第40話 帰路
「ご案内いたします。この電車は、のぞみ号、東京行きです。途中の停車駅は……」
時刻は夜の7:00過ぎ。先程、新幹線が京都駅を出発したばかりだ。
「長いようで短かったなあ」
「うん。もうちょっと居たかったよ……」
窓の外を見ると、林が生い茂る景色だ。
「もう京都って感じしないよな」
自然豊かとは言えるかもしれない。
でも、古都京都のイメージに合うような景色じゃない。
「京都って、意外とちっちゃいんだね」
言いつつも、景色を焼き付けようと真剣な目つきで外を見る
気がつくと、ゴー、ゴー、と空調の音だけが聞こえていた。
「京都、楽しかったよなあ」
「いつもよりいっぱいイチャイチャしちゃったね」
「お前、恥ずかしい事言うなあ」
「みーくんも恥ずかしいことしてたと思うけど?」
「ま、まあ、そうだな」
隣に居る古織の事が、以前にも増して愛おしく思える。
これも、新婚旅行の効果だろうか。
「結婚してしばらく経つけどさ。また見方が変わったよ」
「どんな風に?」
古織は興味津々といった様子だ。
「うーんと。なんていえばいいんだろうな……」
昨日、今日の出来事を思い出してみる。
行きの新幹線の中で予定を立てたこと。
伏見稲荷にお参りしたこと。
祇園で人力車に二人で乗ったこと。
貸し切り露天風呂で二人きりだったこと。
色々と思い返して、恥ずかしい言葉が思い浮かんだ。
「……どうしたの?黙っちゃって」
「いや。ちょっとこれを言うのは恥ずかしい」
「昨日今日で今更だよー」
「それはそうなんだけどな」
「言ってよー。言ってよー」
「わかった、わかった。夫婦の共同作業だなって思ったんだ」
普段の家計のやりくりだって共同作業だ。
でも、いつも以上に二人で相談する事が多かった。
「凄く恥ずかしいこと言ってるよ、みーくん」
予想外の言葉だったのか、古織まで照れている。
「だから言いたくなかったんだよ」
身体中がなんだか熱い。
「でも……共同作業、当たってるよ」
「だろ?いつもより色々相談しただろ?」
道中どこに回るかとか、お土産は何を買うかとか。
「それもだけど、昨日と今日はずっとくっついてたよね」
「言われると、変な気分になりそうなんだけど」
自転車二人乗りで抱きしめられた事とか。
ホテルであれこれしたこととか。
色々フラッシュバックしてしまう。
「私は、変な気分でいいと思う。楽しまなきゃ損、でしょ?」
「楽しいっちゃ楽しいんだけど、落ち着かないんだよ」
その証拠に、また鼓動が激しくなってきた。
「恋の病、か」
「また言ってる。そういえば、恋愛してる時って、脳内物質が出てるんだって」
「ああ、それ、聞いたことある。身も蓋もない話だけどな」
しかし、体調不良かと間違う程の動悸。
触れ合っている時や古織の顔を見ている時の幸せな気持ち。
脳内物質がドバドバ出てると言われると、確かにと思える。
「逆にクールダウンする方法って無いもんかな」
「楽しもうって言った矢先に、無粋だよぅ」
不満げだけど、機嫌はいいらしい。
じゃれあって来るような甘い声だ。
「でも、この状態が続くと色々ヤバくないか?学校とか」
「授業中でも触れ合っていたくなるかも」
「だろ?」
休み時間ならまだしも、授業中にそんな事考えてたら、成績が落ちそうだ。
「昨日よりは落ち着いたし、きっと、大丈夫だよ」
「そうなるといいんだけどな」
お互いにコントロール出来ない心をやっぱり持て余し気味だ。
「あ、見てみて。友達の意見を聞くといいかも、だって」
何やら検索していたらしい。スマホの画面を突きつけてくる。
「友達、か。
「たとえば、だけど」
「あー、はいはい。バカップル、とか言われるだけだと思うんだけどな。そもそも、うまく行ってる相手をクールダウンさせるような真似してこないだろ、あいつら」
「じゃあ、思いっきり走ってみるとか!」
「それ、いいかもな。少し冷静になりそうだ」
「冷静になっちゃうのも寂しいけど」
「ま、なるようにしかならないか」
授業に身が入らないとか、そういう事にさえならなければいいのだ。要は。
「今回、いっぱいお金使っちゃったね」
確かに、拝観料や食事代、貸切露天風呂代にと色々使った。
「気にすんな。元々、こういう時のために貯めてたんだし」
「でも、金銭感覚がおかしくなってるかも」
「そこは要注意だな」
昨日今日の金銭感覚で、散財してお義父さんのお世話になるのは避けたい。
そんな事や旅行中の思い出を話しながら、新幹線は東京に向かったのだった。
そして。
「ただいま」
すっかり暗くなった玄関の電気を点けて、帰りの挨拶。
「おかえり、みーくん」
笑顔で迎えてくれる、古織。
旅行もいいけど、こんな日常もやっぱりいい。
そう思った途端に、身体中が重くなってきた。
「なんだか、急に疲れが……」
「いっぱい回ったから仕方ないよ」
「そういうお前は割と平気そうだな」
「私は甘いものいっぱい食べたから♪」
「そういう問題か?」
「そういう問題なの」
とにかく、疲れた俺は寝室に着くなら、大の字になって寝転んだ。
「みーくん、お風呂入らないと」
「わかってるけど、しばらく休ませてくれ」
「本当にお疲れ様」
「これくらいはな」
見慣れた天井を見ながら、我が家に帰ってきた事を実感したのだった。
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