第23話 30日間無料体験というやつ

 俺たちは、月8万円という限られた仕送りの中で生活をする必要がある。

 それには、食費を節約するだけでなく、娯楽費の節約なども含まれる。

 しかし、娯楽を一方的に減らすだけというのは意外とストレスがたまるもので。

 特に、映画好きな古織こおりにとっては大きなことだった。

 というわけでー


「~~~~♪」


 我が家の居間にて。

 俺たちは、映画『翔んで埼玉とんでさいたま』を一緒に見ていた。

 実家から持ってきたTVに、スティック型のデバイス『Fire TV Stick』。

 これで、テレビの大画面で動画鑑賞が簡単に出来る。

 Amazon Prime Videoの30日間無料体験を使って、無料で楽しんでいるのだ。


「しかし、これ、自虐ネタすごいよな。埼玉ディスりまくりだし」


 話を見ながら、何度も噴き出しそうになってしまう。


「でも、埼玉さいたまってたしかに何もないイメージだよねー」


 翔んで埼玉という映画を一言で説明するなら、

 県単位での戦争が起こるようなおかしな世界を舞台に、

 県民あるあるネタをふんだんに盛り込んだギャグストーリーだ。

 主に、埼玉、東京とうきょう千葉ちばあたりの県民ネタがふんだんに盛り込まれている。


「いやいや、さすがに埼玉県民には失礼だろ。埼玉だって何か……」


 と思い浮かべて、案外何も思い浮かばないことに気がつく。


「ほら。みーくんも何も浮かばないでしょ?」


 勝ち誇ったように言う古織。


「何度か行った事はあるけど、たしかに印象薄いよなあ」


 結局、なにげにひどい結論に至ってしまった。

 そして、物語は県民同士を巻き込んで闘争に移行する。


「なんか、真面目にネタやってるのが笑えるよな」


 作中の人物たちはあくまで真面目に埼玉解放運動を謳ったり、逆に抑圧したりするのだけど、その中のネタがシュール過ぎて、笑えてくる。


「うんうん。こういうネタは真面目にやってこそだよね」


 満足げにうなずく古織。


「しかし、俺達が住んでる市川も千葉だけど……地元だからの面白さってのあるよな」


 そんな感想を言い合いながら、2時間にも渡る映画を見終えた俺たち。


「次、何見ようかなー」


 スティックに付属のリモコンを操作して、あれこれ選んでいる。


「とりあえず、休憩にしようぜ。お茶入れてくるから」


 安い紅茶のティーバッグを出してきて、お湯を注ぐ。

 

「ほい。紅茶」


 二人分のティーカップをお盆に載せて、持ってくる。


「ありがと、みーくん」


 しばし、紅茶を飲みながら、日曜午後の陽気の中を過ごす。


「しかし、30日間無料体験はあるわけだけど。30日終わったら解約しなきゃだな」


 我ながらケチくさいことだと思う。


「うーん。デート代が節約されると思えば、1ヶ月500円もありだと思うよー」


 なるほどなあ。

 それに、ゲームや音楽での月額課金に比べれば、二人で満足できる分いいかもしれない。


「まあ、とりあえず30日続けてみて、それから考えるか」


 結局、あんまり見なくなるかもしれないし。


「でも、今はネットがあるから、無料の娯楽がいっぱいあるのがいいよね」


 紅茶を優雅に口に含みながらの一言。

 古織はこういうところは品がある。


「たしかになあ。一緒に楽しもうと思えば色々あるよな」


 俺たちがまだ子どもの頃は、そんな状況ではなかった。

 小学校の頃はスマホが出始めたばっかりだったし。

 基本無料で楽しめる、なんてコンテンツも少なかった。


「でも、そればっかだと休日は引きこもりになるよな」


 悩ましいところだ。


「そこは公園に行くとか色々工夫出来ると思うの。お金遣わなくても、楽しめるところだっていっぱいあるよ」


 どこまでも前向きなセリフ。

 しかし、少し気にかかることがあった。


「あのさ。食費もだけどさ……我慢させ過ぎてないか?大丈夫か?」


 古織はもともと裕福な実家がある。

 衣服にせよ娯楽にせよ、それなりにお金を遣っていたと思う。


「どうしたの?急に?」


 きょとんとした様子で聞き返される。


「結婚できて嬉しいのは本当だけど、我慢させ続けたくないからな。聞いてみただけ」


 我慢しているようだったら、お義父さんにもう少し仕送りを増やしてもらうことも。

 そんなことも考えての言葉だった。


「みーくんが気遣ってくれるのは嬉しいよ。でも、私だって自分の意思でみーくんと一緒に生きていくって誓ったんだから。信じて欲しいな?」


 まっすぐに俺を見据えて言ってくる。


「そうだな。野暮だった。これからずっと一緒なんだしな」


 好きな相手だから我慢させたくない。

 それは自然な感情だと思う。

 でも、俺達は、今更、気を遣いすぎる関係じゃなかったはずだ。


「そうそう。ずっと一緒なんだから。それで、次の映画なんだけどー」


 こうして、窓から差し込む日差しに照らされながら、のんびり過ごしたのだった。

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