ジュジュとグロッサ(3)

 薄気味うすきみ悪い亀の面を外したラキロという男は、誰の記憶にも残らずあの時に忽然こつぜんと姿を消した、若林秋男というUFOマニアの元クラスメイトだった。

 その若林が今、私の目の前で浦島亀リュウグウの代表格みたいな顔をして偉そうに喋ってる。たしかに見た目は若林だけど、その姿が私のようなこの時代の別人なのか、過去旅パストリップから戻った過去の人間なのかまでは質問する気にはならなかった。


「アンタ、随分ずいぶんイキイキとしてるじゃん」

「あん?」

根暗ねくらな少年が別の世界では大勢の仲間を連れて弱いものイジメ?」

「なんだそりゃ?」

「アンタ本当は仲間がたくさん欲しくて、大勢でワイワイやりたかったタイプなんでしょ?」

「黙れ」

「別の世界に来れば、また違う自分としてゼロから始められるって安心感モレ出ちゃってるよ?」

「黙れよ」

「アンタこそ根元はウラシマの客と同じなんじゃない?客を否定されるイコール自分を否定される感じがして耐えられない?」

「黙れって」

「どこに居たって中身は同じなんだから!!虚勢きょせい張って弱さ隠して周りの目にビクついてるから弱い者をイジメて自分を保ってるだけの臆病者なんだ!!」

「黙れっつってんだろうが!!テメエは許さねえ!!」

「こんな狂った世界、私が壊してあげるよ」

「上等だ!!テメエのツレも道連れにゆがみに落としてやる!!」

「そんなデタラメ誰がだまされんのよ!!」

『梓、あれは気を付けた方がいい』

「わかってる」

「ビビッたか?どうすんだ?小汚い本の部屋でも言っただろう?親友が待っているぞ、伝言もあるぞって!」

「ウソ言うな!!」

「かはっ、これでもか?」


 それは、そっくりだった。

 守護神の姿とほぼ同じだった。

 エジプトの壁画に描かれた神話に出てくる神像だった。


『セトニアだ』

「えっ?!」

『間違いない、棗のエルクァフゾ像だ』

「そんな……棗ちゃん」


 守護神よ~梓姫を守りたまえ~ってね。お守り代わりになるんじゃない?

 みんなはディズニーキャラとかなのに、梓ちゃんだけエジプトの守護神だと目立っちゃうね!


「棗ちゃんの守護神が……あんな奴らに」

『あれがないと棗はジャンプできない』

「これで分かったか!!自分たちの立場をな!!ウラシマは全知全能の神だ!!」

「何が神よ!世界規模の大地震が起こればこの場所だって大惨事なのに!」

「やっぱりテメエは時代遅れの田舎者だな、その時に龍宮塔はここにはない、城ごとトリップするからな」

「なんて、なんて卑怯者の集団なの……」

 悔しさと絶望感にめまいがした。片膝を床について相手をにらみつける。

「悪いことは言わねえ、お前は今すぐ現代に帰れよ。俺たちの邪魔をすんじゃねえ」

「アンタこそバカじゃないの?私たちがどれだけ長い年月と人生をけてここまで来たと思ってるの?」

「ははっ、なんのために?」

「私しかアンタたちを止められないからだよ」

 私はそう言いながら見てた。目の前に広がる海中のずっと奥のほうから迫ってくる巨大な真っ黒い魚……というよりクジラの頭?


「ドオオオオオオオオオオン!!」


 予想どおりその物体は轟音ごうおんをとどろかせてこっちに衝突した。その衝撃とともに果てなく広がっていた海は瞬時に室内の光景に変わり、四方に映し出されていたものが海中のカモフラージュだったとすぐに理解できた。


「ジャッアアアアアアアアン!!」


 おそらくその物体が衝突した衝撃は、この水槽のような部屋の外側から、ガラス製の外壁ごと粉々に砕き散らしてしまったようだった。

 建物に突っ込んだまま日の光に輝くそれは、紫色のキノコ傘をしたマシンだった。粉々に散った砂利のようなガラスがキラキラ紫の傘の上で光ってて綺麗だった。


「ゴオオオラアアアッ!!!どこのトリッパーだあ!!!」

 怒り狂うアイツ。

 一斉にマシンの傘の上に乗りかかる浦島亀リュウグウたち。

 私は衝突したアレが何なのかすぐ納得できた。

 あれはマコトの仕業しわざだと思う。

「逃がすなあああ!!絶対にだあああ!!」

 マシンに飛び付く兵たちが、甘いお菓子に群がる虫みたいで滑稽こっけいだった。それが本当は毒キノコだとも知らずに。

 そしてキノコは山ほど虫をくっつけたまま、また空の方へフワフワ飛び立ち、地上へ下りていった。


「ギイイイイイイヤアアアアア!!!」

 アイツは奇声きせいを発し頭を掻毟かきむしった。もう自らの本来の目的なんて忘れ去ってしまっているんじゃないだろうか。ついには床の上で、釣り上げられた直後のカツオみたいにバタバタもがき始めた。

「ギイイイイイイヤアアアアア!!!」

 断末魔だんまつまのような叫びはしだいに咆哮ほうこうになっていく。

 さっきまでの水中みたいな動きにくさは、いつの間にか消えていた。今なら素早くセトニアを奪い返せるような気がした。


「こおおおおおんなものおおおお!!!」


 私は走っていた。空の方へ。

 壁を粉々に砕かれてもう何もさえぎるものがなく視界いっぱいに広がった空は、ここが龍宮塔の上層階だと無意味に表していた。

 ただ、アイツが「こんなもの」と叫んで放り投げたそれには、私に走った先の場所がなんなのかなんて考える必要もなく追わせる理由がある。


「セトニアアアアアア!!!」


 放り投げられたセトニアを私がつかみ取ったとして、それからどうするのだろう。

 エルクァフゾは物を持って飛べない。

 私は当然それを知っている。

 今エルクァフゾ像を2体持ってジャンプしたらどうなる?


『梓!!私を投げろ!!』


「いやだあああああ!!」


 守護神は自分から私の手を離れた。

 あの時、棗ちゃんが私の手をするりと離したように。

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