第29話 満員バスの中と初々しい空気
「やっぱりバスがしんどいな……」
「うん。京都の人たち、いつもこんなのかな」
相変わらず満員のバスである。とにかく、現地の人よりも観光客と思しきお客さんが多い。瞳や髪の色、顔つきからわかる範囲でも、外国人の方は都内よりも多いくらい。
ちょっと気になって、"京都 人多過ぎ"で検索してみると。すると、出るわ、出るわ。
「あー、自転車使ってりゃ良かったかもな」
検索して出てきた、「京都での人混みを避けるコツ」という記事を見る。
ぎゅうぎゅう過ぎて、スマホで検索するのも一苦労だ。
「?」
「京都市内だと自転車が小回りが効くし、混んでない狭い道も行きやすいんだってさ」
「うんうん。京都って、車が入れないような、すっごい細い道が多いよね」
「だから、地元民は自転車を活用するんだってさ。レンタサイクルとか出来たかもな」
今更知っても少し遅いかもしれない。
「じゃあ、抹茶パフェ食べた後は、自転車借りて回ろうよー。バスはぎゅうぎゅうでしんどいし」
まさにバスでぎゅうぎゅうになっているから説得力がある台詞だ。しかし……こう密着していると。
「何かあった?」
不思議そうな表情の古織。俺が吊り革に掴まって、古織が俺に掴まるという体勢のせいで、彼女の身体のあちこちが俺に押し付けられている格好だ。
「えーとその、バス降りた後でな」
「?」
相変わらずはてなマークの古織。
◇◇◇◇
15分程満員バスでしんどい思いを味わった後。
「やーっと解放された」
「空気が美味しい!」
二人して、バスから解放された喜びを分かち合う。
「それで、さっきの態度は何だったの?」
古織は、忘れていなかったらしい。
「さっきはその、お前の身体が押し付けられて、色々……」
身体が反応しましたとここで言うのは憚られるので、お茶を濁す。
「みーくんのエッチ」
長年連れ添った仲。皆まで言わずともわかったらしい。
「そりゃ、お前がその……魅力的だから仕方ないだろ」
恥ずかしいが、せっかくの新婚旅行だ。
普段言いづらい褒め言葉も少し勇気を出して言ってみることにした。
「ど、どうしたの、急に?」
急にかーっと頬を紅潮させる古織。
可愛い。その仕草と声に、反射的に思ってしまった。
「新婚旅行だろ?普段言えない事も思いっきり言ってみようって」
「そ、そっか。みーくんもカッコいいよ?」
「あ、ああ。ありがとうな。大好きだぞ、古織」
「うん、私も大好き。みーくん」
妙にむず痒い空気が充満する。
そういえば、俺たちが高校に入ったばかりの頃。時折こんな空気になった事がある。
◆◆◆◆
高校の入学式の日。新しい制服に新しい学校。当時、既に恋人となっていた俺たちだったけど、その日はなんだか少し勝手が違った。高校の新しい制服に身を包んだ古織を見るとどうにもドキドキが止まらない。
その雰囲気が伝わったせいか、古織も妙に口数が少なかった。
心地よいようなドキドキするような、不思議な気持ち。
「みーくん、今日は私の制服、ずっとチラ見してたよね。何か変、だった?」
二人で帰る道の途中、古織が話を切り出してきた。
「ああ、いや。反対。なんだかすっごく可愛くて、まっすぐ見られなかった」
なんでだろう。昨日と今日で別に古織の中身が変わったわけでもないのに。
「そ、そっか。制服、似合ってたってこと?」
「ま、まあ。そういうこと、だと思う。たぶん」
「たぶんって?」
「いや、俺にもよくわからないんだ。頭の中がお前のことでいっぱいっていうか……」
今まで感じた事が無い気持ちで、俺にもよくわからない。
「実は、私も。ずっと、みーくんの事考えて上の空だよ……」
その言葉に古織の顔をじっくり見ると、なんだか瞳をうるませている気がする。
「これ、なんだろな。付き合って随分立つっていうのに」
なぜ、こんなにもドキドキして、一緒に居たいという気持ちが強くなるのだろうか。
「恋、なのかな」
俯いてぽそりとつぶやく声が聞こえた。
「っても、随分前から付き合ってるだろ。キスだってしたし」
あの時だってドキドキはした。だから、あの気持ちが恋なのだろうと思った。
「でも、お話で見るような、ずっとみーくんの事が頭の中が離れないみたいな気分は初めてだよ」
「そう、言われりゃ、そう、かもだが」
頭の中がふわふわしたような不思議な感覚。これが恋という奴なのだろうか。
「だとしたら、俺達は、今、初めて恋をしてる、ってことか?」
「そう、かも……」
言葉少なに答える古織。
結局、そんな雰囲気が1週間くらいは続いたのだった。
あの時は随分こっ恥ずかしかった。
◇◇◇◇
「これ、高校に入ったばっかりの時になった気がするぞ」
「うん。私も、それ思い出してた」
「スイッチが入るって奴なんだろうか」
さっきまでと同じはずなのに、どこか違う気分。
「でも、この方が新婚さんぽくていいかも♪」
こてんと肩を寄せてくる。
その仕草がいつもより100倍くらい可愛く見える。
「そうだな。愛してるぞ、古織」
「うん。愛してる、みーくん」
当たり前のように、そんな言葉が出てくる。
人目が気にならないというより、人目が入らないような、そんな気持ち。
どこか、ままならない気持ちを抱えながら、俺たちはスイーツカフェに向かったのだった。
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