第30話 抹茶パフェと妙な雰囲気

 先程から少し妙な雰囲気になってしまった俺たち。

 とはいえ、立ち止まっていても始まらない。

 京都駅を少し南に行ったところにある抹茶パフェ『ことこと』に向かうことに。


「なんか、時代劇に出てきそうな茶屋?って感じだな」


 少し古めかしい瓦葺きの屋根に、和風の赤い座席が外に置いてある。

 

「うん。なんか、本格的、だよね……」


 古織の返事はどこかぎこちない。


 普段見ない光景で新鮮……なのだけど、どうにもこそばゆい。

 ぎこちない動きで、古めかしい木製の扉をがらがらと横に引く。


「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」


 出迎えた店員さんは、大学生くらいだろうか……美人な女性店員さんだった。

 店員さんの後をついて、テーブル席に座る。


「……なんだか、恥ずかしいね」


 向かいの古織が、伏し目がちに視線を向けてくる。


「ああ、一体何なんだろうな」


 俺もたぶん、そうなんだろう。

 ふと、先程の店員さんを見ると、奥で何やら話しているのが見えた。


「なあ、あれって俺たちのこと話してるのかな」

「か、考えすぎだよ、もう」


 しかし、ちらちらと、こちらの方を見て、微笑ましげにしている気がする。


「それより、何か、頼も?」

「あ、ああ。そうだな」


 落ち着こう。昨日今日付き合い始めたカップルじゃあるまいし。


「抹茶パフェは……って、結構あるんだな」


 メニューには、三種類の抹茶パフェがあった。


「じゃあ、俺は、宇治茶パフェデラックスで」


 少し太いカップに入った写真を指差す。


「えーと、じゃあ、私は……京都の恋心パフェで」


 恋心。そのフレーズがタイムリー過ぎる。


「それってカップル向けの商品だったりするのか?」


 いかにもなネーミングだし。


「そ、そういうんじゃないよ。京都の恋心ってお菓子があるんだって」

「び、びっくりさせるなよ」


 いや、別にカップル向けで何か困るわけでもないのだが。

 なんせ、今回は新婚旅行で来てるわけだし。


「すいませーん」


 店員さんを呼んで、手早く注文を済ませる。


「……」

「……」


 妙に気まずいような心地いいような。

 ちらりと視線を送ると、同じように返してくる。


「一体何話せばいいんだろ」


 普段なら、適当におしゃべりを始めるのに。

 というか、さっきまでそうだったのに。


「何、話せば、って?」


 古織が目をまんまるにしている。


「ああ、悪い。声に出てた」

「普通に、話そ?普段、みたいに」

「ああ、普段みたいに、な」


 いやでも、普段ってなんだったっけ。

 ぎゅうっと抱きしめたりとか?

 って何考えてるんだ、俺は。


「それじゃ、祇園、楽しかったよな。色々」


 なんでこんなぎこちない話し方になってるんだ。

 それじゃ、ってなんだよ。


「人力車、眺めが良くて気持ち良かったよ」

「お前も可愛かったしな」

「うん。お熱い夫婦なんて言われちゃったよね」


 駄目だ。俺たち両方とも、脳がバグってる。

 祇園の時はもうちょい平常運転だったはず。

 そんなダメダメなやりとりをすること数分。


 俺たちの手元に注文したパフェが運ばれてきた。


「よし、食おう。いただきます」

「うん。いただきます」


 この妙な空気をごまかすためか、お互いに黙って、パフェを口に入れる。

 

「ああ、美味いな……」


 最下層に宇治茶アイス。その上にわらび餅や抹茶カステラなどなどを入れて、

 最後に宇治産の抹茶を振りかけた一品らしい。

 

「うん。美味しい……」


 ほう、とため息をつく古織。

 宇治茶ソフトに、ミルクゼリー、抹茶寒天などなど。

 あと、「京都の恋心」らしき抹茶チョコも入っている。


 しかし、少し冷静になってみると。


「なんで、付き合いたてカップルみたいなことやってるんだろうな」

「それは私が聞きたいよ」


 一体、何年こいつと一緒にいたんだっけ。15年か。

 まだ、まっすぐ顔を見るのに照れが先に来る。


「新婚旅行ってか、初デートみたいだよな」

「し、新婚旅行っぽいと思う、よ?」


 古織も自信がないらしい。

 新婚旅行というのはもっと落ち着いたものではなかったのだろうか。

 いや、本来は気恥ずかしいのが自然で、俺達が変だったのか?


「ほい、あーん」


 食べさせ合いっこなんてのも、よくすることだ。そのはずだ。

 しかし、今更、あーんとかないだろ。

 もっと雰囲気で自然にやっていたはず。


「う、うん。あーん」


 ぼーっとした様子で言われるままに開けた古織の口に

 パフェを一口分放り込む。


「……美味しい」

「そうか。良かったな」


 何が良かったのだろうか、俺は。

 

「はい、あーん」


 今度は古織の方からあーんされる。

 だから、なんで「あーん」ってわざわざ言うんだよ。

 「京都の恋心」のかけらがスプーンに乗っている。


「……美味い」

「良かった」


 いや、お前は何が良かったんだ。


 このままの雰囲気だと色々まずい気がして来た。


「ちょっと、トイレ」


 席を立って素早くトイレに向かう。


◇◇◇◇


「あー、少し頭が冷えた」


 冷水で顔を洗って、だいぶ冷静になった。

 まだ、気恥ずかしさは残るが、たぶん、大丈夫。

 これで、妙な雰囲気も一段落だ。うん。


 そう思って、トイレの扉を開くと、


「あ、みーくん」

「古織もトイレ、か?」

「う、うん」


 妙に気恥ずかしそうな古織と俺は入れ違いに。


(しかし、ちょっとした褒め言葉一つであんな空気になるとは)


 思ってもみなかったことだった。

 再び着席して、そんなことを考える。


「お待たせ、みーくん」

「ああ……って、顔に水滴がついてるぞ?」

「う、うん。ちょっと顔洗ったから」


 どうやら、古織も似たことを考えたらしい。


「考えてみるとだ」


 さっき考えたことを言葉にしてみる。


「どしたの?」

「さんざんバカップルとか言われても、俺たちって平気だったろ?」

「うん。そうかも」

「あれってさ、俺達があんまりカップルぽい雰囲気になったことがなかったせいじゃないか?」


 一緒にいるのが普通。

 だから、バカップルと言われても気にしない。

 そんなノリだった気がする。


「でも、今の様子をからかわれたらさ、すっげえ照れそうなんだよな」

「私達って意外と初心だったのかな……」


 そんな事を語りあう俺たち。

 普通の恋人が本来経験するはずの何かを飛ばしてしまったのかもしれない。

 そして。


「なあ、あの店員さんたち、絶対俺たちの事話してるよな」


 やっぱりちらちらとこちらを見ながら、何やら話している。

 それに、近くには他にお客は居ないし。


「うん。たぶん……」


 傍から見ると、初々しい様子だったんじゃないだろうか。

 色々いたたまれない。


「まあ……仕方ないか」


 こういうのも含めてきっと新婚旅行なんだろう。


「仕方ない?」

「ごめん、独り言。こういうのも、ありかもなって思ってただけ」

「だよね。それじゃ……はい、あーん」


 再び、あーんされる。相変わらず恥ずかしそうな顔のままで。


 こうして、パフェを食べながら、しばらく妙な雰囲気になった俺たちだった。


 恋の病というのは本当らしい。

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