第31話 夕日の中で

 抹茶パフェを食べながら、なんだか妙な雰囲気になってしまった俺たち。

 外を出ると、太陽が西に向かって沈みつつあるのが見える。


 隣をちらりと見ると、伏し目がちで、でも嬉しそうな古織こおり

 そんな表情をされると、衝動的に抱きしめたくなる。


「次、どこに行くの?」

「へ?」

「その。次の行き先」

「ああ……」


 腕時計を見ると、時刻は16時過ぎ。

 まとまった時間はないけど、もうちょっと見て回れそうだ。

 えーと、どこに行こうとしてたんだったか。

 まずい、まずい。って、そういえば。


「自転車借りて、って話だったな。ちょっと調べる」


 あぶない、あぶない。忘れるところだった。

 スマホを取り出して、ささっと調べる。


「ここから歩いて5分くらいのところで借りられるっぽいな」

「じゃ、行こ?」


 妙におとなしい感じで、そっと頭を肩に寄せてくる。

 今までこんな仕草して来たことってあったか?

 なんて一瞬考えるものの、そんな事がどうでもいいくらい可愛い。

 思わず、肩を抱き寄せてしまう。


「み、みーくん?」


 少しびっくりしたような声。


「おまえがそんな可愛いことしてくるから、だよ」


 そんな、理由にならない理由を口にする。


「可愛い、かな?」

「自覚してないなら、性質悪いぞ」

「なんとなく、してみたくなっただけなんだけど……」


 ちらりと右肩の方に視線をやると、上目遣いの視線。

 色々反則だろ。でも、まあ。


「諦めるしか、ないか」

「諦めるって?」

「恋の病って奴」

「みーくん、すっごく恥ずかしい事言ってる」

「お前も十分恥ずかしいことしてるだろ」

「そうかも……」


 普段なら、「歩きにくい!」なんて思いそうなところだ。

 でも、そんな事がどうでもいいくらいの多幸感。

 ゆったり、ゆったりと、数分の道のりを10分以上かけて歩いたのだった。


「すいません。ここ、1泊2日で自転車借りられるって聞いたんですが」


 京都駅の南から数分のところに、レンタサイクル『ゆるぽ』はあった。


「予約の方ですか?」


 大学生くらいの人だろうか。まだ若いお兄さんが応対に出た。


「いえ、予約はしてなかったんですが。しないとまずかったですか?」

「いえいえ、大丈夫ですよ。では、こちらの用紙にご記入ください」


 渡された用紙には、自転車の種類を選ぶチェック項目があった。


「なあ。タンデム自転車で、その、いいよな?」


 言った声は少し震えていた。

 借りようとしているのは、前後に長い二人乗りの自転車。

 視覚障害のある人などと一緒に乗る時に使うらしいけど。

 カップルや夫婦でのデートに使うこともあるらしい。


「うん。さっき、決めた、よね?」


 ここまでの道中、借りられる自転車の種類を見ていた時に出てきた代物。

 正直、普段の雰囲気なら、「さすがに恥ずかしいよ」

 とか言われそうだ。

 

 受付のお兄さんのどこか微笑ましげな視線を受けながら、借りた自転車に乗り込む。


「や、やっぱり照れるな……」

「うん……」


 すぐ後ろから、消え入りそうな古織の声が聞こえてくる。

 背中から回される手の感触。

 いかん、いかん。首を振って、頭をペダルを漕ぐ方に切り替える。


「後ろ、大丈夫か?」


 前に座る俺はともかく、後ろは勝手が違うだろう。

 

「大丈夫。でも……」

「でも?」

「ううん。なんでもない」


 何かを言いよどんだ気がする。

 けど、まあいいか。


「行き先、どうする?もうあんま時間ないけど」


 気がつけば、時計は17時を過ぎていた。


「このまま、ホテルに行っちゃおうよ」

「自転車借りるだけで、時間かかり過ぎだったよな。悪い」

「ううん。私も、うっかりしてたし」

「じゃ、自転車デートってことで」


 というわけで、ホテルを目的地にして出発。


「……」

「……」


 しばし、無言で二人して自転車を漕ぐ。

 烏丸通りと名付けられた大きな通りを北上していると、左側から夕日が差し込む。


「なんつーか、来て良かったな」


 夕日に照らされた、京都駅付近の景色はとても綺麗だ。

 新しい建物と旧い建物が混在する様子が、なんとも言えない雰囲気を醸し出している。


雪華せっかちゃんと幸太郎こうたろう君に感謝、だね」

「そうだな。いいお土産買ってこうぜ」


 しばし、言葉少なに二人してペダルを漕ぐ。

 

「……さっき、何、言いかけたんだ?」


 ふと、気になって尋ねてみる。


「えと……」

「言いにくいなら無理しなくても」

「背中、ドキドキ、する」


 その言葉に胸がドキンと高鳴る。っと危ない、危ない。


「お、おまえなあ……」


 ただでさえ、抱きしめられる感触でドキドキしてるってのに。


「だって、本当にそうだから」

「……」


 本当にこの雰囲気、どうしたものやら。


「ホテル、着いたらどうする?」

「先に、お風呂入りたい」


 お風呂か。意外と汗かいたしなあ。

 で、お風呂の後は夕食、その後は……。


「じゃ、じゃあ、そうするか」

「みーくん、エッチなこと、考えた?」

「……」


 図星を差されて焦る。


「まあ、新婚旅行、だし」


 それだけ答える。

 想定外というわけでもなかった。

 何度となく、こいつとはそういうことをしている。

 でも、この雰囲気するのは、とても照れそうだ。


「エッチ」

「……」


 怒ってないのがわかるだけに、照れくささがどんどん増していくばかり。


「後で考えようぜ」

「みーくんは、平気、なの?」


 平気、の意味が瞬間的にわかってしまう。


「そりゃ、平気じゃないけど。寝る時でいいだろ」


 まだそんな話をするには早い時間だ。


「……じゃあ、そうする」


 そうするって。

 なんで夕方に、こんな話をしてるんだ。

 もうなんか色々駄目じゃないか、俺たち?


 その後は、お互い一言も口にすることなくなく。

 烏丸御池からすまおいけにあるホテルまで到着したのだった。

 所要時間、約40分。

 自転車なら20分かからないところ、倍の時間をかけてしまった。


 旅行から帰った後、俺達は、元に戻れるんだろうか。

 でも、別に、戻らなくてもいいのかもしれない。

 本当に、恋の病というのは心地よくて、厄介だ。

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