったぞ!」


 地団駄を踏んでいた男の声が響く。


 ギレウスが背中の翼を一扇ぎすると、体に纏わり付いていた白煙が消え去る。ギレウスの瞳に小躍りしている男の姿が飛び込んできた。


 男はギレウスの姿を見て、動きを止める。どうやら、本気であの程度の魔法で敵を殲滅できたと思っていたらしい。


「間抜けな人間どもめ。今度はこちらの番だ」


 ギレウスは大きく息を吸い込むと、先ほどと同じく口から巨大な火球を吐き出した。


 火球は、中庭へと一直線に落下していく。


 それを見た弓矢兵団、魔法兵団、そして、小躍りしていた男が散り散りに逃げる。


 火球は轟音と白煙を舞い上がらせた。煙が晴れると、中庭に巨大な穴が出来ていた。穴の大きさは、手を広げた人間が五人は簡単に入ってしまうほどだ。直撃していたら、人間は一溜まりもないだろう。残念ながら、ギレウスの位置からでは、逃げ遅れて直撃した人間がいたのかは判断できなかったが。


 火球では、攻撃が大雑把かつ強力過ぎて、ちゃんと人間を殺せたのか分からない。


 また、アムス・フリーウッドの体が、腰の辺りに鈍い痛みが走った。ギレウスは、その痛みを気のせいにして、城の一際広くなっている場所へと降り立った。


 そこは、アムス・フリーウッドの身長の三倍はある壁に囲まれた広場だった。壁は石造りでいかにも頑丈そうだ。壁には二つの出入り口があったが、その出入り口も鉄格子でやはり頑丈そうな作りをしていた。


 ここは一体何をする場所なのだろう?ギレウスが疑問に思っていると、壁の上に次々と人間がやってきた。その中には、先ほどの小躍りしていた男や弓矢兵団、魔法兵団も含まれていた。


 そして、鉄格子の出入り口の一つが開かれると、アムス・フリーウッドの倍はあろうかという男が窮屈そうに出入り口を通って広場へと現れた。


 巨人族か?ギレウスは広場へと現れた男を睨みつける。その男の後ろでは、出入り口の鉄格子に外から鍵を掛ける。


 どうやら、ここは闘技場のようだ。


 男は、アムス・フリーウッドの身長ほどある棘付きの鉄球を引きずりながら、ギレウスの前までやってくると、名乗りを上げた。


「我は、ガニメデ・ホエルオ。王都ベルドラン一の……いや、ドルティメニア国一の……いやいや、このオアンネース大陸一の戦士、目覚めの巨鯨、ガニメデ・ホエルオだ!」


 ガニメデは、そう言うと、棘付きの鉄球をブンブンと振り回した。鉄球には鎖が繋がっており、鎖はガニメデの手元の棒まで伸びている。いわゆるモーニングスターと呼ばれる武器だ。ガニメデがモーニングスターを振り回すのを止めると、棘付きの鉄球はドスンと地響きを立てて地面へと落下した。


 ギレウスも無駄に十七年間を過ごしてきたわけではない。人間や人間が使用する武器などについて、知識を得ていた。


 ガニメデが、剛力が自慢なのは一目で分かった。そもそも巨人族は、力が強いのが特徴だ。人間と魔族の中間のような存在である。


 ガニメデが持っているモーニングスターは、アムス・フリーウッドの身長ほどの棘付きの鉄球が付いている。普通の人間では到底振り回せる重さではないだろう。それをいとも簡単に振り回している。おそらく頭の中まで筋肉で出来ているに違いない。その頭を守っているガニメデの兜は自身が名乗った通り、鯨を模した兜になっている。身に着けている鎧も重厚で普通の人間が数人がかりでないと運ぶことすら出来ないだろう。鎧の所々には鯨の装飾が施されていた。


 バタバタとガニメデの後ろで音がした。


 見ると、ガニメデの後ろ、石造りの壁の上に他の人間とは違い、高級感のある服装の人物が複数現れた。あれが、王都ベルドランの王族だろう。突如、空から現れた謎の人物、対大陸一の戦士。それを見物しにやってきたに違いない。


