第17話 なんでもいいは困るんだけど

 映画デートがあったその日の夜。


「みーくん、夕食、何がいい?」


 台所で夕食の準備を始めた古織に聞かれる。


「うーん、古織の作るものだし、なんでもいいぞ?」


 そう正直に言うのだが。


「だから、なんでもいいが困るの!」


 そして、古織からは相変わらずの少しムっとした返事。


「つってもな。白米と味噌汁、おかずに一品があれば言う事なしなんだが」


 あ、と付け加えて。


「もちろん、古織の料理の腕を信用してるからだからな?」

 

 そう言うのも忘れない。


「そういうけどね。私としては、飽きちゃわないかいつも気にしてるんだよ?」

 

 振り向いた顔は少し悲しげだった。その顔に心がズキンと痛む。


「そういえば、いつもなにげに少しずつ献立変えてくるよな」


 以前と違って食材の種類が限られているというのに、よくやってくれてる。


「いや、そうだな。作る立場のこと考えてなかったな。ちょっと冷蔵庫見るぞ」


 飽きないか気にして作ってくれてるのに無神経だったと思い直す。

 そして、立ち上がって、冷蔵庫を開ける。


「キャベツ、豆腐、納豆、お揚げ、しめじ、エノキ、鶏肉、……」


 買い置きしてある食材は割とある。


「どう?炒めものがいいか、茹でるのがいいか、味付けはどうかとか」


 古織にリクエストを求められる。

 

「肉はやっぱ欲しいな。あと、キノコも。野菜もあった方が……」


 とここまで考えて、料理スキルの無い俺には方向性がさっぱり浮かばない。


「じゃあ、炒め物にする?みーくん、濃い目の味付け好きでしょ?」


 炒めもの、と言われて、たしかに、それも悪くないなと気づく。


「じゃあ、鶏肉中心に炒めもので頼む」

「うん。じゃあ、始めちゃうね」


 リクエストを受けて、嬉しそうに準備を始める古織。


「なんかさ。俺の好みを押し付けるみたいで気が引けるんだよな……」


 思ったことをぽつりとこぼす。


「ちっちっち。みーくんはお嫁さんの気持ちがわかってないなあ」


 振り向いて、定番の「ちっちっち」を言われる。


「まあ、わかってないとは思うんだけど、実際、どういうことなんだ?」


 リクエストが無い方が自由に作れて気が楽なんじゃないのか?


「私はね、できるだけ、みーくんが美味しい!て思うものを作ってあげたいの」


 返ってきたのはそんな答え。


「考えてみて?みーくんが私を襲っちゃいたいとき」

「ぶっ。なんてたとえを出すんだよ、お前は」

「だって、それがいいたとえだと思ったんだもん」


 それに続けて、


「「どっちでもいい」と言われるのと、「抱いて欲しい」と言われるの、どっちが嬉しい?」


 そう言われる。


「「どっちでもいい」だとなんか、旦那に付き合ってやる感が出るな。なるほど」


 納得する。確かに、どっちでもいい、だと投げやりな印象を受ける。


「でしょ?だから、無理の無い範囲でリクエストして欲しいの」


 淡々と料理の準備をしながら、そんなことを言われる。


「そうだな。悪かった。これからはちゃんとリクエストするな」


 ずっと一緒だから何でも知っていると思っていた。

 でも、こうやって家庭を持って初めてわかることもあるのだと気づく。


「別に怒ってるわけじゃないから。だるい時は「なんでも」でいいからね」


 そう言ってくれる古織は本当に出来た嫁だと実感する。


 しばし、古織の普段の気遣いに感謝していると、いつの間にか夕食が並んでいた。


「はい。出来たよ−」

「って、えらく早いな」

「炒めものとお味噌汁、ご飯炊くだけだから。こんなもんだよ」


 さらりと言うけど、しゃべりながら出来るのはさすがだ。


「じゃあ、いただきます」

「いただきます」


 鶏肉とキノコとキャベツの炒めものをパクっと口に運ぶ。


「おお。美味い!すっげえご飯にあう」


 続いて、白米にも箸をつける。どんどん食が進む。


「もう。そんなに焦らなくても大丈夫だって」


 対面の古織はそう言いつつもはにかんでいる。


「いやいや、ほんと美味しいからさ」


 それから、味噌汁もずずーっと飲んで、あっという間に平らげてしまった。


「ごちそうさま。美味しかったぞ」

「お粗末様でした。節約しながらでも、意外といけるものだよね」

「ああ。組み合わせ次第でなんとかなるもんだな。ほんと、古織のおかげだ」


 立ち上がって、二人分の食器をシンクに持っていこうとすると。


「ああ、洗い物は私がやるって!」


 慌てた様子で古織も立ち上がる。


「今日くらいは俺にやらせてくれよ。洗い物くらいしないと落ち着かない」


 だが、俺はそれを制する。

 古織が俺のために美味しい食事を作りたいように。

 俺だって、少しは家事の約に立ちたいのだ。


「それじゃ、おまかせするね。ありがとう」


 なぜだかペコリとお辞儀をして、にこやかな笑み。


「どういたしまして。でも、なんでお辞儀?」

「ううん。みーくんも私のこと思ってくれて嬉しいなって。それだけ!」


 それだけ言って、立ち去ろうとする。


「あ、ちょっと待てって」


 逃げようとする古織を後ろから抱きしめる。


「ちょ、ちょっと、急にどうしたの、みーくん?」


 急に抱きしめられた古織は耳まで真っ赤にしている。


「おまえがそんな可愛いこと言うから悪い」


 おかげで、今、凄く、可愛がりたい気持ちになっている。

 後ろから、頬を撫でて、胸をふにふにと軽く揉んでみる。


「ちょ、ちょっと。感じちゃ……」


 ほぅと息を吐く姿は制服にエプロンという姿もあって艶めかしい。


「嫌か?」


 こたえがわかっていつつも、聞いてみる。


睦事むつごと、したいの?」


 恥ずかしそうに、そして、諦めたように言う。

 俺たち夫婦の間でのキーワード。


「ああ、したい。凄く。すっごく可愛いし」

 

 よく、こんなことを素面で言えるものだなと思う。


「もう。お皿洗いしてくれるんじゃなかったの?」


 くすっと笑いながらの一言。


「それは、睦事のあとで」


 そうして、ダイニングでの行為に及んだのだった。


◇◇◇◇


「はぅぅぅ。今日のはすっごく恥ずかしかったよ。後ろからとか……」


 ダイニングで乱れた衣服のままぼやく古織。


「つい、してみたくなって。古織も良かっただろ?」

「良かったけど……。でも、ダイニングが汚れちゃうよ」

「それはまあ悪かった。でも、たまにはいいだろ?」

「うん。たまには、ね。それにしても……」

「?」

「みーくんがふざけてくれないと、すっごく恥ずかしい」


 そう言う古織の顔は赤い。


「ひょっとして、行為の後、いっつもはしゃいでたのは……」

「だって、茶化さないと顔を見るのも恥ずかしいの!」

「そうだったのか。じゃあ、これからは思う存分恥ずかしがらせられるな」


 いい弱点を知った。


「なんか、いちゃいちゃって嬉しいけど、恥ずかしいよね」

「ま、まあな。でも、それこそ新婚さんぽくて良くないか?」

「うん。だから、これからも相手してね?旦那様♪」


 そう蠱惑的な表情で言う古織が印象的だった。

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