第18話 卓球の練習

「では、各自グループを作って、シングルスの練習を始めてください!」


 広い体育館に、教師の声が響き渡る。

 今日は週1度の男女合同での体育だ。

 合同体育はしばらくは卓球の授業で、今日はシングルスの練習だ。

 こういう授業の常として、日頃から仲の良い奴らで固まりがちだ。

 俺たちも、いつもの4人組でグループを作っていた。


「さーて、幸太郎。とっとと始めるとしようか」

「了解」


 まずは幸太郎とペアになって、シングルスの練習を始める俺たち。

 その隣では、


「じゃあ、雪華せっかちゃん。始めようか」

「私はあんまり得意じゃないから、お手柔らかにね」


 そんなやり取りをしている古織こおりと雪華。


 幸太郎こうたろうは、素の運動能力がかなり高い。

 スマッシュを叩きつけられたら、俺だとまず打ち返すことは無理だ。

 なら……


「ほらよっ」


 その言葉とともに、低めギリギリのサーブを打ち込む。

 相手がボールを浮かせること狙いの一撃だ。しかし……


「せいっ」


 狙いを込めたサーブは苦もなく打ち返されてしまう。

 再び打ち返す。

 そして、ラリーがしばらく続く。


(うーん、どうしたものか)


 ラリーを続けながら、考える。

 上手く台の角ギリギリを突けるといいんだが……。

 と考えている内に、逆にこちら側の台の角に打ち込まれる。


「あー、やられた」


 慌てて身体を動かそうとするも時既に遅し。 


「どんまい、道久みちひさ

「やっぱ幸太郎は上手いな」

「別に普通にやっているだけのつもりだけど」


 涼しい顔をしてそんな事をいいやがる。

 しかし、台の四隅を狙って打ち込むのは技術が必要だ。

 特に練習せずにそれが出来るのだから、才能という奴なんだろう。


 しばらく続けて、練習の時間切れ。

 3対9という大差でボロ負けだ。


「まだまだ練習が足りないなあ」


 そうひとりごちる。次の相手は古織だ。


「夫婦だからって手加減はナシだからね、みーくん?」


 目を爛々と光らせる古織。


「手加減なんてしなくても、こっちが不利だっつーの」


 言い合って、コートの向かい側にお互い立つ。

 女子の体操服は今の季節はハーフパンツで、残念ながらふとももが見えたりはしない。

 昔はブルマという奴を使っていたらしいけど、もっと色気があるのだろうか。


「みーくん、何か変なこと考えてない?」


 怪訝な視線を向けられる。なにげに鋭い。


「ちょっと体操服の深淵について思いを巡らせていただけだ」


 誤魔化して、練習に入る。最初のサーブは古織からだ。


「せいっ」


 そんな言葉とともに打ち込まれるサーブはかなり球速が速い。


「ほいっ」


 幸い、古織の卓球の時の癖は見慣れているので難なく返す。

 古織も同様に打ち返す。

 幸太郎の時と同様にラリーになる。

 卓球はそれなりに技術があれば、ラリーを続ける事自体は難しくない。

 ただ、段々とラリーの球速が早くなってきている。

 

(このままだと、追いきれなくなるな)


 そう判断した俺は、ラケットを右手から左手に持ち替えて、打ち返す。


「ああっ」


 持ち手を急に変えられて戸惑ったのか、古織が取りこぼす。


「よしっ」


 俺はガッツボース。一方、古織は不満そうな顔だ。


「急に持ち替えるのずるいよー」

「卓球のルールでラケット持ち替えたら反則っていうのは無いだろ」

「そうだけど……でも、今度はその手には乗らないからね!」


 ふんっと気合いを入れる古織。

 時間に余裕がないと持ち替えるなんて出来ないしな。


 今度は、俺のサーブだ。

 ラリーが続けば反射神経の問題で俺が不利。

 なら、これはどうだ!


「ほあーっ」


 気の抜けた掛け声で、あえて大きくバウンドするサーブを打つ。

 タイミングを狂わせる事を狙った一撃だ。


「っ……!」


 ただ、さすがに体勢を立て直して、すかさず打ち返してきた。

 しかし、球が浮いている。


「よしっ!」


 隙を逃さず、強烈なスマッシュを叩き込む。


「あー……」


 スマッシュに反応しきれなかったようだ。よし。


「みーくん、こういう絡め手ばっかり使うんだから……」

「それも戦術だろ?」

「じゃあ、こっちも、殺る気で行くんだから……!」


 殺る気でっってなんだよ。本気とは別なのか?


 続いて、古織のサーブ。


「っ……!」


 鋭い眼光で、低めギリギリかつ、球速の速いサーブ。

 しかも、ネットを超えたギリギリのところで、バウンド。


「さすがに無理か……」


 体勢を移動させても追いつかない。


「やったー!」

「おまえは一撃に賭けると強いんだよなあ」


 思えば、スプラッシュでやりあった時もそうだった。

 最終的には5対6で、僅差の負けで練習は時間切れ。


「うーん。いい試合だったねー」


 伸びをしながら、笑顔でこちらに向かって歩いてくる古織。

 しかし、その姿勢は……。

 

「どしたの?」

「いや、その、脇がちょっとな……」


 裾がまくれて、微妙に脇が見えているのをそれとなく指摘する。

 正面から指摘するのはどうも気恥ずかしい。

 家なら思いっきりいじめてやれるのだけど。


「みーくんのえっち」

「不可抗力だろ。つか、それこそ夫婦ならいいだろ」

「こういう場所だと別だよぅ」


 こんな風に恥じらう彼女はまた別の魅力がある事に気づく。

 そうだ。


「なあ、ちょっと思いついたんだけど……」


 と思いついた事を耳打ちする。しかし、


「体育の授業でまで、そんな事考えるのはどうかと思う!」


 古織からは白い目で見られてしまった。


「いや、出来心だった。悪い悪い」


 自分でもどうかと思う提案だったので素直に謝る。しかし、


「どうしても、して欲しい?」

「ああ。できれば。でも、嫌なんだろ?」


 いきなり家で体操服に着替えてと言われればちょっと引くのも当然。

 それに、事と次第によっては、そのまま致すかもしれないわけだし。


「私は嫌じゃないから……考えておく」

「え?それって……」

「あくまで検討するだけだからね!」

「NOならNOでいいんだけど。どっちなんだよ」

「色々葛藤してるの……だから、考えさせて」


 そんなよくわからない返事をされてしまったのだった。


(なんで、YESかNOの二択じゃないんだろう……)


 そして、一体、古織の中では何と何が葛藤しているのだろうか。

 そんな事を考えてしまった体育の授業だった。

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