断章 在りし日の僕たち(2)

第41話 お金があっても、家族は買えない

 古織こおりちゃんの家に引き取られてからというもの。

 僕はすっかりグレてしまった。


 もちろん、美味しいご飯が三食きっちり食べられるのはありがたい。

 お小遣いも1ヶ月毎にもらえた。

 古織ちゃんの両親は汚い言葉遣いや、食事作法には少し厳しいけど、優しかった。


 でも、そこは僕の家じゃなくて、居場所がないように感じていた。

 「こいびと」の古織ちゃんが、いつも何か言いたげな目をするのも嫌だった。


「ごちそうさま」


 夕ご飯を食べるなり、席を立って、自室に駆け込むのもいつものこと。

 最初は、弘彦ひろひこさんや花恵はなえさんたちも気を遣って、


「何か怒らせるようなことをしたなら謝るよ」

「何か気に触ったことをしたなら言って?」


 などと言ってくれたけど、僕はといえば、


「別に何もありませんよ。いつも三食頂けるだけで感謝してますから」


 と不貞腐れた言葉を言って、割り当てられた自室に引っ込むのが常だった。

 不幸か幸いか、境遇を嘆いて暴れるような性格はしていなかった。

 でも、家族で一緒にご飯を食べに行きましょう、と言われても、


「結構です。食欲がありませんから」


 とにべもない返事をするのが常だった。

 だって、余所者の僕には居場所が無かったから。


 そんな僕の雰囲気を感じとったのか何なのか。

 いつしか、浩彦ひろひこさんと花恵はなえさんも何も言わなくなっていた。


「ねえ、みーくん。遊ぼ?」


 それでも、足繁く僕の部屋に通って、「こいびと」の古織ちゃんは声をかけてくれた。


 でも、僕は哀れまれてる気がして、


「元気がないからいい」


 とつっけんどんな対応をするのが常だった。


 お金があって、幸せがある倉敷家の家庭が羨ましかった。

 同時に、お金がなくて、同情で家に置いてもらっている自分が惨めだった。


 自室に籠もって、いつも思い出すのは、僕の家がちゃんとあった頃のこと。

 父さんと母さんが愛しくて、同じくらい憎かった。

 お金があれば、僕の家庭は壊れなかったんだろうか。


(僕はどうすればいいのかな)


 こんな態度を続けていると、倉敷家も追い出されてしまうかもしれない。

 でも、弘彦さんも花恵さんの事も家族とは思えない。

 それに、「こいびと」の古織ちゃんにもひどいことを言ってばかり。

 古織ちゃんがそんな女の子じゃないのはわかっているはずなのに。


(家を出れば、迷惑をかけなくても済むかな)


 いつしか、僕はそんな思考に至っていた。

 そう考えた僕は、満月の夜の日、僕はこっそりと倉敷家を抜け出した。

 やけっぱちだった。

 行くあてがあるわけでもなかった。


「月が綺麗だ……」


 倉敷家から歩いて10分くらいの所にある公園で、僕は黄昏れていた。

 一人、ブランコを漕ぎながら。


(独りで生きていければいいのに)


 子ども心に、こんな家出は無謀だってわかってはいた。

 でも、哀れまれて、同情で倉敷家のお世話になるのも嫌だった。

 だから、早く大人になって、誰にも頼らずに生活できれば、と。

 繰り返し、考えた。


(家族、が欲しいのかな)


 ふと、父さんと母さんの事を思い出した。

 あの時は、独りで生きていければなんて思ったことはなかった。

 だから、本当は独りで居たくないのかもしれない。

 でも、父さんも母さんももう居ない。

 だから、やっぱり独りで生きていくしかない。


(結局は、連れ戻されるだけなのに)


 世の中の仕組みというのは多少はわかっていた。

 僕の歳くらいの子どもがずっとほっつき歩いていたら、警察に保護される事。

 きっと、倉敷家に連れ戻されるであろうことも。

 

 だから、意味がないことはわかっていて、でも、そうせざるを得なかった。

 そんな事を考えていると、こつん、こつん、とゆっくりとした足音。

 足音の方向を見ると、見覚えのある人影。


「連れ戻しに来たの?古織ちゃん」


 急に僕が居なくなって、皆心配しただろう。

 きっと、目の前の古織ちゃんも。

 それをわかっていての言葉だった。


「ううん。違うの」

「何が違うの?」

「みーくんの気持ちが知りたいの。どうして、家出したの?」


 古織ちゃんは何故だか泣きそうな顔をしてそう言ったのだった。


 断章(3)に続く。

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