第10話 ゲームで賭けをしよう

 クラス中をざわつかせた自己紹介が終わった後。


 春先生に呼び出された俺達は、お説教を食らったのだった。

 結婚はおめでたいけど、事前に報告して欲しいということ。

 自己紹介はやり過ぎだとか、新婚だからといって羽目を外しすぎないようにとのこと。

 さらには、他の生徒から変な目で見られないかも心配してくれた。

 でも、そこら辺は俺達の自己責任だろう。


 というわけで、昼休み。

 幸太郎こうたろう雪華せっかを交えて、一緒に昼食を摂ることになった。

 新居に引っ越してからお弁当を準備する暇もなかったし、普通に学食だ。


「あの自己紹介何なのよ……古織が漫才風味にやりたいとかいったんでしょうけど」

「雪華さんはよくわかってらっしゃる」


 高校1年の頃からの付き合いだから、俺たちの奇行をそれなりに見て来ている。


「そんな事で褒められても嬉しくないわよ。あんた達の奇行はいつものことだけど……」


 どこか白けた目つきで見つめてくる雪華。

 元々、目つきが鋭い方だから、こうして睨まれると凄まじく迫力がある。

 俺たちの中で一番常識人な雪華としては、色々不本意らしい。


「奇行はひどいよ。私達の人となりを伝えるには、あれが一番だって思ったんだよー」

「えーえー。きっと、皆、こう思ったでしょうね。「こいつら変人だ」って」

「えー?変人っていうのは、みーくんみたいに私を弄って遊ぶ人のこと言うんだよ―」

「何言ってやがる。今回のはどう見ても、お前がおかしいだろ」


 変な思いつきに付き合ってやったというのに。


「どちらかいうと、道久君は古織ちゃんの奇行に巻き込まれてる側だと思うけどね」


 幸太郎からの援護射撃。


「持つべきものは親友。俺は常識人だよな」

「道久も思いつきに付き合ってる時点で同類よ。全く……」


 ため息をつく雪華。


「苦労するな、雪華も」

「あんたたちのせいなんだけど……。ところで、結婚の経緯なんだけど、1月からって随分前よね」

「話してなかったっけ」

「聞いてないわよ。つか、聞いてたら、驚いてないわよ」

「あれから3ヶ月経つんだねー。懐かしい」

「あの時は驚いたな。いきなり結婚の話持ち出して来るもんだから」


 約3ヶ月前、古織が逆プロポーズをして来た経緯を思い返す-


◆◆◆◆


 時は1月4日。三が日が明けたばかりだった。

 親戚付き合いが深い倉敷家では、大晦日に三が日と行事が色々重なって大変だった。

 だから、その日は家で二人してだらーっとしていた。


「みーくん、卑劣だよ!そうやって、いっつも狙撃で苛めてくるー」


 絨毯にうつ伏せになって、グリグリとコントローラーを動かしながら、苦情を言われる。


 俺たちは、スイッチで超有名塗りつぶし型対戦ゲーム『スプラッシュ』を遊んでいた。

 スプラッシュでは、インターネット越しに世界中にプレイヤーと対戦できる。

 それに加えて、フレンド同士での共闘あるいは対戦を楽しむ事が出来る。

 そんなゲームにはまって1年以上余り。

 俺は、上位ランカーを示す「ウデマエX」という称号を取得するくらいやり込んでいた。


 一方の古織も俺に負けまいとプレイヤースキルをぐんぐん伸ばしていた。

 とはいえ、基本的にはプレイヤースキルは俺の方がやや上。

 そして、俺はチャージャーという武器で相手を狙撃して俺ツエーするのが大好きなプレイヤー。

 古織はローラーで塗り塗りしながら、相手を轢き殺すのが楽しいタイプのプレイヤー。

 ただ、武器同士の相性はあって、ローラーは近接しないと相手を轢き殺せない。

 だから、俺が狙撃でバシバシ古織のキャラを潰すことが多かった。


「諦めろ。悔しかったら、同じチャージャー選ぶとか、シューターで隙をつくとかさ」

「私は、ローラーにこだわりがあるの。だいたい、チャージャーって、卑怯くさいのが嫌なのー」

「こだわりがあるのはわかるけどさ」


 スプラッシュはプレイヤースキルがものを言うゲームだ。

 どの武器を使っても熟練すれば苦手な相手でも立ち回ることが出来る。

 だから、古織がローラーにこだわるのも不思議ではない。


「ローラーの方が正面撃破!って感じでカッコいいって思わない?ロマンがあるよー」

「ローラー派のロマンはわからんでもないけどな」

 

