第24話 業務用スーパーにて

 食費の節約の基本といえば、やはり安い食材を活用することだろう。

 たとえば、もやしはとても安い。

 納豆なっとう豆腐とうふなどの大豆食品も栄養価の割に安い。

 肉なら、牛肉より豚肉、豚肉より鶏肉がやすい。

 鶏肉でも、もも肉よりむね肉が安い、といった具合だ。


 ただ、それとは別に、業務用スーパーというやつはとにかく安い。

 売っている単位は大きいものの、グラム辺り単価は破格だ。


「みーくん、みーくん。これ、どう思う?」


 というわけで、平井ひらい駅近くの「肉のハナマサ」に二人して買い物に来ている。

 学校のある市ヶ谷いちがや駅と市川いちかわ駅の間にある駅の一つだ。


「うお。バカでかいな」


 古織が手にとって見せて来たのは、豚肉のブロックだ。

 いつものように二人して買い物をしている途中。

 牛肉のパックを手にとって見せてきた。


「1kgで980円だから、100gあたり98円だよ。安くない?」


 真剣な目で問いかけてくる。


「確かに安いな。冷蔵庫の中にはあわせられそうなものあったっけ」


 確かに安いは安い。しかし、おかずとして成立させるのは、他の食材が必要だ。


「ピーマン、キャベツ、しいたけ、辺りはあったかな」


 人差し指を唇にあてて、一つ一つ食材をあげていく。


「それだったら、豚肉のピーマン炒めとか?」


 なんとなく思いついた料理を適当に言ってみる。


「でも、ちょっと最近炒めものが続いてない?飽きてない?」


 少し気づかわしげな目。


「手間と値段考えると炒めものになりやすいよな。でも、俺は全然飽きないぞ?」


 本音だ。炒めものと言っても、油や調味料で味は千差万別。

 我が家でも、オイスターソースで炒めたり、スープの素を使ったりと工夫をこらしてくれている。


「そっかー。でも、これだけ大きいなら、煮物にしてもいいかもー」

「煮物か。いいな。豚の角煮とか?」

「豚の角煮は結構時間がかかるんだけど……挑戦してみようかな」

「無理しなくていいからな?」

「大丈夫。私も楽しんでやってるから、そこはどーんと任せて!」


 そう言ってくれるのが頼もしい。


「あ!メバチマグロのお刺身……すっごく安い」


 魚のコーナーでめざとく見つけた様子。


「200gで400円か……賞味期限切れそうだから、安いのかね」


 当然ながら、グラムあたり単価で言えばお刺身は高い方だ。

 しかし、お刺身でこれは、かなり安い。


「明日で使い切っちゃわないとだけど、どうする?」

「……よし、買おう。贅沢な気がするけどな」


 葛藤の末、刺し身を食べたい誘惑に負けた俺。


「せっかくだから、マグロステーキにもしてみようか?」

「せっかく刺し身用なんだぞ?」


 それを焼くのは少しもったいない気がする。


「でも、焼いたら鮮度が低くても美味しく食べられると思うのー」

「一理あるな」


 他にも、調味料や安い野菜など、業務用スーパーは誘惑が多い。

 しかし、安くするために業務用スーパーに来たのに、衝動買いをしては本末転倒。

 お互いに誘惑をセーブしつつ、豚肉、メバチマグロの刺身、野菜数種類を買ったのだった。


 帰り道にて。


「業務用スーパーってほんと安いよな。なんでなんだろな」

「なんだか、色々理由があるみたい。一度の仕入れ数が多いとか、パッケージがシンプルとか」

「言われてみれば。「プロ仕様」とだけ書かれてたりな」

「あの、「プロ仕様」って言葉も面白いよね」

「たしかになあ。でも、ほんとに「プロ仕様」のやつ、お店で使ってるのか?」

「どうだろ。私は外食の人じゃないし……」


 そんなどうでもいい会話。


「重いだろ。半分、俺が持つぞ」


 古織が抱えている袋は食材でいっぱいだ。


「うん。ありがと。旦那様♪」


 にこやかにそんな言葉を返す古織。


「こういうのもデートなんだろうか」


 お互いに片方の手をつなぎながら、もう片方の手で袋を持つ。


「私は、いつもデートだと思ってるんだけどなー?」


 じろりと見据えられる。


「いいけどさ。逆にデートの特別感が薄れないか?」

「ちっちっち。みーくんは、ほんっとに女心がわからないんだからー」

「今ので、どこにそんな要素があったよ?」

「私は毎日だってデートしてる気分なんだよ?」


 嬉しそうな顔をして言ってくれる。


「男と女の違いかもな」

「みーくんは違うっていうのー?」

「デートにはやはり特別感がほしいんだよ」

「今日だって、十分特別だと思うよ?」

「いつものことなのに?」


 一体何が特別だというのか。


「だって、こんな生活をずっと夢見てたんだから……だから、毎日が特別だよ」


 古織は真剣な瞳だった。毎日が特別か。


「そうだな。確かにそうかもしれないな」

「そうだよー」


 夕日が沈む中を、そんなことを言いながら俺たちは帰ったのだった。

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