 どの人物が、この国で一番の権力を持っているのだろう?ギレウスの関心はガニメデから王族達へと移っていた。


 それを察知したのか、ガニメデが再び口を開いた。


「こちらが名乗っているのに、名を名乗らんとは。一対一での戦いの作法も知らん田舎者か?」


 ガニメデの大声に、闘技場は笑いに包まれた。


 田舎者に間違いはないが、侮辱されたのはギレウスにも理解できた。ギレウスは、ガニメデを再び睨みつけながら口を開く。


「我は、ギレウス」


 ギレウスの言葉に、ガニメデの後ろの王族の中の一人の顔色が変わった気がした。


「それだけか? 背中の漆黒の羽に、姓がないとは。貴様、魔族か?」


「似たような物だ」


 ギレウスはそう言って、ニヤリと笑う。


「誰か、この物に剣を!」


 闘技場内の人間に向けて、ガニメデは大声で叫ぶ。すると、観客のどこかからか、一本の剣が飛んできて、地面に突き刺さった。


「使えぃ! 丸腰の相手では勝っても自慢にもならん」


 ガニメデは、またも大声で叫ぶ。闘技場の観客にも聞こえるようにわざと大声なのか、常にあの声の大きさなのか。


 ギレウスは大きなため息を吐くと、地面から剣を引き抜く。正直なところ、ギレウスは剣なんて使ったことがなかった。今まで使う必要がなかったからだ。


「いざっ! 尋常にぃ、勝負っ!」


 ガニメデの声が終わった途端、銅鑼が打ち鳴らされた。


 再び、超特大モーニングスターがガニメデの頭上でブンブンと風を切り始めた。


 ギレウスも剣を振りかぶる。しかし、ギレウスは剣の扱いに不慣れだった。振りかぶった勢いで剣はギレウスの手からすっぽ抜け、回転しながら遥か後方へと吹っ飛んでいった。


「せっかく剣を与えてやったというのに、馬鹿な奴だ!」


 ギレウスの剣が地面に突き刺さるのと同時に、いつの間にか間合いを詰めていたガニメデの超特大モーニングスターの棘付きの鉄球がギレウスに向かって飛んでくる。確かに、ガニメデは大陸一の戦士なのかもしれない。


 先ほどの銅鑼よりも遥かに大きい轟音が闘技場に響き渡る。巨大な棘付き鉄球が、ギレウスに直撃した。


 手応えのあったガニメデは、鯨を模した兜の下でニヤリと笑う。自慢の超特大モーニングスターが直撃すれば、人間は一発でお陀仏だ。仮に相手が魔族であろうと、相当のダメージを与えているはずだ。


 しかし、ガニメデの目の前の男は、巨大な自分と同じサイズの鉄球を平然と片手で受け止めていた。


「そ、そんな、馬鹿な……」


竜の皮膚ドラゴン・スキン


 呟いたギレウスの腕がみるみる黒くなっていく。それはギレウスがシャツを腕まくりしていたからこそ分かったことであるが。そして、黒くなっていくと同時に、鱗のような物が現れた。まるで、ギレウスの腕がドラゴンの腕にすり替わっているかのように。漆黒の鱗に包まれた腕は、爪の先までドラゴンそのものの姿に変貌した。その爪は鋭く、鋼鉄の鎧でも簡単に引き裂けそうだ。


 ガニメデは、次の攻撃を放とうと、モーニングスターを手元に引き寄せようとするが、ピクリともしない。


 モーニングスターの鎖はピンと張られている。目の前の男がものすごい力で抑え込んでいるのだ。


 しかし、そんな馬鹿なことがあるのだろうか。実際に目の当たりにしても、ガニメデには信じられなかった。こんな小男と自分の力が拮抗することなどあるはずがない。いや、あってはならない。


 その拮抗は、突然、解かれた。ギレウスが抑えていた腕をほんの少し動かしたのだ。それによって、巨大な棘付きの鉄球は、まるで焼き菓子のようにボロボロと崩れ落ちた。


 引っ張っていたモーニングスターの鉄球がなくなったことで、鉄球を繋ぎ止めていた鎖は力の行き場を失い、ガニメデに向かって来る。しかし、鎖がガニメデに当たることはなかった。ガニメデも力の拮抗が解かれたことによって、後ろによろけ、尻餅を付いていたからだ。もし、尻餅を付くことがなかったら、鎖はガニメデの兜に直撃していたに違いない。


