第3話 お義父さんとお義母さんからの条件

「お義父さん、お義母さん、古織こおりを俺にください!」


 倉敷くらしき家の和室の大広間にて。

 俺は、正座をして、浩彦ひろひこさんと花恵はなえさんの前で頭を下げた。

 反対されるのは承知の上。

 でも、俺を支えてくれた彼女の夢を叶えてあげたかった。


「頭を上げなさい、道久みちひさ君」


 浩彦さんからの優しく諭すような声。


「でも、高校生で古織を嫁にもらうというのは非常識ですし……」

「別に高校生で結婚の何が悪いんだい?」


 浩彦ひろひこさんの言葉が俺は信じられなかった。


「世間の目もありますし。それに、倉敷家だと親戚付き合いも……」


 倉敷家はそこまで古い家ではない。

 しかし、一族経営の都合上、様々な形で親族同士の付き合いがある。


「道久君は頭がいいから、心配してしまうのはわかるよ」

「はい……」

「でも、親として私たちが全力で守るから、気にしなくていい。だろう?花恵はなえさん」

「ええ。道久君と古織は昔から凄く仲が良かったもの。高校生だからなんて些細なことよ」


 思いのほか、あっさりと許可を得られたことに俺たちはびっくり。


「ありがとうございます、お義父さん、お義母さん。古織は絶対に幸せにします」

「ありがとう、お父さん、お母さん。私、幸せになるからね……!」


 俺たちはそんな言葉を送ったのだけど。


「先走る前に、ちょっと待ちなさい。道久君は、結婚というのは何だと思う?」


 厳粛な声で、そんなことを言う浩彦さん。

 結婚を認めてくれたと思ったら、唐突な問い。どういう意味だ?


「そのままの意味でですか?」

「そう。そのままの意味だ。思ったままを答えてくれればいい」

「ずっと一緒にいることでしょうか。あとは、家庭を作ること」

「家庭を作るというのは?」

「それはやっぱり、お義父さんたちから自立して生活をすることかと」


 浩彦さんの質問の意味はわからなかったけど、思ったままを答えていく。


「よろしい。では、結婚をするに当たって二つ条件をつけたい」

「じょ、条件、ですか?」

「ちょっと、お父さん。いきなり条件なんて聞いてないよ?」


 もちろん、あっさり認める方が変なのはわかっている。

 しかし、突然の条件に俺たちはビックリだ。


「待ちなさい、古織。お前たちにとっても悪い条件じゃない」

「悪い条件じゃない?どういうこと?お父さん」

「まずは……そうだな。結婚したら、お前たちには別の家に住んでもらう」

「別の家、ですか……」

「親が一緒だったら、安心して夫婦の睦事むつごとも出来ないだろうからな」

「睦事?」


 古風な言い回しの意味がわからなかったらしい古織。はてな、という顔だ。


「エッチな事の意味だ」


 小声でその意味を教えると、古織は真っ赤になって黙り込んでしまった。

 俺は俺で、新居で二人きりなんて想像すると、嫌でも胸が高鳴って来てしまう。

 新婚しんこん初夜しょやなんて言葉まで頭の中に浮かんで来る。


 その様子を見て浩彦さんはどう思ったのか、


「ああ、安心しなさい。家賃はちゃんと出すから」

「いえ、その心配はしてなかったですが……」


 浩彦さんはとりわけ、親としてやるべき事にこだわる人だ。

 可愛い一人娘を家から放り出すような事をするわけがない。


「わかりました。新しく住むところはどうすればいいでしょうか?」

「いきなり別のところにって言われても……」


 二人きりの生活は嬉しいけど、いきなり別の家にと言われても戸惑う。


「そうだな。家賃は8万円くらいを上限にしようか。夫婦で自分にあったところを選びなさい。あとは、親としては、あんまり遠いといざという時に困るから、ここから徒歩60分圏内だとありがたいかな」

「住居選びから、俺達がやれと」

「俺たちも手伝いはするけど、夫婦で揃って相談して決めなさい」

「わかりました。古織も、それでいいよな?」

「うん。場所選びは色々難しそうだけど……なんとかなるよね」


 揃ってうなずきあった俺たち。

 しかし、二人きり、二人きりか。

 古織の両親……結婚したら、お義父さんとお義母さん。

 その二人が一緒だからセーブしてきたあれこれのタガが外れそうで怖い。


「ところで、もう一つの条件というのは?」

「毎月1日に仕送り8万円を送る。これは、光熱費込みでだ。結婚した後は、基本的には仕送りだけで生活すること」

「俺は、バイトでもして稼ごうと思ってたんですが」

「二人とも、4月から受験生だ。大事な時間をバイトに費やすのはもったいない」


 至れり尽くせりで、そこまでしてもらっていいのかと思ってしまう。


「もし、仕送りの範囲で生活出来なかったら?」


 古織の質問。なるほど。古織は割とお小遣いをすぐに使っちゃう方だから。


「どうしても無理そうなら頼りなさい。ただ、一人前の大人だとそれは通らないというのは覚えておくこと。もちろん、俺達がいるときはいいが、人間、いつ死ぬかわからない。決めた範囲でやりくりをするのも、大切な事だ」


 娘夫婦への教育の一環といったところだろうか。そう納得しかけたところ。


「ちょっと、浩彦さん。そこまで言わなくてもいいんじゃないの?道久君なんかは、そんな条件をつけたら必要以上に頑張っちゃうわよ?」

「気持ちはわかるけどね。お金というのは怖い。いつでも親に頼れる、なんて考えるようだと、二人の今後のためにも、よろしくない」


 ぴしゃりとした言葉に、花恵さんも二の句が告げなくなる。


 こうして、俺達は、結婚後は新居で二人暮らしをすることに決まったのだった。


「とにかく、結婚は認めてもらえたし、なんとかなるか」

「8万円もあったら色々贅沢出来ちゃうかも?」


 と楽観的な俺たち。その見込みは大変甘かった事を後に思い知るのだが。

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