 ただ、と続けて。


「陣地を塗りつぶすのが目的のゲームで、やたら俺を殺しに来るから、返り討ちにあうんだが」


 スプラッシュの醍醐味は、4対4での塗りつぶしを使った陣取り合戦だ。

 プレイヤー同士で殺し合うのは妨害の手段ではあっても、目的ではない。


「でも、みーくんに負けっぱなしは癪に触るの!」


 闘争心むき出しの声でそんな事を言う古織。


「潰されに来るなら止めないけどな」


 ふふん、と勝ち誇る。これなら何度来ようが返り討ちだ。


「じゃあ、次。次のマッチで、みーくんを一回でもローラーで仕留められるか賭けない?」

「賭け、か。いいな。どうせ俺が勝つだろうけど。何賭ける?次のデート場所決定権でも、何でもいいぞ」


 この言葉を発した段階で、俺は勝ちを確信していた。

 だから、どうやって、古織をイジメてやろうかとそんな邪な想いでいっぱいだった。


「何でも、って言ったね?」


 その言葉とともに、強い視線を向けてくる古織。急に雰囲気が変わった気が……。


「無茶の無い範囲でな。お小遣い全部とかそういうのはさすがにアレだし」


 強い眼光に少し怯んだ俺は、そんな腰の引けた返事を返したのだった。


「大丈夫。返事をする権利はみーくんにあるから、無茶じゃないよ」

「返事ってなんだよ。何かのお誘いか?変わったデート場所とか」

「それは秘密」

「まあいっか。始めようぜ」


 付き合ってこれまで15年近く。

 色々なデート場所に行った俺たちは、変なデート場所やデート方法を開拓していた。

 だから、そういう思いつきかと思った俺はスルー。


 そして、勝負は始まった。

 お互いに反対の陣地からスタートした俺たち。

 俺はフィールドの中で高所になっているところをいち早く見つけ、そこに行くのが最優先。


「さーて、来い来い。叩き潰してやるよ」


 高所に陣取った俺はほくそ笑む。

 インクの貯蔵は十分。周りの視界も良好。これなら、絶対勝てる。


 しかし、待てども待てども古織はやってこない。


(時間切れ狙いか……?)


 不利と判断して、別のフィールドで仕切り直しというのは十分ありえる。

 ローラーにこだわりこそあるものの、古織は判断能力は高い。


(ちょっと不利になってきたな……)


 微妙に警戒されたまま、狙撃の範囲外から少しずつ陣地を塗潰して来る相手チーム。


(今回はチームでの勝ち負けはどうでもいいんだけど)


 そうこうしている内に、古織のチームにいる他のプレイヤーさんが妨害しに来る。

 そのたびに狙撃して叩き潰す。


(あ、やべ。インク切れた)


 幸い、下に降りて多少インクを補充してから戻るくらいの時間はある。

 その間にローラーで攻めて来ても回避出来る-そう思っての判断だったが、


「よし、勝ったよ!」


 古織のその言葉とともに、ローラーでの必殺技「スーパーチャクチ」が炸裂する。

 ゲージが貯まると使える技で、大ジャンプして周囲一体にインクを撒き散らす技だ。

 あっけなく、俺のプレイヤーはスーパーチャクチで殺られて、スタート地点に戻ったのだった。


「あー、殺られたな。完敗だ」

 

 最初から、スーパーチャクチで抹殺する気満々で、その機会だけを伺っていたのだろう。

 ゲームの遊び方としては邪道だけど、今回は実に正しい戦術だった。


「ローラーだってやれば出来るでしょ?」

「一殺に全部を賭けるプレイはおかしいけどな。で、何のお願いだ?」


 きっと他愛ないお願いだろう。


「あんまりにいきなりな、いきなりな、お願いだけど。びっくりしないでね?」

「なんだよ、その溜めは。びっくり箱みたいなお願いなのか?」

「きっとビックリすると思う」

 

 その言葉を発した古織は柄にもなくひどく緊張した表情をしていた。

 ここまで真剣な表情をした彼女を見るのは滅多にない。


「まあ、言ってみろって」


 そんな気軽な言葉に対して返って来た返事は、


「みーくん!私をお嫁さんにしてください!」


 そんな渾身の一撃だった。お、お嫁さん……?

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