 ギレウスが、左腕を前に突き出す。すると、腕の外側が手首から肘にかけて伸びていく。手首側は短く、肘に向かうについて長くなっている。それは、まるで広げた扇を腕に着けたかのような形状だった。それが鋭い刃のようだということは、未だに尻餅を付いているガニメデの瞳でも確認ができた。


 ギレウスは一瞬でガニメデとの距離を詰めると、その首を目掛けて刃を振るう。


「そこまでっ!」


 ギレウスの動きが、いや、闘技場中の人間の動きも停止した。


 その直後、ガニメデの鎧の首の前部分が地面に転がる。ギレウスの左腕の鋭い刃で鎧を切り裂いたのだ。誰かが止めなかったら、今頃、ガニメデの頭と胴体は離れ離れになっていたことだろう。


 それを想像して、兜の下でガニメデの顔が青ざめる。


 ギレウスは戦いを止めた人物を睨みつける。まだ、左腕はガニメデの首元に突きつけたままだ。


「誰だ、貴様は?」


 ギレウスが疑問を投げかけたその男は、闘技場の中にいる人間の中で一番高貴な服装をしていた。


「私は王都ベルドランの王、ヴァイシュバー・ベルドラン十三世。貴様こそ何者だ?」


 ベルドラン王はギレウスにそう答えつつ、反対に疑問を投げかけた。


「我はギレウス。暴竜神ギレウスだ」


「ギレウス?」


 王の顔に変化はない。名前を聞いても疑問が晴れないといった表情を浮かべている。


 そこへ、ベルドラン王の後ろから老人が駆け寄る。先ほど、ギレウスの名を聞いて顔色を変えた王族の一人だ。


「ベルドラン王。暴竜神ギレウスの名を聞いたことはありませぬか? 一万年生き、その逆鱗に触れた大陸は、数時間で焼き尽くされるという。あの天空に浮かぶ魔王デュラバーンの城ですら、ギレウスの住む場所は避けて通ると言われる、あの暴竜神の名がギレウスですぞ!」


 王は駆け寄った老人を一瞥すると、口を開く。


「大臣、マジワシか。……一万年生きる竜。おとぎ話だとばかり思っておったわい。実在するとはな」


 突然、ガニメデが尻餅を付いている闘技場の地面が濡れ始めた。それは、次第に広がっていく。どうやら、ガニメデが恐怖で失禁したらしい。


 ギレウスは、それを避けるため、一歩退く。


 ベルドラン王は、意に介せず再びギレウスに疑問を投げかける。


「しかし、暴竜神ギレウス。暴竜神と言えば、竜の中の竜であろう。なぜ、そんな人間のような姿をしているのだ?」


 その疑問に、ギレウスは苦虫を噛み締めたような顔をする。


 左腕の刃をしまい、フワッと巨大な背中の翼を羽ばたかせ、ギレウスは宙に舞う。そのまま、ベルドラン王の視線の高さまで浮かび上がった。


 人間に見下ろされ続けているのは、気分が悪い。


 闘技場の空気が一気に冷たくなる。普通の人間でさえ、ギレウスの体から大量の禍々しいオーラが発せられているのが分かるようだった。ベルドラン王の質問が暴竜神の逆鱗に触れたに違いない。


 闘技場の人間全員が息を飲んだ。息をしただけでも殺されてしまうのではないかと思えたからだ。


「転生神ラークルスの仕業だ! 竜は寿命が来て死んでも、竜に転生するのが習わしだというのに。我をこんな弱々しい人間の体に転生させおった!」


 あまりの怒りに、話しているギレウスの口から炎が漏れ出たように見えた。闘技場の空気がビリビリと震える。


 闘技場中の人間が押し黙っているのに、流石に一国の王であるベルドランだけは毅然と暴竜神に対峙していた。


「暴竜神ギレウスよ、お主の境遇は分かった。人間には理解できるものではないだろうが、竜が人間に転生させられたのは不遇に思う。しかし、何故、王都ベルドランへやって来たのだ? 行くなら、転生神のいるであろう天界ではないのか?」


