ジュジュとグロッサ(2)

 カードを持つ手が少し震えてた。

 どちら側に開くのか分からないスリムな白い扉は、私のカードに反応してオレンジのフレームライトをブルーに変えた。

「よし、開いた」

 扉はシャッターのように下から上にスライドする。

 すぐに踏み入ったその部屋の中は、たしかに広い書庫だった。

 だけどそこは、果てしなく広い海の中のように真っ青な海底に降りたみたいな所。

「ああ、そうでした。でもエリス様、そのお部屋はジャンプできませんからお気を付けくださいませね」

「えっ?!ヒネちゃん?!」

『梓、部屋を出るぞ!』

「ダメ!開かない!」

「だめですよう、逃げられませんよう」

「私をだましたの?!マコトは?!」

「どうかしら、知らないわあんな反乱因子はんらんいんし。それに罪を犯した人は罰を受けるのでしょ?」

「何を言ってるの?」

「あなたなんて罰を受ければいいのよ、好き勝手に親の願いも聞かず遊びまわるお姫様なのだから」

「そんな、だってあなた命令に従う人生はもう嫌だって」

「あっはは、あなたを捕らえた者には無期限の過去旅パストリップが与えられるの」

「本当にそんなものがもらえると思ってるの?」

「ああ、これで私は自由にどの時代にも連れて行ってもらえるわ。前に言ったじゃない、1431年5月30日のフランスで百年戦争を見物するの」

「そんな、きっとそんなの嘘に決まってるよ」

『梓、この部屋はどこか変だ』

「うん、普通に呼吸できるし服がぬれたりしないのに、体がフワフワ浮かんで水中にいるみたいだよ」

『それにマズイぞ、四方を囲まれてきている』

「もう全然速く動けないよ!ジャンプなんて絶対できない!」

 私は完全にわなにはめられた。少しも疑わずあの子を信用しきってた。

 部屋の中はとうとう天井も壁もない海の底そのものに変化してしまい、書庫にあった物はすべて浮上してゆく。気が付けば周りは、深海のどこからともなくき出た大勢の浦島亀リュウグウに取り囲まれてしまっていた。

「ご苦労だったな、ヒネ。あとは俺たちの仕事だ、代われ」

「守護神、アイツ家に押し入って来た奴だよ」

『声と喋り方に特徴がある』

「やあやあ、久しぶりだなエリス、小汚こぎたい本の部屋以来だ」

 まさか私の正体がバレてる?!

「なんだ?そのギョッとした顔は?我々が知らないとでも思ったか?そんな子どもだましのような成り代わりを!」

「うるさい!アンタだけは絶対にゆるさない!」

「はぁ?樹の守り神たちは手に入ったのか?そんなわけないか、ところで今日は何しに来たんだ?」

「ラキロ、手間取るな」

「うるせえんだよ」

 あの隣の奴もウチに来た時、一緒にいたはず。

「私の妹を助けに来たのよ、それにアンタたちの計画もつぶす、盗まれた本も取り返す、それにこの龍宮塔も沈める!」

「はっ、まるでエリスのモノマネだ」

「そんなんじゃない!」

「ふーん、我々の計画をつぶす?それでお前に何のメリットがある?正義感か?この商売に何か文句でも?ウチの客が許せないとか?」

「アンタたちの計画をつぶせば多くの命が救われるんだから」

「へぇ?えらそうに命がなんだって?では聞くがお前たち人間は、アリの巣が雨水に崩れてすべてが流される様子を黙って見てられないものなのか?ネズミたちが殺鼠剤さっそざいに逃げ回る姿を見て駆除をやめさせるのか?平気だろう?お前たちもウラシマの客も根元は同じだ!!特別じゃない!!」

『梓、惑わされるな』

「生き物の命は平等だよ!!アンタたちはそれらの命を地球ごと壊そうとしてるじゃん!!人間の命だけが特別じゃないと言わせて、自分たちが間違ってると認めたくないだけでしょ!!」

「だから何だ!!我々は世界規模の巨大地震を準備した。だがあくまでも準備しただけだ!!あの活断層をあのまま永遠に眠らせられるか、引き金を引くのかどうかは人間同士が決めることだ!!」

「アンタ一体何を言ってるの?」

「お前、なんにも知らないんだなあ。お前が飛び越えて来た歴史を」

「えっ、どういうこと……」

「第三次世界大戦だ!!もう始まろうとしてるぞ!!ユーラシアプレートのどこかに一発落ちたら断層が反発して全部おしまいだ!!」

「嘘だ!!日本は戦争なんてしないんだから!!」

「かーぁっ!!もう日本に自衛隊なんて存在しないんだよ!!都合のいい軍事法作りまくって今や世界では喧嘩上等の軍事国家だ!!」

「嘘だ、絶対に嘘だ……」

「皮肉なもんだ、昭和っていう大昔の戦争時代に日本がアメリカに敗戦したドカンで大きくズレ動いた昔の活断層が、また過去の失敗を繰り返せば訪れる悲惨な結末なんだからよ」

「そんなこと絶対に信じない!!私は自分で見たものしか信用しない!!」


 たったこれだけの私の言葉に、さっきまで声を張り上げていた男はパタリと黙って、それから私を見て静かに言った。

「そうだった、忘れてたよ。アンタは自分が見たものしか信じないんだった」


 御神本さんは見えるんだよね。

 今日は見えないの?

 乗っていたのはどんな生き物だった?


「アンタ、まさか」

「今はラキロだが、別の世界ではアキオ、苗字は何だったかなあ……」

「若林、秋男……ウソでしょ」


 私の体で不気味な戦慄せんりつが湧き上がった。

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