第11話 逆プロポーズ
「みーくん!私をお嫁さんにしてください!」
そんな一言が、
「お嫁さん……?」
古織の言ったことの衝撃が大き過ぎて、言葉の意味を受け止めきれない。
「そう、お嫁さん。婚姻届を出す、と言い換えてもいいけど」
その目は真剣な輝きを帯びている。冗談じゃないのが直感でわかった。
「信じられないのなら……」
そう言って、机の中の引き出しから何やら持ってきた古織。
「はい、これ。
「は?」
「だから、婚姻届」
見ると、確かに、A3の婚姻届け用紙らしきものだった。
「理由、聞いていいか?」
古織は思いついた事を即実行するような奴だが、結婚の重みをわかっていないとは思えない。
「元々、考えていたことだったの。みーくんって誕生日が4月2日でしょ?その日になれば、私たちは結婚できる。お父さんやお母さんに許可をもらうこととか、親戚の人に色々伝える時間とか色々考えて、言ってもいいかなと思ったの」
怖いくらい真剣な瞳で理由を説明する古織。
「断られることはかけらも考えてないんだな」
幼稚園の頃からという、破格の長さの付き合いがあるにしても、全く躊躇した様子がない。
「約束」
「……ひょっとして、それは」
幼稚園の頃の、「お嫁さんになる」という他愛ない約束じゃなくて。
「うん。みーくんが
「グレてたとか人聞き悪いな。否定出来ないけどさ」
幸いにして、裕福な倉敷家に引き取られた俺だが、両親に裏切られたという思いは強かった。
それで、昔から仲良くしていた「こいびと」の古織にさえ心を閉ざしていのだった。
「言い分はわかった。俺も、あの約束を違えるつもりはないし、それはともかくとして、いずれは結婚したいと思ってる。でも、大学に上がってからでもいいんじゃないか?」
それが素朴な疑問だった。
「じゃあ、逆に、高校だといけない理由は、あるの?」
「そりゃ、周りの目とか、それに古織の親戚だって……」
「それは私の事情でしょ?みーくんは、どうなの?待ちたいの?」
「俺の、事情……」
思っても見なかった問いだった。
漠然と大学に入ってからだというイメージだったが、高校生だといけない理由はなんだろうか。
周りの目……今更クラスの連中にどうこう言われても、気にするだろうか?
あるいは、古織の親戚の目……多少は気にするかもしれない。
古織の両親の目。これは、気になるかもしれない。
「いやいや、やっぱ変だって。焦って結婚する
「私はあるよ、理由。子どもっぽい話だけどね」
少し顔を緩ませて、遠くを見るような瞳になる古織。
「私がみーくんのお嫁さんになる、って初めて言った時のこと、覚えてる?」
「さすがに、幼稚園児の頃だし。色々曖昧だな」
どういうシチュエーションだったのだろう。
「あの時ね。近くに、高校生のお兄さんとお姉さんが通りがかったの」
昔の事を思い出すとき、古織のやつは、ここではない何かを見ているような瞳をすることがある。
ビビったので聞いたことがあるけど、「情景が鮮明に浮かんでくる」らしい。
「言われてみれば、そんな感じだった気がするな」
当時、俺が住んでいたアパートの前で一緒に遊んでいた時の事。
学ランとセーラー服らしき服を来たお兄さんとお姉さんが通りがかった景色が思い出せる。
「お兄さんとお姉さんが、「結婚、いつにしようか?」「来月とかいいね」って話し合ってたんだ」
「凄い記憶力だな……真似できねえわ」
この眼をしている時の古織は、情景から連想して、色々な過去の記憶を引っ張って来れるらしい。
「にしても、そのカップルは、冗談言い合ってただけじゃないのか?」
付き合いたてのカップルが舞い上がって、結婚の話をし出すというのはよくあることだ。
「うん。でも、その印象が強くて……私の中では、高校生で結婚するイメージが出来ちゃったの」
刷り込みって怖いね、と自嘲しながら続ける古織が、何故だかとても可愛らしく見えた。
「……わかった。しようぜ、結婚」
その表情を見て、心は決まった。
「え?いいの?強引に迫るみたいになったけど……別に、大学生まででも待てるよ?」
あれだけ真剣に言ったくせに、急に慌てている古織。
「ずっと生きてくって約束しただろ。遅いか早いかの違いだけだ」
今更、誰か他の女性と一緒になる未来なんて考えられない。
だったら……というのが正直な気持ち。
「ありがとう。みーくん!大好き!」
そう言って涙ぐんだ古織は飛びかかるように抱きついて来たのだった。
「お、おい。急にされると照れるんだけど……」
「だって、すっごく嬉しいんだから……!」
俺はといえば、きつく抱きしめられるものだから、嬉しいやら恥ずかしいやら。
「あ。でも、浩彦さんと花恵さんの許可取らないとな。俺たち、未成年だし」
すっかり忘れていた事だった。
「その辺りは任せて!ちゃんと説得してみせるから!」
やる気に満ちた表情。これは、本気で勢いで説得しに行きそうだな。
「待て、待て。その辺はさすがに俺から言わせてくれ」
「なんで?私からのプロポーズなんだから、私が言うよ」
「いやいや。俺としては、「娘さんを俺にください」はやりたいって」
「みーくんは、うちに住んでるのに今更だと思う……」
「それは冗談だけど、男としてのプライドって奴」
「むー。じゃあ、とりあえず任せるけど。お父さんたちがOKしてくれなかったら、私がその気になるまで言うからね?」
「さすがに親子喧嘩はしない程度にな」
その後、やる気満々の古織を宥めるのには苦労したものだった。
◇◇◇◇
「……というわけ」
ところどころ大事な箇所は伏せながら、
「ゲームしながらというのが、あなた達らしいわね」
とは、雪華のコメント。
「日常の延長線上っていうのが、君たちらしいよね」
同調するように幸太郎のコメント。
「そのわかられ方は少しイラっと来るな」
「私だって、軽い気持ちで言ったわけじゃないよー」
俺達はといえば、大切な想い出を日常の一幕のように言われたのが少しだけ不満なのだった。
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