「何も知らぬな、ベルドラン王。いくら暴竜神と言えど、そう易々と天界には行けぬ。この世界から天界に渡るには、天界の鍵が必要なのだ」


 ベルドラン王は腕を組み、黙ってギレウスの話を聞いている。ギレウスはニヤリと不敵に笑みを浮かべると、話を続けた。


「我一人では、どこにあるかも分からぬ天界の鍵を探すのは不可能に近い。見つけられても相当時間が掛かるだろう。だから、天界の鍵を探す人数を増やすために、ここにやって来たのだ。たった今から、この国は暴竜神ギレウスの配下とする! 安心しろ。すぐに他の国も制圧して、人間界の全てを支配してくれるっ!」


 再び、ギレウスの口から炎が漏れ出た。


 一瞬にして、闘技場は怒号で包まれた。数名を除いた闘技場中の人間が、ギレウスの提案に対して異議を唱えている。


 異議を口にしていないのは、ベルドラン王、王の後ろにいる大臣マジワシ、そして、ギレウスと戦い、尻餅を付いて失禁したガニメデの三人だけだ。


 ベルドラン王が一歩進み出て、右腕を天高く突き立てる。


 それで、闘技場の怒号はピタリと止んだ。


「もし、それを断ったらどうする?」


「我は暴竜神だぞ? この国を焼き尽くすだけの話だ」


 ギレウスの回答に、闘技場は再び怒号に包まれた。


「我らは戦うぞ! 戦わずに負けを認めるなんてできるか!」


「暴竜神がなんだって言うんだ! 結局は一人じゃないか、王都の兵士数万人を相手にできるものか!」


 そんな声がギレウスの耳に届いた。


 人間は群れると強気になるようだ。群れるというのは、ギレウスにはない感覚だった。竜が群れることはない。そもそも竜は世界に数頭しか存在しないのだから。


 空中に浮かんでいるギレウスの、アムス・フリーウッドの瞳が怪しく赤く光る。


「竜一頭で、人間数万人を相手にできないかどうか、見せてやろう。暴竜炎息サラマンダー・フレイムッ!」


 ギレウスは大きく息を吸い込むと、口から巨大な炎を吐き出した。それは、まるで炎の竜のような形になり、ベルドラン城の左側の塔目掛けて飛翔すると、石造りの塔を一瞬で焼き溶かし、蒸発させる。炎の竜は、そのまま上空へと吸い込まれていった。


 ギレウスの、アムス・フリーウッドの瞳が元の漆黒へと戻る。それと同時に尾てい骨の辺りに鋭い痛みが走る。暴竜神の力を使うと尾てい骨が痛むのだろうか。


 ギレウスから放出された炎の竜を見て、闘技場は水を打ったように静かになった。もう、暴竜神と戦おうという馬鹿な考えを口にするものはいない。大陸を数時間で焼き尽くせるというのもまんざら大げさではないと感じただろう。


「さぁ、どうする、ベルドラン王。国民全員が人質だ。素直にこの国を明け渡せば、無駄な殺生はしないと約束しよう」


 ギレウスは両手を広げて、ベルドラン王に回答を迫る。


「マジワシ、わしの剣を持て!」


 ベルドラン王は、言いながら踵を返す。少しすると、ベルドラン王が闘技場の出入り口に立った。


 鉄格子が開き、ベルドラン王が闘技場に現れる。剣を手にし、鎧に身を包んでいるところを見ると、どうやら、ギレウスと勝ち目のない戦いをするつもりらしい。


「父上っ! 止めてください、父上っ!」


 闘技場の観覧席、王族がいる辺りで幼い少年が叫ぶ。


「ザインッ! 父の戦いを、その瞳にしっかりと刻んでおけっ!」


 ベルドラン王は観覧席に向けて叫ぶと、ギレウスに向き直り、鞘から剣を引き抜く。その剣は、先ほどギレウスが手にした剣の倍の長さと幅がある巨大な剣だった。装飾も豪華で、王が手にするに相応しい見た目をしていた。


 その後ろでガニメデがすごすごと闘技場から退場していく。ベルドラン王には、すでにガニメデの存在は瞳に入っていないらしい。


「わしも十三代続いたベルドラン家の当主として、そう簡単にこの国は渡せぬ!」


 ベルドラン王は鞘を投げ捨てると、両手でしっかりと剣を握りしめた。その巨大さゆえに重さもあるのだろう。両手で扱わなければ、振り回せない代物のようだ。


 ギレウスに命を掛けた男の気迫が伝わった。真剣に相手をしなければならないだろう。


 ギレウスは闘技場に降り立つと、左手を右手の手首に添えた。


「全力で相手をしよう。……暴竜剣ギレウスレイヤー


 ギレウスが左手を離すと右腕の手首付近から竜の鱗がまっすぐ伸びて、刃と化した。刃は先ほどギレウスが手にしたーー正確には放り投げたーー剣ほどの長さがあった。


「いくぞっ!」


 ベルドラン王が、全力で剣を打ち下ろす。ギレウスはそれを頭上で易々と受け止める。


 ガキンッと金属同士がぶつかる音が闘技場に響き渡る。


 ベルドラン王は剣を引くと、今度は横に打ち払った。それもギレウスは受け止める。再び、金属音が響く。


 しばらくの間、闘技場には金属音だけが響いていた。誰も声を発しない。闘技場に居る人間は、ベルドラン王の命を掛けた勝負を一瞬でも見逃すまいと息を飲んで見つめていた。


 ハァハァとベルドラン王が肩で息をし始めた。一方、ギレウスの方は息が乱れてはいない。


 ベルドラン王は大きく息を吸うと、剣を正面で構える。


「ベルドラン家、奥義! 黒豹剣撃パンサースラッシュッ!」


 大きく空中に飛び上がると、ベルドラン王は目にも留まらぬ速さで剣を振るう。目にも留まらぬ速さの三連撃。


 しかし、ギレウスの瞳はそれをしっかりと捉えていた。全ての剣撃を受け止めると、ベルドラン王の首を目掛けて、刃を振るう。


 ベルドラン王はそれを受け止めようと剣を構えたが、ギレウスの刃は受け止めきれるものではなかった。


 ベルドラン王の剣が折れ、地面に突き刺さる。それに少し遅れて、ベルドラン王の首が闘技場の地面へと落ちた。


 静まり返る闘技場。誰も声を発せなかった。


 ドサリとベルドラン王の体が地面に倒れ込む。


「……ち、父上っ! 父上っ!」


 幼いザイン王子の声だけが闘技場に虚しく響いた。それは、幼い王子が、声を殺して涙する際に溢れたものだった。


 ギレウスは意に介さず、右腕を振り、刃についた血液を払う。左手でそっと刃に触れると、刃は音もなくギレウスの腕に収納された。


「今、この瞬間から、この国はドルティメニアからドラゴニアに改名するっ! 国中に伝令を送れっ! この国の支配者が変わったことを伝えるのだ!」


 ギレウスは大きく両腕を開き、闘技場にいる人間に大声で宣言をした。


 背中の大きな翼を羽ばたかせると、ギレウスはフワリと宙に浮く。そのまま、大きくジャンプするように、ザイン王子や大臣マジワシのいる王族の席へと着地した。


 ギレウスの背中の翼は仕舞われ、腕も竜のような鱗のある腕でなく、普通の人間のと同じ肌へと戻る。これで、ギレウスの見た目は普通の人間と変わらなくなった。ギレウスからアムス・フリーウッドへと戻ったかのように。


「さて、大臣マジワシ。早速、我が城を案内してもらおうか」


「はっ、はい。了解しました」


 マジワシは青ざめた顔で答える。


「そういえば、王妃はいないのか?」


 王子がいるということは、王のつがいの王妃がいてしかるべきである。男たちの戦いになんて興味がないから、この場にいないのか。それとも……。


「王妃様は数年前に亡くなっております」


 マジワシが答える。青ざめていた顔は幾分、本来の顔色を取り戻しつつあった。


「そうか……」


 ギレウスはザイン王子の方に向き直ると、声を掛けた。


「ザイン、悔しければいつでも父の敵討ちに来い。我は何時たりともそれを不服に思わん。強くなれ! 悔しければ、強くなれっ!」


 ザインはキッとギレウスを睨みつける。その瞳にはまだ涙が光っていた。


 ギレウスの言葉にザインは強く強く拳を握ると、父の、ベルドラン王の復讐を心に誓った。

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ドラゴン・テイル 今井雄大 @indoorphoenix

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